『期末テストが近くて少し困ってる。暇だったら勉強教えてくれ』
仙道からそんな連絡を受け、は今日、彼の家にやって来ていた。密かに慕っている相手からの頼みごととあっては断る筈が無い。更に、普段どんくさい自分のフォローをしてくれている彼に恩を返す機会だと、は意気込んでいた。
「お邪魔します……」
妙によそよそしいを、仙道は不思議そうに見つめる。恐らく緊張しているのだろうと判断した彼は、彼女の緊張を解そうと口を開いた。
「親もいないし、キヨカも友達と遊ぶって出掛けてる。あんたの屋敷みたいに広くはないが、気楽にしてくれて構わないぜ」
「な、なんと……私と仙道くんの二人きり!?」
「勉強の邪魔入らなくて楽だろ。……スリッパいるか?」
「いえ大丈夫ですわ! わたくし自宅でも普段スリッパはあんまり履きませんので!」
仙道の気遣いは逆効果だったのか、は更に緊張して赤くなってしまう。
女心は難しい。15歳、思春期にして仙道は実感した。
赤い顔を誤魔化そうと、あたふたしながらは語る。
「家でもスリッパを履かなくて怒られたりしますけどいちいち脱ぎ履きするのがちょっと面倒ですし、実はお茶もティーパックが楽チンで好きですし、正直あまり茶葉の味の違い判りませんし、というか緑茶の方が好きですし、お菓子だってコンビニで買える100円シリーズのものが大好きですの!」
「あんた本当に令嬢だよな……? 俺があんたん家で飲んだ紅茶とスーパーの紅茶じゃ、大分差があったんだけど」
「違う気はしても、美味しいかとか、好みかどうかは別ですし……お手軽なのが一番ですわ」
「庶民より庶民してるぞ、あんた」
呆れた仙道の言葉に、まるで褒められたとでも思ったのか。はふやけた笑みを浮かべる。
とりあえず気分を害した訳ではないようだ。仙道はあまり深く気にしないことにした。
ぼんやりと歩く仙道の後ろを、は少し間を空けて追い掛ける。
仙道は自室の扉を開いた。
――そして、気付いた。
(待てよ。俺、さも当然のように自分の部屋にを入れようとしてないか? 別に勉強教わるならリビングで良かったんじゃないか……?)
更に仙道は考えた。
(っていうか女子を自分の部屋に入れるってどうなんだ? しかもだぞ? いや、まずじゃなかったら自分の部屋に……なんて思いやしないな。だから? いや、“だから”って何だ……!?)
考えるうちに仙道は混乱していった。ドアノブにかけたままの手のひらに汗が滲む。心臓の鼓動がどんどん早くなっていく。
「せ、仙道くん?」
に呼び掛けられ、少年は我に返った。
まだ頬を赤くしたまま此方を見つめる彼女から視線を逸らすように、仙道は踵を返す。
「……何か飲み物持ってくるからテキトーに座ってな」
「あ、はい」
を部屋に入れ、仙道は扉を閉めた。これ以上一緒にいてボロが出る前にと、慌てて台所に向かう。
一方、部屋に残されたは、ひとまず部屋の中央にあるテーブルの前に正座した。一通り辺りを見渡して、膝の上に置いた両手に視線を落とす。
そして考えた。
(ここ……間違いなく仙道くんのお部屋ですわよね)
更に思考は広がっていく。
(勉強でしたら別にリビングでも良かったのでは? 仙道くんって自分のテリトリーに踏み入られるの絶対嫌なタイプですわよね? それを自然な流れでわたくし、仙道くんのお部屋に促して頂いたような……。つまり仙道くんはわたくしに、テリトリーへ入ることを許してくれた!?)
そこまで考えて、は「いやいや!」と慌てて首を振る。
(勉強道具をいちいちリビングまで持ってくるよりこうした方が楽なだけですわ! それにお友達を自分の部屋に入れることは普通だって、アミちゃんやバンくんも話してましたわ! わたくしは仙道くんのお友達ですもの! きっと、そうだからですわ!)
