すうすうと静かな寝息が聴こえる。視線を巡らせれば、木の幹に体を預けてが眠っていた。珍しいこともあるものだと思った。
雲ひとつ無い青空と、ほんのり暖かいそよ風。居眠りするには確かにベストなコンディションなのだけれど、人一倍警戒心の強いこの子が、無防備にこんなところで眠っているなんて。
起こさないように、そっと、彼女の隣に腰を下ろす。これでも起きないということは、すっかり熟睡しているらしい。
私は彼女の寝顔をじっと見つめた。
薄く色付いた頬。風に遊ばれる髪。閉じられた瞼を縁取る、長い睫毛。そして、柔らかそうな半開きの唇。たまに震えるそれが愛らしい。
触れたくて、でも、起こすのは憚られて。
理性と本能の二極で揺らいだ挙げ句、理性がほんの少し勝った。私の欲求より、彼女の休息を優先したかった。
さてこれからどうしようかしら、起きる前においとましようかしら。考えながら視線を落としたとき、私の手に何かが触れた。
「ジュディス……?」
どきっとした。
私の手に重なっているのは、彼女の手。慌てて視線を上げる。
閉じられていたはずのの瞳がぼんやりと開いて、私を見ていた。
「ごめんなさい。起こしちゃったかしら」
「ううん、大丈夫」
まだ眠気に引き摺られているような声だった。はゆっくりと瞬きを繰り返している。
手は重なったまま。少し冷たい彼女の指先は、内心火照りそうな私にとって心地いい温度だった。
あどけなさ漂う彼女が、小さく首を傾げて私を見る。
「ジュディス、私に何か用事だった……?」
「いいえ。ただ、珍しいなって見ていただけなの」
「そっかぁ」
綿毛のように柔らかな、掴み所のない呟き。眠りを妨げた私に対する非難はこれといって無いようだ。
の指が、私の指に絡んでくる。やわく手を握り合うかたちになった。か細くて頼りない、その感触。
「あのね、もっとくっついていい……?」
「ええ、どうぞ」
すり寄ってくる彼女の肩が私に触れる。控えめな温もり。
もしかしなくても彼女は甘えているらしかった。夢みたい、この子が甘えているなんて。しかも、他の誰でもない、この私に。
我慢できなくなっちゃいそう。
手を握り返して、この幸せにひっそり浸っていた。彼女の髪が私の頬を、優しい香りが私の鼻腔をくすぐっていく。
こんなに無防備にしちゃって。良いの? 私、あなたが思うほど出来た人間じゃないのよ? 友達なんて生易しい感覚、あなたに抱いたことなんて無いんだから。
「ジュディス」
「なあに」
「だいすきだよ」
一瞬息を呑む。彼女の声が私の鼓膜に触れて、心臓まで浸透してくるようだった。何ら特別なふうでもなく、自然な動作のひとつのようにが呟いたものだから、私は努めて平静を装って、大人っぽく笑ってみせた。
「あんまり思わせ振るようなこと、するものじゃないわ」
「だいすきだもの」
「、だから、」
「だからね」
私が言い聞かせようとするより前に、甘えん坊な声音がすっと近付いてくる。ひとつ瞬きをして、目の前のある彼女の顔を認識した。きらきらと透き通った眼差しに、その瞳に、私だけが写り込んでいる。大好きなこの子のなかに、私だけが。
細い喉が、また私をたぶらかすように声を漏らす。
「もっと、くっついてもいいよね」
理解するのは易かった。
お友達なんて清らかな境界、とうに過ぎてしまっていたんだわ。私を蕩けさせた彼女は、もしかしたら、私より先に蕩けて、ずっと待っていてくれたのかもしれない。
今、私とあなたは、ふたりだけ。
皆のところに戻る前に、もう少しだけ、こうして寄り合っていたって、ばちは当たらないわよね?
「ねえ、目を閉じてくれる?」
「どうして?」
「その方が、らしいでしょ」
静かに頷いたが目を瞑る。
絡めた指を解いて、丁寧に彼女の頬を両手で包み込む。ああ、全てを私に許して、身を任せて、こんなにも緩んじゃって。いとしい。いとおしい。
胸の高鳴りに任せて、私は告げる。
「私、ずっとあなたにこうしたかったのよ」
唇が触れる直前、彼女はひっそりと笑ってみせた。
「私も、待ってたの」と。
企画「咲いた」さまに提出。
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