無垢な瞳をいとおしく思わなかったと言えば、嘘になる。
全幅の信頼と、それを越えた情は、素直に嬉しいものだった。
だから、仲間ならば誰にでも平等に接するはずの彼女が、他の仲間に向けるものとは違う心を自分に向けていることにだって、俺は気付いていた。
彼女は健気だった。心を告げるでもなく、誰に打ち明けるでもなく、ただただひっそりと大事に抱え込んでいた。想う相手を目の前にしながら口にしない――できない。その痛みがどれ程のものか、俺にはよく判っていた。
彼女はきっと気付いているんだろう。繕うばかりの今の俺が彼女の想いに応えることはない、と。……優しいあの子のことだ。きっと“想えるだけで幸せ”なんて笑って言うだろう。臆病な俺を責めることなど、考えもせずに。
その優しさに漬け込んでいる俺は、とんでもなく悪い奴だ。
「ちゃん」
「あ、レイヴンさん」
が歳の割にあどけなく感じられるのは、透き通ったこの眼差しのせいだろうか。振り返った彼女に、俺はいつもの調子でのらりくらりと歩み寄る。
「どーしたのよ、こんな所でひとりして。何時もなら一足先に宿屋か、青年と一緒に買い出ししてるわよね?」
「ちょっと、散歩です」
「俺様が言うのも何だけど、この街、治安よろしくないのよ?」
「ああ……ギルドと騎士団ってまだやっかんでるんだっけ……」
は他人事のように呟いた。
危なっかしいったら無い。「ひとりじゃ危ないって」暗に同行することを告げて、俺は彼女の隣に並んだ。は何も言わず、マイペースな歩みを再開していた。
行き交う街の人らは好き勝手に騒いでいて、他人には見向きしない。それで良かった。下手に目をつけられたら、それこそ治安の悪さを身をもって経験することになるだろう。
――万にひとつも絡まれやしないだろうし、絡まれたとこで怖い思いすんのはあちらさんだけどね。
下らない考えは引っ込ませ、俺はに話し掛けた。
「疲れてんじゃないの、ちゃん?」
「レイヴンさんほどじゃないですよ」
「おっさんはね、歳だから疲れ抜けないだけよ」
「の割には一緒に歩いてくれるんですね」
「正当な理由つけてカワイイ子と歩ける機会なんてなかなか無いもの」
「嘘でもありがたいです」
の笑顔と言葉に、慣れた仮面の笑顔で返す。
期待を捨てているの利口さは、有り難くもあり、辛くもあった。この後ろ向きな態度を強いているのは、他でもない俺自身なのだ。
俺の事を想って、この子は――。
「俺様、本気なのに~」
笑いながら茶化すと、は一瞬だけ表情を失った。けれどすぐにうっすらと微笑んで、また正面を見て歩き出す。
俺も彼女について歩いていく。
本当に意地の悪い男でごめんな。
利口だけれど、まだ大人と言うには拙い。たまに彼女が期待を押し殺せずに俺を見て苦しむ姿が、俺を密かに喜ばせていることに気付いちゃいないんだろう。
愛情の裏返しであるの葛藤が続く限り、俺はこの子の中で大事にしてもらえる。
応えられないくせに、俺は好かれていたいんだ。
「レイヴンさん、もう宿屋に行きましょ」
「そだねぇ。もう空も茜色だし」
「ふふ、この街の空はずっとこの色じゃあないですか」
何時までこんなお遊びが続くか判らない。
それで構わなかった。
俺は、が別の誰かを好いて幸せを掴むまでの、つなぎでしかないんだ。
こんなに若い子の将来を摘んでしまう資格が、俺には無い。
が目を覚ますまで、俺はずっと道化として夢を見せておけばいい。そして後からでも彼女が“最低な男”として俺を切り離してくれたら――諦めがつくだろう。
「……矛盾だらけだよな」
応えないくせに、諦めだなんて。
これじゃあまるで、俺様、ちゃんが大好きって話じゃん。
整理のつかない感情に、俺は無理矢理蓋をした。
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