※ジュディス→夢主←レイヴン
※じんわり歪んだ愛情のお話
※その夢主への歪んだ愛情からジュディスとレイヴンが関係を持ちます
※あまり気持ちの良い話ではないです



 がレイヴンを好いていることを知った。「ずっと前から好きなの」と恥ずかしそうに笑うに私はただただ微笑み返した。可愛い。花のように、とはこのことを言うんだろう。可憐な彼女の笑みを目に、頭の中で算段しながら私は笑い続ける。そう、そうなの。そんなに好きなの。笑いながら相槌を打ち続ける。屈託ない瞳が、私ではない人間の為に輝くのを眺めながら。「応援してくれる?」なんて少女のように首を傾げる。不安そうな瞳を見据えたまま私は笑い続けた。走る虫酸に耐えながら私は頷いた。は嬉しそうに笑った。また虫酸が走った。ねえ、何で私ではなくあの男のために瞳を輝かせているの? あの男の何がいいの? 私では何がいけないの? 私が女だからいけないの? 繋がることができないの? そんな顔、見たこと無いわ。あの男に見せるために、そんなにも愛らしい表情をするの? いつかあの男に抱かれて、やっぱり笑うの? 聞いたこともないような甘い声で身を委ねるの? 綺麗で清らかなあなたを、大切なたったひとりのあなたを、あの男に全て奪われてしまうの? そんなの嫌よ。許さないわ。許さないわ。許さない。頬が引きつりかけて、すぐに戻る。
 算段が整った。



◆◆◆


 はよくジュディスと一緒にいた。年が近いし話もあうのだろうと思っていた。だがジュディスの接触にはどうやら他意があるようだ。ジュディスはを愛している。友ではなく、男が女を愛するのと同じように。俺は察していた。ふとぼんやりと二人の乙女を見つめていた時、ジュディスと俺の視線がぶつかった。ジュディスは笑った。美女の笑顔。笑顔。けれど。ジュディスは俺を睨んでいた。笑顔の裏に寄り添うものがあった。鋭い槍の先に似た殺意を感じた。俺を恨んでいた。妬んでいた。理由は判っていた。が好きなのは俺だからだ。にとってジュディスはあくまでも友達。の中で女性が恋愛の対象になることは無いからだ。ふ、と声が漏れる。笑い声だ。俺は笑っていた。ジュディスの妬みを受けて笑っていた。ジュディスはますます笑みを深め、妬みを深め、俺を見る。しかしすぐに全てを引っ込め、の手を取り、彼女を先導して歩いていってしまった。無防備で無警戒なは、ジュディスの想いに気づいていない。友達面の下にある泥ついた欲望の塊を知らない。隙あらばジュディスは、あの純潔を我が物にするだろう。しかしにはそれが判らない。だから、ああやってすぐに拐われてしまう。
 それだけは気に食わなかった。



◆◆◆



 私はレイヴンと寝た。考えていたよりは悪くなかった。ちゃんと良いところを突いてくれるし、焦らしすぎたり無理強いする訳でもないし。堅実で程好く楽しめるセックスだった。女の扱いなんて手慣れたものだと言わんばかり。声を掛けたらすんなり事に及べた。へらっと笑って、調子の良いことばかりを並べ立てて、お手本のように“そういう”男。彼の女癖の悪さがよおく判る行為だった。やっぱりこんな男にみたいな純粋な子は任せられない。髪の一本だって触らせてなるものか。

。私、レイヴンと寝たの」

 は言葉もなく私を見ていた。私はゆっくりと話した。私が誘ったらすぐに彼が乗ってきたことや、彼がどうやって私の体を愛でたのか、どれほどの時間を費やして、何度それを繰り返したのか。丁寧に彼女に語ってあげた。は真っ白な顔で私の話を聞いていた。顔を逸らすことなく、耳を塞ぐこともなく、じっと、ずっと。私は笑い声を上げそうになって、必死に堪えた。体を張った甲斐があったわ。ねえ、、あなたにはレイヴンなんか似合わないわ。あんな誰の誘いにも乗るような男に、穢されるなんていけないわ。いけないんだわ。私が語り終えた頃には、は泣いていた。溢れるままの雫が、白い頬を伝って落ちる。じんわり染みて地を染めていく。とても綺麗。

