※「どうして、きみは」の続き&夢主視点中心
※引き続き皆が歪んでいます
私はジュディスが好きだ。美しくて強くてきらきらしてる。大人びているようで実は少女らしさがまだ潜む、可愛らしい女の子で。一緒に過ごすのはとても楽しかった。年の近い同性と話したことなんてほとんどないから、私は拙いところがたくさんあるはずだ。でもジュディスは、そんな私を許容してくれていた。「って本当に可愛いわね」ジュディスは嬉しそうに笑って私を先導してくれた。私の方がお姉さんのはずなのに、ジュディスは私より大人っぽい。髪を撫でてくれるときも、手を繋いでくれるときも、あたたかくって優しかった。けれど、だからこそ判ってしまった。ジュディスは私を友達としては見てくれていない、ということを。ずっとずっと違っていた。友達に触れているつもりだったのは私だけだった。無二の親友と私は思っていたけれど、私と彼女の抱く互いへの好意は正反対だった。笑顔で受けながらも、ジュディスはそれを良しとはしていなかった。ジュディスは満足してはいなかった。私は悩んだ。悩んで、ある想いに向き合うことにした。大切な友達を失いたくは無い。私はジュディスのことを失いたくは無かった。
だから私は“好きな人”をジュディスに告げた。
たったひとりのあなたを守るために、私はあなたに打ち明けた。
私はレイヴンさんが好きだ。思えば一目惚れだったのかもしれない。息をするようにさらっと気を遣われて、からりとした笑いに胸が締め付けられる思いだった。そしてレイヴンさんは、こんな私の拙い恋心に気付いていたのだと思う。「おっさんなんかで良いの?」とよく笑って見せた。私はあなたが良いの、と頷いた。レイヴンさんは驚いたように目を丸めて、照れくさそうに赤い頬を掻いていた。決定的な言葉は貰えなくても、私は嬉しかった。嫌われていないだけでも良かったのに、それ以上の気持ちを知ったから。でも少し不安が過る。私がジュディスに引かれて歩き、なんとなしに振り返った時だった。レイヴンさんが私たちを見ていた。それだけなら良かったのに。レイヴンさんは、光の無い目をしていた。なのに口許は笑っているかのように歪んでいて。あの人は、捨てたはずの空虚をまた手繰り寄せていた。
だから私は、“あなたが好き”だと伝え直したかった。
たったひとりのあなたを守るために、私はあなたを捉えたかった。
全部が無駄だと知ったのは、ついさっき。
ジュディスがレイヴンさんと寝たのだと話した。
意味がわからなかった。判らないなりに頭を回転させた。寝たって、つまり、ジュディスとレイヴンさんは。女と男として、つまり。ジュディスはレイヴンさんを好きだったのかな。じゃあ私の告白は、彼女を追い詰めてしまったのかな。私は酷いことをしてしまったのかな。思いながらずっとジュディスを見つめていた。ジュディスの言葉に耳を傾けた。どんな風にレイヴンさんがジュディスに触れたのか、愛でてくれたのか。絡み付くジュディスの声が、私の肺を締め上げ、喉を塞いで殺しに掛かってきているようだった。ぴくりとも動けずに私は立ち尽くしていた。声を失い、体をどう動かすのかも忘れてしまった馬鹿のように。ジュディスがそんな私を見て、深く深く微笑んでみせる。嬉しそうに。幸せそうに。けれど。
そのお陰で私は気付いた。
確かに私の告白は彼女を追い詰めてしまった。けれど、“その”追い詰めた、じゃない。私の予期しない形になってしまった。視界に映るジュディスの姿が滲む。次の瞬間、私の視界に在ったのはあどけない少女だった。けれど間違いない。あの青い髪、赤い瞳。――ジュディス。ジュディスだった。
「どうして私じゃいけないの?」
少女は泣いていた。私を見て、ぼろぼろと涙を溢していた。その涙は酸のように私の胸を焼き、爛れた肉を更に焼き、染みて行く。震えた少女の泣き声が、再度私に突き刺さる。
「どうして、ねえ?」
私のせいで。私のせいで。ジュディス、ジュディス! こんなつもりじゃなかったの。私は友達として、たったひとりの友達であるあなたにだけ、年頃の女の子たちと同じように頼ってみたかったの。触れてみたかったの。友達にしか見せたくない私を、友達であるために、あなたにだけ見せたかったの。私なりに、大切なあなたに、心を託したつもりだったのに。ごめんね。ごめんね。ごめんね。だいじなひとを、わたしは。
