東京では珍しい雪が降るようになった頃、私はすっかり沈んでいた。
来年の4月。私は、宮城に帰って、宮城で高校生をしなくちゃいけないのだ。
初めから決まっていたことなのだけど、千絵ちゃんと同じ高校に行けないことや、研磨君たちと遊べなくなるのが寂しくてたまらなかった。
「あのね、私、宮城に帰るんだ」
私の誕生日に家に遊びに来てくれた研磨君と黒尾君に、震える声でそう伝えた。ふたりは猫みたいに目を丸くして、顔を見合わせたりしていた。
私を見た黒尾君が口を開いた。
「帰るって、いつ」
「卒業式、終わって、幾らかしたら」
「幾らかって、どのくらい」
「……一週間くらいかな」
「……そっか」
折角友達が来てくれたのに。明るい顔をしなくちゃ、と思えば思うほどぐしゃぐしゃに歪んでしまう。
黒尾君も研磨君も黙ってしまって、私は泣きそうになるのを堪えるので必死だった。
いじける暇なんてないのに。
遂にぽたぽたと涙が零れ出してしまって、ひとりで泣き始めてしまった。
すると、
「……」
研磨君が私の名前を呟いた。泣きじゃくりながら私が顔をあげると、研磨君と目があった。珍しく真っ直ぐに此方を見つめたまま、研磨君は言った。
「まだ時間、あるから。宮城に行くまで……まだ遊べる」
「研磨君……」
それを聞いた黒尾君が頷いた。
「研磨の言う通りだ。あと3ヶ月ぐらいか、思い出作りしないとな」
「黒尾君……」
「その為にも今はひとまず、今のことを……だ」
に、と笑った黒尾君は、赤いリボンのついた包みを取り出してみせる。
「誕生日おめでとう、。俺と研磨からのプレゼントだ」
許されるんだったら、二人に飛び付きたいぐらいに私は嬉しかった。
冬休みには千絵ちゃんからも誕生日を祝ってもらい、その千絵ちゃんの恋のアプローチも順調なようで。
私は思い出作りのために活発に外に出た。千絵ちゃんたちと遊び、おじさんたちと出かけ、ちゃんと宿題もし、腹を据えて宮城に行くための準備も少しずつ進めた。
毎日が充実していた。
でもまだ……千絵ちゃんの恋は成就していなかった。
「そろそろ告白しなきゃ、千絵ちゃん」
「でも、良いの? ……」
「大丈夫だよ、千絵ちゃんがあんなに頑張ったんだもん」
2月14日。バレンタインデー。
この日、私は、少し強引に親友の背を後押しした。
滝君に三人で一緒に帰らないかと声を掛け、放課後、私は「用事ができた」と直前に外れる。何とか千絵ちゃんと滝君を二人きりに出来た。後は千絵ちゃんの頑張りに賭けるしかない。
「千絵ちゃんファイト……!」
そんなメールを送って、私は祈っていた。
教室に残っているのは、もう私だけだ。
バレンタインの妙な騒がしさが嘘みたいに失せていて、ひとり緊張する私がバカみたいに思える。
でも、この感じ、嫌じゃない。
私はにやにやを押さえきれないまま教室を出た。
「やっと出てきたか」
扉の横の壁にもたれながら、にやりと笑う黒尾君がいた。
私は慌ててにやけを引っ込ませて、「どうしたの黒尾君」なんてすまして訊ねた。
壁から背を離した黒尾君は、さっきまでの私みたいなにやけ顔で話し始める。
「が遅いなあと思って待ってたんだよ」
「さ、寒かったでしょ? なんかわざわざありがとう」
「……お前、やっぱりズレてるよな」
何か微笑ましいものを見たかのような穏やかさのわりに言葉は悪口だった。いつものことだから気にしない。
私たちは、どちらからともなく歩きだした。
「ズレてる場所ってどこかな」
「そう聞く時点でズレてる」
「難しいなぁ……。あ、そうだ。研磨君帰っちゃったかな。チョコレートあげる約束してるの」
「えー、研磨だけかよ? 俺には?」
「もらってくれるならあげるけど、何か要らなそうだから……」
