騙したり、欺いたり。そういうのは十八番だった。
何にでも本気にはなれなくて、いざなろうとした矢先に鼻っ柱を折られて。それからはもう、最初っから「駄目だ」「無理だ」と諦めて。感情を他所に置いて、人形よりも人形らしく動いてきた。
――でも最近は、熱い若人らに感化されちゃって。生きてる実感なんてものが湧いてきて。それを「楽しい」なんて思っちゃって。いつの日か置いたはずの感情をちゃっかり取り戻してしまった。そして前ほど、道化を演じることは無くなってきた。
それでも、だ。
人生の半分以上を掛けて体に染み込ませた癖は、易々抜けるものじゃあない。
「ちゃ~んっ!」
「わっ!?」
俺よりも一回りは小さく柔らかい彼女を腕の中に収めることに成功し、つい頬が緩む。驚きながらも決して逃れようとはしないの無防備さは、俺のだらしない笑顔に拍車を掛けた。
「どうしたんですか、レイヴンさん」
「いやー、おっさんも誰かに甘えたい時ってあるのよー」
「なるほど」
俺の胸に背中を預ける形のまま、は小さく笑った。
「私なんかで良かったら、甘えてくださいな」
私なんか。彼女の口癖にも近いそれ。“自分を卑下するな”と他者には口煩く言うくせに、自身は自分を大事にしないきらいがあった。今まで自分を捨ててきた俺が言えた義理じゃあないけれど、もっと彼女は自分に自信を持って大事にするべきだ。
抗議するように、ちょっと抱き締める力を強めてみる。
「……そんなに甘えたかったんですか?」
「んーん。そうじゃなくってね」
「甘えるなら本当はジュディスが良かったとか? レイヴンさん、ジュディスのこと好きですもんね」
「まぁ確かにジュディスちゃんに甘えられたらそれはそれで天国なんだけど。その前に串刺しにされちゃうわよ」
「ジュディス、結構手厳しいですもんねぇ」
くすくす笑うに合わせて俺も笑う。薄っぺらい、張り付けただけの手慣れた笑顔で。もし向かい合っていたなら、この表情を咎められていたことだろう。
肩透かしを食らった気分だ。行為の意味を誤解され、俺の悪い癖が出て、その誤解に乗ってしまった。そんなつもりは無かったのに。心が沈む。それなりに深いところまで。
あのねちゃん。おっさんは確かに、女の子が大好きと豪語してきたけれど。こんな風にくっついちゃうなんて無かったでしょ。いっつも口先だけで、実際に行動するって無かったでしょ。ちゃん鋭い子なんだし、実は気付いてたりしてない? おっさんが歳も考えずに夢中になっちゃってるのは誰かを。
――俺の日頃の行いのせいと言われたら、それまでなんだけれど。
「悲しいわぁ……」
「ジュディス、男の人キライなんですかね」
いや、おっさんが悲しいのはジュディスちゃんの手厳しさじゃなくってね。
素直に言えば早いのに、その勇気が無かった。情けない話だ。思わせ振りな行動で本意を隠して、こんな若い女の子に察して貰えないかと期待を込めているなんて。
少しでも拒絶されるようなら、軌道を変えて、無かったことにできるよう――。
逃げるための保険。それは意地汚い大人になった俺の、とってもとっても悪い癖。
「レイヴンさん……?」
背中越しに俺を見上げながら、は労るように名前を呼んできた。
「大丈夫? 泣いてるみたい」
「泣いてなんかないわよ?」
「でも、だって……やっぱり泣いてるみたいに思えるの」
晴天に負けないくらいに透き通った声音が、俺の鼓膜に触れる。思わず腕の力が緩んだ。
はくるりと体の向きを変えて、俺と向かい合ってみせた。
「ねえ、レイヴンさん。辛いなら言ってください」
さも当然のように彼女は俺の頬に手を添える。子供を諭す母親のように、強かで、抗いがたい行為だった。
「話してもらえば判るぐらいには、利口なつもりですから。私なんかで、良ければ……」
胸が、高鳴る。
「あなたの言葉なら、何だって聞くから」
にっこりと笑って、は俺を見上げていた。
かつて俺がまだ人形だった頃、幼い彼女はこんな風に笑ってくれた事があった。あの時、俺がほんの少しでも応えていたなら、は今頃もっと幸せに在っただろうに。遭わなくて済んだ不幸が有っただろうに。
しかし俺の胸中には、そんな罪悪感に勝るぬくもりがあった。
俺が罪人であることを、彼女は既に知っている。全てを聞いて尚、こうして笑って、先のように言ってのけた。
柄にもなく、視界が揺らぐ。
もう一度俺はを抱き締めた。何も言えなかった。ただただ嬉しくて、嬉しくて。
口を開く余裕さえ無くした情けないこの男を、彼女は小さな体でしっかり受け止めて笑ってくれていた。
(Title by ジャベリン)
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