「12月ですし、寒いですし、雪も降りましたし、なんというか、温かさが恋しい季節ですわよね」

 ……そうだな、くらいしか返せない。それだとあんまり味気無いかと思って、返す言葉を考えているうちに、隣に座るは「ココアがしみますわね」と呟いた。考えすぎて、答えるタイミングを逃したらしい。結局上手い台詞は出てこなかった。何も言わないよりはマシだと思って「そうだな」と返した。慣れてない。こういうのは慣れてないんだ。

「あの、仙道くん、寒くはありません? 暖房の温度上げましょうか?」
「ちょうど良いよ」
「そうでしたか、なら良いんですけれど」

 沈黙が訪れる。何か話すべきだろうか。互いにココアをすする音だけが響いた。
 する事もなくて、の部屋の中を見渡した。基本的に片付いていて、掃除もしっかりしてある。本棚の中に、LBXの情報誌があるのが見えた。机にはLBXのメンテナンス用のキットが置いてある。それから……いや、あんまり人の部屋をじろじろ見るものじゃない。もう止しておこう。
 の部屋に来たのは初めてというわけじゃない。何度か部屋に招かれてはいる。が、何回来ても慣れなかった。緊張しているのかもしれない。何故緊張しているのかは、よく判らない。

「ココアのおかわりどうです?」
「いいや、大丈夫だ」
「そうですか……」

 似たようなやり取りを繰り返して、または黙り込んでしまった。口下手というわけではないはずだ。ちらりと横目での様子を見てみると、空になったカップを両手で抱えて俯いていた。何か困っているような、悩んでいるような、中途半端な顔をしている。
 俺は持っていたカップをテーブルに置いて、改めてを見た。

……」
「は、はい? どうしました?」
「俺がどうしたっていうか、あんたがどうした? 何か言いたいことでもありそうじゃないか」
「えっ!?」

 は大層驚いて、ソーサーに叩きつけるような勢いでカップを置いた。がちゃん、と陶器のかち合う音がして、カップかソーサーのどっちかにヒビでも入ったのではないかと思った。も同じことを考えたらしく、慌ててカップを置き直して大事がないかを確認していた。
 それから気を取り直して、が口を開く。

「……えっと、ちょっと近付いても良いですか」
「好きにしな」

 今、俺、声震えて無かったか。大丈夫だったか? というか、言うに事欠いてそれか
 よいしょ、とか言って隣ぴったりにが座る。ふふ、とか笑うのが横から聞こえてくる。大層幸せそうな声だった。

「滅多にふたりきりになれないですから……ちょっとくっついてみたくって」
「物好きだねぇ」
「許してくれる仙道くんこそ、ですわ」

 このぐらいで幸せに満ちた顔をして、本当に単純な奴だ。

「仙道くん、私……あなたにお渡ししたいものがあるんです」
「渡したいもの?」

 俺が聞き返すと、僅かに火照ったような顔でが頷く。きらきらと輝く深緑の双眸に、俺の姿が写り込んでいるのが判るぐらい間近だ。

「だから、少しだけ目を閉じていてもらっていいですか」
「は? 何でそんな……」
「ちょっとで良いですから」

 静かに、けれど強めの口調でそう言われ、仕方なく従うことにした。
 俺が目を閉じてから、ソファーが小さく軋む音を立てた。が隣からいなくなったらしい。何をしているのか気になったが、まだ目は開けない。
 少ししてから、またソファーが軋み、が隣に座るのが判った。それからふわりと空気が揺れて、首元に柔らかいものが触れた。

「はい、目を開けても大丈夫です!」

 そう言われて目を開け、ニコニコと笑うを見て、それから首元にあるものが何かを確かめた。
 マフラーだった。暗い紫色でそれなりに長さがある。触り心地も悪くない。

「これを渡すために挙動不審になってたのか」
「きょ、挙動不審にもなりますわ! だって、その、これは……クリスマスプレゼントなんですから!」

 恥ずかしさを堪えながらといった様子で、は言った。言い切ると幾らか緊張が和らいだのか、途端に饒舌になっていく。

「大好きな仙道くんのことを思いながら、一生懸命編みましたの。正直毛糸選びが一番時間掛かってしまいましたわ。仙道くんにぴったりな色で手触りが良いものをって拘りすぎて……。でも、間に合って良かったです」