「思春期の男子なら、この日にチョコ貰えるなら義理でも何でもいいってもんだろ」
「……なんか黒尾君のイメージじゃない」
「お前の俺に対するイメージがよく判んない」
他愛もない会話を広げていると、ふと黒尾君の目付きが変わった。私を見据えるような、何かの品定めをするみたいな、鋭い眼差しだった。
「、お前さ……」
「うん?」
「千絵ちゃんとやらが好きな滝って奴、お前も好きなんだろ? 何で応援なんかできる?」
私はびっくりした。手にした外履きのローファーを取り落とす程に。目を丸めたまま、黒尾君のことを見つめ返していた。
「友達と同じくらい、いや、もしかしたら先に、そいつのこと好きになってただろ? ただただ友達の背中押して、自分は何もしなかった理由は何だ?」
「……千絵ちゃんと滝君が付き合うイメージが、私とのより、ずっと綺麗で鮮明にできたから?」
「聞いてんのは俺だぞ」
何故か黒尾君は怒っているみたいで、少し怖かった。それでも私の口下手がどうにかなる訳はなく、私は、思ったままに言葉を漏らすしかなかった。
「確かに最初、千絵ちゃんに相談されたときはびっくりしたんだけどね、千絵ちゃんが滝君を好きなら応援しようってすぐに思って、自分でも切り替え出来た意味がまだ判らなくって……。でも自分の好きな人たちが一緒にいて幸せなら、それが私は一番嬉しいなって思って」
私が喋れば喋るほど、黒尾君の雰囲気は険しくなっていくような気がした。
はビビりながら話していた。それでも、こいつが嘘を言ってないことは伝わってきた。だからこそというか、俺は腹が立った。
「恋してる千絵ちゃんはすごい可愛くてね、私、千絵ちゃんに助けられてばかりだったから、役に立ちたくてね。だから私、自分の恋愛より、友達の千絵ちゃんの恋愛をとったのかな……。愛情より、友情みたいな……。信じてもらえないかもしれないけどね、私、本当にただ千絵ちゃんの応援したくて、千絵ちゃんが滝君と好き同士になることだけ願ってる。私が滝君とそうなるより、千絵ちゃんが滝君とそうなることを考える方が、私、すごく幸せなんだ……」
は何処かがズレている。だから本当にそう思って、友達の後押しをしたんだろう。
だけどそれじゃあ、お前が損じゃないか?
普通の奴だったらお前みたいなのは上手く利用して、挙げ句には偽善者呼ばわりなんかしてくるだろ。何でお前はそんなにお人好しでバカでどうしようもないんだ。
「お前は馬鹿だな」
「うん、友達馬鹿なの」
「……本当にな」
何を言っても駄目だろう。
「あ、千絵ちゃんからメール来た」
「何だって?」
「……告白成功だって!」
自分のことのように笑って涙ぐんでみせるに、俺も呆れて笑いしか出なくなっていた。
(自分が失恋したことより、友達優先って)
しきりに「千絵ちゃんがふられるわけないもの!」とか「可愛い千絵ちゃんが恋のお陰で更に可愛くなっちゃうよ」とか友人自慢を続けるの気迫に、俺はひとつの可能性を見出だしかけていた。
――まさかこいつ、男より女の方がってことは無いよな……?
「黒尾君」
「え?」
思考は、突然のの呼び声で中断された。
「はい。もらってくれるんでしょ?」
律儀にラッピングされた小さな包みを、が差し出してくる。
失恋した人間とは思えないぐらい、ふやふやの笑顔だ。
「これも思い出作り、ね」
「……だな。ありがとう」
「どういたしまして」
本人が元気なのに、俺がこれ以上とやかく言うのも野暮ってもんだ。
それ以上聞くのは止めて、俺たちは研磨の家を目指した。
僅かな時間、思い出作りのために。
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