の反応は仙道にとって予想外だった。赤くなる意味が判らなかった。
「何だ、おまえ……」
戸惑いがそのまま口を突いて出る。仙道の呟きに、は赤い顔のまま、恥ずかしそうに口を開いた。
「す、すみません。状況も考えず、仙道くんに見つめられたことにどぎまぎしてしまいました……」
「……頭でも沸いてるのか?」
「ええっ!? 至って正常ですわ、あえて言うなら仙道くんが素敵だからいけないんですわ!」
の声は本人が思っている以上に大きかった。決して人通りが少なくはない商店街の道端で放たれたその台詞は、否が応でも通行人の視線を集めてしまった。
「声がでかいんだよ、お前……!」
「ご、ごめんなさい」
放っておくと更にとんでもないことを言い出しそうなを、内心焦りながら仙道は制した。
注意を受けたは、文字通り大人しくなった。「つい熱が入ってしまって」申し訳なさそうに柳眉が下がっている。
「でも私、仙道くんが三体もジョーカーを操っていたこと、本当にすごくてカッコいいなって思ったんです」
「よくそんなことが言えるな。俺は負けたんだぜ? 嫌味にしか聞こえないね」
「だって私、仙道くんのファンですから」
仙道の辛辣な言葉を受けても、はめげない。声の大きさは、仙道の注意のお陰でずっと小さくなっていた。それでも押さえきれない沢山の感情が、次々と溢れ始めた。
「だってジョーカーは、思い通りに操作しようにも、とても癖の強い機体だって、どの雑誌でもサイトでも口コミでもそう言われてますわ。とても素敵なデザインで人気なのに、上手く扱える方はなかなかいないんだって。それを仙道くんは、涼しい顔で三体同時に操作していたなんて……すごすぎるじゃないですか、かっこよすぎるじゃないですか」
の眼差しはきらきらと輝き、真っ直ぐに仙道を見上げている。そしてその語りに次第に熱がこもっているのが判り、仙道は妙な居心地の悪さを感じた。彼女にこれ以上何か言われるのは遠慮したかった。
久々に彼は“恥ずかしい”という感情を抱いていたのだ。
「……おい、まだ喋る気か」
「きっととてつもない努力が重ねられていて、それによって仙道くんのプレイヤーとしての類い稀なる才能が開花して、でも現状に甘んじることなく更なる高みを目指す仙道くんのストイックな精神が……」
「人の話を聞け!」
「はいっ!?」
仙道が声を荒げると、ようやくは喋るのを止めた。
と出会った時、仙道は彼女を“珍しいタイプ”だと思った。その第一印象は間違っていなかったと今、確信した。
皮肉や嫌味にもめげず、寧ろそれらをも飲み込んで、ひたすら真っ直ぐにぶつかってくる。
今までに接したことのない人間だ。裏表のない性格にも程がある。
仙道の胸中ではへの混乱がぐるぐると渦を巻いていた。どうしたら良いのか完全に判らなくなっていた。
「俺をおだててどうしようってんだ。おだてるにしても色々可笑しいんだよ、勝手なこと並べ立てて……!」
「おだててるんじゃありませんわ! 出会ってから仙道くんのことを見つめているうちに抱いた印象ですわ!」
のふやけた笑顔には、仙道に対する絶対的な信頼が滲んでいる。
ろくに知りもしない人間に対して、どうしてそんな表情を見せられるのか、彼には理解できなかった。……理解することを諦めた。
彼女の視線から逃れるように、仙道は顔を逸らす。
「とにかくもう俺のことを知ったようにベラベラ話すのは止めろ。不愉快だ」
「ごめんなさい……」
謝るを見て、彼はなにも言わずに溜め息を溢す。くるりと踵を返すと、商店街の出口へと向かって歩き出した。
少し間を置いて、仙道の後ろをついてくる足音があった。振り返るまでもなくのものであることが判る。
再び溜め息を吐いた仙道の背中に向かって、その憂いを感じたは躊躇いがちに声を掛けた。
「あ、あの、仙道くん……」
「なんだ?」
「仙道くんのバトル、もっと沢山拝見したいんです。これからは過ぎたことは言わないようにします。だから、その……」
手を伸ばせば届きそうな微妙な距離で彼の背を追いながら、は訴えた。
「わ、私、これからも仙道くんのファンでいて良いですか……?」
ぴたりと仙道の足が止まった。話すことに必死だったは気づくのが遅れてしまい、危うく仙道の背中にぶつかりそうになった。「わわっ!」声を上げて、足に力を込め、寸でのところで激突は回避する。ほっと胸を撫で下ろしたが顔を上げると、いつの間にか仙道が彼女の方を振り返っていた。
思わず息を呑んで固まるを見て、仙道は、何度目か判らない溜め息を溢した。
「好きにしな。あんたのやることに俺が口出す道理も無いし、俺の許可が必要なことでもないだろ、そんなの。聞くこと自体おかしい話だ」
「はい……でも」
「あんたには悪気がなくて、必死だってのは伝わったしねぇ」
「えっ?」
よく判らない、という風に首をかしげるに、仙道は言った。
「本当は自分のこと“私”って言うんだろ、お前」
「あっ、えっ!?」
「口調にまで頭回らなくなるほど熱弁してたんだなってことさ」
諦めたような、呆れたような、そんな仙道の笑いがへ向けられていた。
青葉色の瞳を真ん丸に見開いたまま、は彼の笑みに見入っていた。そして改めては思った。
――仙道くんは本当にカッコいいですわ……!
