小学校の頃のあだ名は“市松”だった。
 市松人形の市松。ぱっつんの黒髪だったことと、実家が人形屋だったことが、嫌な繋がりかたをした。他にも私の性格が暗いとか、そういう問題もあったかもしれない。
 だからもう、いじめというか、悪戯が絶えなかった。机にマジックで市松人形らしき落書きをされていたり、人形はご飯食べないからってお弁当とられたり。給食制度があればこんなことにはならなかったんじゃないかなあ。いや、あったらあったでまた変なことされそうだなあ……。
 女子には味方してくれる子とかもいて(実家にある西洋のお人形とかは女の子受けが良かったみたい。でも友達と呼べるほど遊べなかった……)あまりひどい目には合わなかったはず。

 そんな小学校卒業間近のある日、私は、図らずしていじめっこたちに報復を果たすことになった。
 卒業式の練習の最中だった。卒業証書を受け取りにいく役になった私が道順を練習していた時、横からにゅっと出てきた足に引っかかって派手に転んでしまった。こういう悪戯はよくあることだった。先生や友達が駆け寄って心配してくれたけど、足を引っ掛けてきたいじめっこはケラケラ笑うだけ。
 この日の私は、何故か、そんないじめっこの姿を何時ものように流せなかった。

「もう我慢できない、お家にあるお人形さんたち皆に言いつけて祟ってやるからな……!」

 乱れた黒髪から恨めしそうに睨み付けたら、いじめっこは一瞬たじろいだけれど、すぐに笑っていた。
 しかし後日、笑い事ではなくなってしまう。
 足を引っ掛けてきた奴を含む嫌がらせを繰り返してきていた奴らが、ことごとく風邪を引き、高熱を出して寝込んだのだ。卒業式当日のことだった。
 お人形相手に愚痴を溢すのはしょっちゅうだったけれど、まさか本当に祟ってくれたのだろうか?
 真偽は判らなかったけれど、私は正直スカッとした心で小学校を卒業することができた。


 中学時代は、親戚のおじさん夫婦のところのお世話になって東京で過ごした。私の両親が、人形製作の技術を磨くために海外へ行ってしまったためである。
 小学校の最後がアレだったので新天地というのは幸いだったかもしれない。だがしかし東京とは、古くさいぱっつん直毛黒髪がセーラー服を身に纏って行く場所ではない。とんだコンクリートジャングルに私は萎縮しきっていた。
 幸いにも、私が通うことになった学校とクラスには、私をバカにする人はいなかった。
 私にとっては“親友”と呼べるほどの存在もできた。
 千絵ちゃんである。
 内気な私とは対照的にハツラツとした女の子だった。私が男子にからかわれたりすると、すぐに割って入って止めてくれた。小学校の頃よりからかわれ方が緩く感じられて、何時も反応が遅れる私の代わりに千絵ちゃんは対応してくれていたのだ。
 クラスでも人気者の千絵ちゃんが、どうして地味な私をこんなに気にかけてくれるかは判らなかった。けれど、私は嬉しかった。
 大好きなお友達ができたことが。
 そんな千絵ちゃんとは、2年になっても、3年になってもクラスが一緒だった。
 そんな3年生の5月過ぎのこと。

、相談乗って!」
「うん、なあに?」

 千絵ちゃんが相談なんて珍しいなあ。もじもじしてて顔も赤くって。これはまさか、って私が考えていたら、やっぱり“恋愛相談”だった。

「2年まで同じクラスだった滝クンが好きなんだ。どうしても付き合いたいから協力して!」

 私は、千絵ちゃんへ恩返しするチャンスだと思った。
 口下手で内気な私には、男の子に話しかけるなんて出来ない。代わりに、千絵ちゃんと一緒に滝君と話して、千絵ちゃんが滝君の好みとか聞き出すのを必死に覚えて、滝君が好きなお菓子とかを作るのを手伝った。
 千絵ちゃんはお料理が苦手だった。私はお母さんやお父さんとよくお料理をしていたから、珍しく千絵ちゃんの役に立って、すごく感謝された。
 本当に嬉しかった。
 そんな充実した中学生時代の中でも、特に思い出深いのは、とある二人の男の子と過ごした時間かもしれない――。




、それ……逆の道」
「あああっごめんね今戻るから!」

 程よい雑草生い茂る空き地にいながら、私は携帯ゲーム機に夢中だった。今まで触れたことも無かったこの機械に、ためたお小遣いをはたいて以来、すっかりはまってしまっていた。
 その理由は、真横に座る少年。孤爪研磨君。この空き地にぼんやりとした顔で立つ彼を見たとき、何となく声を掛けてしまったことがキッカケだった。
 何となく、私と同じにおいを感じたのだ。人の目を気にしてしまう、内気な感じのにおい。
 研磨君は驚くかと思いきや、意外にも私を知っていた。

『……クロと同じクラスの人』
『あ、え、私を知って……』
『髪いじってないの、逆に珍しいし……』
『そ、そうなんだ……』
『……うん』

 話はぐだぐだだったけど、“やっぱり同じタイプだった”という確信に安堵が生まれた。
 そうして研磨君と知り合い、ちまちま遊ぶようになって今に至る。ひとつ年下なせいか、彼と話すのは心持ち楽だった。

「道戻りました……!」
「じゃあ……まず尻尾切るから」
「うんっ」

 今までゲームなんてしたことが無かったけど、まだまだ下手くそだけど、男の子の友達が出来たのが嬉しい。
 そうやっているうちにまた一人、空き地にやってくる男の子。

「なんでわざわざ外でゲームやってるんだよ二人して」
「クロが遅いから……」
「ご、ごめん黒尾君、私が研磨君にお願いしてたの……」

 ちょっと呆れた顔をされて内心凹む

 彼は黒尾鉄朗君。千絵ちゃん以外で唯一、ずっとクラスが一緒の同級生だと思う。
 私がその事を話したら「お前、クラスメイトの顔いちいち覚えてたんだ」と意外そうに黒尾君が呟いたのは今でも鮮明に覚えている。というか根に持っている。

「ま、良いけど」
「すぐ終わらせるから……」
「えっ、うわ、わぁぁ研磨君強いぃ! あんまりこの武器慣れてないとか言ってなかったっけ!?」
、驚きすぎ」

 ――ゲームが一段落すると、黒尾君と研磨君は一緒にバレーボールで遊び始めた。二人は学校の部活動でもバレーボールを選んでいる。試合なんかも見に行ったりしたことがある。二人ともバレーが好きなんだねって聞いたら、黒尾君は頷いたけれど、研磨君は「別に」って言っていた。
 けれど、バレーボールを触っている研磨君を見る限り、好きにしか思えなかった。
 私はそんな二人を見守ったり、時にはまざってみたりしながら、放課後や休日の時間を潰した。ちなみに私は帰宅部で、放課後は家事を手伝いに帰ったり、時間が有れば部活動を覗いたりという気ままぶりだった。

「今のトス……上手かった」
「えっ本当に? ありがと、研磨君……!」
「まぐれにしちゃ上出来だったな」
「うん、まぐれが起きたこと自体が奇跡だから……!」
「……ズレてるよな、お前って……」

 少しずつ男の子との会話も出来るようになって、千絵ちゃんと遊んだり、研磨君や黒尾君と遊んだりして、何だかあっという間に時間は過ぎていった気がする。

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