 の話を聞きながら、俺はずっと右手でマフラーを触っていた。確かに気持ち良い。
 これをわざわざ編んだのか……。
 編み物なんてしたことも無いが、面倒だろうということぐらいは想像がつく。向き不向きもあるだろうが、それでもこんなに編むには時間が掛かったはずだ。
 そこまでするか。どうしてそんな面倒なことが出来るんだ? わざわざ、俺にプレゼントするために、そんなことを。
 俺も俺で、何故こんなに喜んでるんだ……。

「俺はプレゼントなんて用意してないってのに、お前は……」

 恥ずかしかった。手編みのマフラーなんかで喜んで、のはにかんだ笑顔を見て赤くなる自分が恥ずかしかった。
 どうしたら良いのか判らない。あんまりキラキラした瞳で見つめてくるせいで、こっちの調子がどんどん狂ってしまう。

「私はいつも仙道くんにワガママを許して頂いてますから、そのお礼の意味も込めたプレゼントですの。仙道くんから何か貰ったら、私は貰いすぎになっちゃいます」
「そう言われても、俺は普段あんたに何かやってる覚えがないんだよ」

 それでもは引き下がらなかった。

「私が傍にいることを受け入れてくれて、一緒の時間を過ごしてくれる……。仙道くんのその優しさに、私は今も救われているんです」

 の手が俺の左手を掴んだ。両手で優しく包むように握られて、やけに心臓が急いた。

「誰よりもいとおしいあなたが、こうして特別な日に私といてくれる。これ以上のプレゼントは無いもの」

 頬を染めながら、が飛びきりの笑顔で俺を見つめる。
 ますます自分の体が熱くなるのが判った。何時もなら、赤くなって恥ずかしがるのはだ。今日は何故か立場が逆転している。
 自分が赤くなっているのをあまり見られたくない。だがの笑顔は何時までも見ていたい。
 結局、互いに赤い顔のままで見つめあっていた。

「仙道くんたら、耳まで真っ赤」
「人のことが言えるかい?」

 の耳が髪で隠れているのは不公平に感じて、俺はの耳が見えるように髪を退かしてやった。真っ赤になった耳を軽く摘まんでやると、その色から察した通りの熱を持っている。

「ほら、あんたも真っ赤だよ」
「く、くすぐったいです……!」
「悪い悪い」

 手を離してやると、更に顔を赤くしたが「意地悪ですわ! もう!」とむくれた。

「仕返ししますわよ!」
「出来るもんならやってみな」
「とうっ!」

 煽ったとほぼ同時には行動した。
 何を思ったか、は真正面から俺に飛び付いてきた。慌てて受け止めたが、結構な勢いがあって、耐えきれず押し倒される。幸いにもソファーが大きかったため、体を痛めることなく、ほとんど衝撃はクッションに吸収された。
 自分の胸の上にぴったりくっつくを見下ろす。真っ赤になりながらも、俺を見上げるその顔には笑みが滲んでいる。

「びっくりしたでしょ?」
「逆上せたみたいな顔でよく言うねぇ」

 面白半分に、の体へ回した腕に力を込める。「ひゃっ!」小さな悲鳴を上げて体を強張らせるに、俺は笑って言った。

「しばらくこうしてるか、温かいしね」
「えっ、ええっ!?」
「判ってるだろうが、俺に捕まってるあんたに拒否権は無いからな」
「は、はい……」

 の体から力が抜けて、すっかり俺に身を任せてきたのが判った。
 俺も遠慮なくを抱き締めた。心地よい温度だ。何時までもこうしていたい程だった。
 来年もまた、こうやって二人で過ごしたい。その次も、そのまた次の年も。ずっと……。
 柄にもなくそう祈りながら、俺はゆっくり目を閉じた。
 そうするとますますの体温や鼓動が伝わってくるような気がして、幸せだった。

「仙道くん……」
「なんだい?」
「……大好きです」

 はにかみながら呟くに俺は目を閉じたまま、笑いながら返した。

「最初から知ってるよ」

 俺からも“好きだ”と言うのは、もう少し後になってからにしよう。


(Title by ジャベリン)

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