感激のあまり目が潤み始めたに、仙道が再び背を向けて歩き出してからも、はしばらく彼の行った方を見つめたまま立ち尽くしていたのだった……。
◆◆◆
家に帰ったは、迎えてくれた執事・ヤマブキを相手に今日のことを振り返り熱弁を振るっていた。
伝説のLBXプレイヤーやタイニーオービットの開発部部長と出会ったこと、歳の近い少年たちと会話を楽しんできたこと、そして……仙道のこと。
「まさか三体も同時に操るなんて、テクニックもさることながら、その技術を自分のものにするために積み重ねたであろう鍛練のことを考えると、私、もう仙道くんは素晴らしいとしか言えなくって……! 自分でも気持ち悪いくらいテンションが上がってしまっていて、でも止められなくて……! 仙道くん、ひいてましたわ……。でも許してくれましたの! 今度から気を付けて……でもやっぱり絶対私またはしゃいじゃいそうで……!」
話すたびにあの時の興奮が蘇っていくのをは感じていた。
一言話すたびに表情豊かになる彼女を見て、ヤマブキも彼女と共に笑ってくれた。
「お嬢様は以前とは別人のように明るくなられましたね……」
呟くヤマブキの目は、感極まって潤んでいる。
――幼い頃、は誘拐されたことがあった。誘拐犯の狙いは、を使って両親の仕事を妨害することだった。警察の懸命な捜査によって犯人は逮捕され、彼女は無事に救出された。しかしその時のショックは大きく、はしばらく塞ぎ込んでしまった。通っていた小学校も退学し、以来、ほとんど屋敷に引きこもる生活を送っていた。
そんなの教育係を勤めたのが、ヤマブキだった。
たとえ深い傷を負ったとしても、ずっと引きこもっている訳にはいかない。いつか彼女も、勇気を持って外の世界に出なくてはならない。両親の会社を引き継ぐことになるであろう彼女には、やることなすことが山積みであった。そして自身、そのことを重々理解していた。
ヤマブキはを甘やかすことは無かった。その代わり、彼女のことを根気強く見守り、どうしても行き詰まった時には手助けをした。執事と令嬢という壁を越え、まるで親兄弟のようにヤマブキは接した。の両親の信頼と、ヤマブキ自身がの間に築き上げた絆がそれを可能にした。
それだけにヤマブキにとって、今のの――自ら活発に外の世界と交流を持とうとする姿は、感慨深かった。
「アングラビシダスには相当に血気盛んな方々がお集まりだとお聞きしていましたが……何事も無かったようで何よりです」
「はい、皆さん何だかんだでLBXが大好きな真っ直ぐな方ばかりでしたから」
の心からの笑顔が、ヤマブキの頬を緩ませる。
外に出ることを喜ぶと同時に、数々の懸念もあった。しかし万が一に備えのCCMには防犯システムが搭載してあるし、自身も長い引きこもり生活の間に辛抱強く鍛練し、護身術を会得していた。時代も進み、社会全体がかつてより安心・安全に過ごせるようになっている。
自分の杞憂での自由を妨げてしまわないよう、ヤマブキはひたすら聞き手に回る。
「本当に仙道くんは素敵ですわ」
自身にその意識は無いのだろうが、仙道の名を口にする表情は、すっかり恋する少女のそれだ。
ヤマブキは心底、を微笑ましく思っていた。
彼女には婚約者がいるということを、忘れてしまいそうなほどに。
prev
Top
next