一通り考えが纏まった頃、部屋の扉が開いた。
「麦茶で良かったか?」
「は、はい! 香ばしくって大好きですわ!」
「そうかい……」
仙道がテーブルに麦茶入りのコップを二つ並べる。
それを見て、ハッとしたようにが手を合わせた。
「わ、わたくし、お菓子作ってきましたの! クッキーなら摘まみながらお勉強出来るかと……」
「悪いね、気ぃ遣わせちまって」
「いえいえ、そんなことは無いです。お菓子作りもLBXと同じで、怠けると腕が鈍りますので!」
カバンからクッキーの入った袋を取り出し、テーブルに広げながらは笑う。
「では、早速お勉強のことなんですけれど……困っている教科は?」
「現代文とか古文とか……」
「国語ですわね! 幸いにもわたくしの大得意な教科です」
「そりゃ良かったぜ」
お互いが抱いていた動揺もだいぶ落ち着いていた。
何時もはLBXについて教える側の仙道と、教わる側の。勉強のためとはいえ逆転した関係は新鮮だった。
再びはカバンに手を突っ込んだ。取り出したのは、大きめのタブレット端末と眼鏡である。
「此方の端末に、仙道くんの学年で必修する各教科のデータや例題を落として来ました。先生の嗜好によって問題の出方がイレギュラーだったり、この範囲外の授業をしてらっしゃるかもしれませんが、その辺りは仙道くんにお聞きしつつ……」
眼鏡を掛けながらが説明するのを、仙道はぼんやりと見つめていた。話はあまり耳に入ってきていない。タブレットにも目がいかない。
(眼鏡ひとつで随分雰囲気が変わるもんだな……)
何時もの何処か抜けた世間知らずのお嬢様とは違う、静かで大人びたの表情に、仙道は釘付けになっていた。
「……では始めましょうか!」
「あ? ああ……」
ばっちりとと目が合い、仙道は内心慌てて視線を落とした。万が一でも見惚れていたと知られる訳にはいかない。
二人きりの勉強会は穏やかに始まった。
――の教え方は判りやすかった。仙道は、自分の性格やクセをよく知っているが此方に合わせて進めてくれている、と感じた。
菓子を摘まみながら、仙道は、スムーズにの出す問題を解いていく。
「クッキー美味いな」
「良かったですわー! このクッキーに使ったジャムも自分で作りましたの!」
「……その器用さがちょっとでもLBX方面に向いてたら良かったのによ」
「全くですわ……」
話が脱線しても程よく乗ってくれ、ガス抜きになる。仙道の皮肉に対しても素直に答えてしまうところは、普段と変わらない。
少女の反応に、仙道は小さく笑った。
「たまには怒れよ。俺に言われっぱなしで腹が立たないのかい?」
「だって、腹が立つ理由が無いですもの」
「十分有ると思うがねぇ……。こうやって無駄話して勉強ほっぽり出してることとかさ」
「あ! それは確かにいけませんわ!」
指摘されて、はハッとしたように目を丸めた。
「ノルマこなしませんと、おちおちLBXバトルも楽しめませんわ。……それにしても」
が不思議そうに仙道を見つめた。
シャープペンシルを指先でくるくる回しながら「ん?」と見つめ返してくる彼に、は笑う。
「仙道くんはどんな教科もそつなくこなしてしまうイメージでしたから、ちょっぴり意外でした」
「……国語の“この人物の気持ちを書きなさい”とか大嫌いだね。そんなの知るかってな」
「なるほど……。でもそれを補って余りあるものが沢山ありそうですけれど」
の指摘に仙道は黙った。
こういう時に限って、どうして彼女はこんなに聡いのか。
実際、仙道は今までテストで赤点を取ったことがない。もっと言えば、に頼まなくてはならないほど頭も悪くなかった。つまり彼女から勉強を教わる必要が無いのだ。
(とりあえず赤点回避すれば良いだろってぐらいだし、寧ろ全体的に成績は上だし、だが前回の国語がギリギリだったのは嘘じゃねえ)
握ったシャープペンシルのノックボタンを何度も押しながら、仙道は一人自問自答を続ける。カチカチとペンシルの芯がひたすら押し出される音が耳に届く。
(あん時はやたら文章問題が多くて怠かった……。今後もそういう事態があるかも知れない。だがこの俺が補習なんて無様な姿晒す訳にはいかねえし、勉強を疎かにして後々との付き合いに響いたら――って何が付き合いだ!? 何考えてんだ俺は!!)
反射的に手を机に叩きつける。
同時に響いた、ぱきっ、と何かが折れる音。
叩きつけられた衝撃で、出しすぎたシャープペンシルの芯が折れたらしかった。折れた芯は幾つかに別れ、高速で吹っ飛び……そのうちのひとつが、目の前のの顔面に向かっていく。
「はぐっ!?」
幸いにも眼鏡が盾となり、自身に当たることなく転がり落ちる。驚きはしたものの被害は無い。
仙道は思わず素で焦った。
「だ、大丈夫か!?」
「はいっ、全然……」
散ったペンシルの芯を回収しながら、は苦笑している。
「あの、仙道くんこそ大丈夫ですか? 何だか何時もと様子が違う気がしますわ……」
「あ? いや、これは……何でもねえよ……」
とてもそうは見えなかったが、の性格ではそれ以上言及できなかった。というか自身、いまだ緊張していて余裕が無かった。
「なら良いんですけれど……。多分、これで全部ですわ、芯」
「悪い……」
の手のひらから、仙道は芯を受け取った。
その瞬間、僅かに触れたお互いの手の温度が、更に二人の鼓動を早めていく。
「ちょっと窓開けるか……」
「そ、そうですわね。今日は暑いですし」
それから二人は、勉強を再開した。
国語の不安要素を解消したあとは、他の基礎教科も軽く復習し、休憩も挟み……着実に進んでいく。
のんびりと行なっていたつもりの勉強会は、二人が思っていた以上に早く終わった。
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