「……ジュディス」

 掠れた声が私を呼ぶ。私は思った。はどうするのかしら。私を嫌いになっちゃうかしら。レイヴンを嫌いになってくれるかしら。に嫌われても私はが大好きだけれど。むしろ嬉しいわ。嫌いってことはつまり、それだけ私を意識してくれているってことなんだもの。強く想ってくれているってことなんだもの。はどんな風に私を嫌ってくれるのかしら。どんな風に狂っちゃうかしら。きっと生涯消えない傷になることだろう。友だと信頼したはずの女が、自分の好いている男と寝たなんてね。それだけの中に私は深く残るのよね。、私が女だからってだけでと繋がれないこともすごく辛いのよ、消えない傷なの。お揃いね私たち。共通のくだらない男のために傷付いた私たち。あなたと同じだ。同じになれるんだ。何だかとっても幸せな気分になっちゃうわ。
 随分と間を置いてから、は再び口を開いた。
 私は目を疑った。

「……ごめんね」

 は私を見て、どうしたことか笑っていた。
 綺麗な笑顔。
 私の大好きな優しい笑顔。
 ああ、なんてこと。
 は狂わなかったのだ。
 目の前が真っ暗になった。



◆◆◆



 俺はジュディスと寝た。あんな美人に誘われたら、乗らない方が失礼ってなもんでしょ? 触れれば見た目以上に豊満な体が俺を煽りに煽り、それはそれは至福のひとときだった。全てとは言わずともジュディスの思惑は何となく悟っていた。悟っていながら寝た。男の俺よりよっぽど気安くに触れるジュディスに、たんと俺を染み込ませておこうかなんて。ジュディスがに触れるたび、俺もに通えるように。直接あの子をモノにすれば早いんだろうが、それにはこの女王蜂が面倒臭い。こんな嫌がらせが今のところ精一杯だった。女癖だけじゃない、性格だって俺はよくないのだ。

「……ちゃん?」

 物思いに耽りながらほっつき歩いていると、と会った。真っ白な顔とは対照的に真っ赤に充血した瞳。泣いていたようだ。は俺に気付くと、びくりと肩を震わせて立ち止まった。瞳の奥はまだ泣いている。何となく俺は悟った。多分ジュディスが話したんだろう。どうしたものか。とりあえず俺は笑った。笑って近付いた。は困っていた。怯えていた。迷っていた。酸素の足りない金魚みたいに口をぱくぱくさせて、何かを言おうとしては躊躇っている。可笑しくて可笑しくて可愛らしい。仕方ないので、こちらから切り出してみる。

「ジュディスちゃんから聞いたんでしょ?」
「……は、い」
「だよねぇ。ちゃんがそんなになっちゃうったら、きっとそれだよねぇ」

 凍えたかのように体を震わせて、は俺を見つめていた。判ってるんだよ。ちゃん、おっさんのこと大好きだもんねぇ。でもジュディスちゃんのことも大好きだもんねぇ? 訳が判らなくなっちゃってるんだろうねぇ。傷ついたんだろ? 無知だから、無垢だから、無邪気だから、信じる友達に裏切られたんだよ。いいや、ジュディスは初めからを裏切っていた。初めから友達なんて枠じゃ君を見ていなかったんだから。俺だってが思ってるほど良い奴じゃないんだよ。声を掛けられりゃホイホイついてっちゃって、女の子が腰ふってんの見てご満悦しちゃうようなしょうもない男なんだから。裏切り者同士、俺とジュディスちゃんって似てるのかもね。

「はは、俺のこと嫌いになっちゃう?」

 そうだ、嫌いになって欲しいな。好きと同じぐらい、もしくはそれ以上に深い感情だから。その胸の一番深いところに、癒えない傷として残り続けたら良い。ずっと血が溢れて、痛んで、傷んでしまえ。それだけ深く想ってくれてるってことになるものね。歪んでしまえ。俺のせいで。俺のせいで。きっと君なら歪んでも美しい。
 俺は笑った。

「……レイヴンさん」

 さあ、罵詈雑言を吐いてくれ。嫌いだと叫んでくれ。死んでしまえと叫んでくれ。今まで言ったこともないような汚らわしい言葉をその口からぶちまけてくれ。歪めば歪むほどきっと綺麗だ。人間ってそういうもんでしょ。特にちゃんみたいにまっさらな子は、比べ物にならないぐらい、そうに違いない。
 透き通ったの声に、俺の霞んだ焦点がふと定まる。
 息を呑んだ。

「……ごめんね」

 は俺を見て、どうしたことか笑っていた。
 綺麗な笑顔。
 俺の大好きな切ない笑顔。
 なんてことだ。
 は歪まなかった。
 奈落に突き落とされるとは、このことだ。

Top