「ジュディス」
滑稽なほど掠れた声だった。泣き叫びたかったけれど、堪える。泣きたいのは、叫びたいのは、ジュディスのほうだ。真っ赤な瞳の女の子を見つめ返し、私は静かに息を整える。瞳を通して彼女の心に触れる。ジュディスは私を恨んではいなかった。こんなに辛い想いをしながら、まだ私を好いてくれていた。私は愛されている。だったら私が泣くのは可笑しい。あなたの痛みに比べたら、私なんて、笑えちゃうぐらいの掠り傷。
だから私は笑ってみせた。
けれど言葉だけは、嘘をつくことができなかった。
「……ごめんね」
同じように私はレイヴンさんを傷付けてしまっていた。取り返しのつかない過ちは連鎖し、循環し、私に返ってきた。鎖は私に巻き付き、食い込んでいく。レイヴンさんもまた、ジュディスのように傷付き、膿んだ心をしていた。レイヴンさんは鋭い人。ジュディスの気持ちにだって気付いていた。ジュディスが私を愛していることを知っていた。
「ちゃん、何で、謝ってんの?」
「ごめんね、ごめんね……」
「止めてくれよ、謝らないで、ほら、違うだろ、君がすることは、なあ、俺に謝ることなんかじゃないでしょ? ちゃんは被害者なのよ? ちゃんの大事なお友達とヤったんだよ、俺。ちゃんに好かれてるの喜んでおきながら、好きでいながら、ジュディスちゃん突いて悦んじゃってたんだよ?」
私の、せい。
ずっと根暗で喋らない私でいたら良かったんだ。誰にでも怯えて縮こまる私のままでいたら良かったんだ。ジュディスと友達になろうなんてしなければ、レイヴンさんを好きになろうなんてしなければ、ふたりは、私の大好きなふたりのままでいられたのかなあ。私がいなかったら、ふたりは、傷付かずにすんだだろうになあ。全部遅すぎて、無駄すぎた。大好きなのに、大事なのに、どうして上手く愛することができないのかなあ。ふたりは私を一番にしてくれていたのに、私はふたりを欲張ってしまって。どうして、いつもしくじってしまうのかなあ……。ふたりは私のことをたくさん想ってくれたのに、私は何一つ返せずに、私は。わたしは。こんな私を、好きでいてくれるひとへ、私は、仇で返してしまった。
伸ばされた手に触れてしまわないよう、急いで身を翻す。振り返らずに私は走った。
◆◆◆
どうして自分が一番傷付いているのに、傷付けられているのに、は周りを責めてくれないのか。簡単だ。彼女は好きなものを責めることが出来ないからだ。愛が深すぎて、相手の非に無意識下で目を瞑り、結果、自分に非があると思い込んでしまう。耐えられぬだけの傷を負わされて、散々に壊されてきた心を、なお自ら粉々に砕いてしまう。
大好きな彼女のそんな単純さを、どうして見誤っていたのか。
壊れてしまったは、あの日以前の輝きを持つことは無かった。ジュディスを友として頼ることも、レイヴンを異性として愛することも、元から知らなかったかのようだった。他の仲間たちからすれば違いは判らなかっただろう。彼らに向けられる情は、以前から変わることなく在るのだ。違ったのは、ふたりにだけ。
ジュディスは以前のようにに触れようとして、彼女に歩み寄った。そして凍えた。の目は、ジュディスを見てはいなかった。の中を占めていたジュディスの存在は、の心と共に砕け散っていた。
レイヴンもまた以前のようにに接しかけ、そして凍りついた。の目にレイヴンはいなかった。大事な仲間の一人。それだけだった。の中にレイヴンの居場所はなくなっていた。
ジュディスはすがった。レイヴンはすがった。今更になって喋りたてた。“の愛が欲しがった”と、子供のように話した。醜い全てを打ち明けた。何をしてでも、彼女を取り戻したかった。
は、笑った。
狂ったりなんかしない。
歪んだりなんかしない。
私は最初から、まともな形なんかしてなかったから。
狂いようがないの。
歪みようがないの。
ごめんね。
あの時と同じ、悲しい響きが鼓膜を突く。
自分で招いた悲劇を、さも無理矢理与えられたものかのように受け、ふたりは泣き叫んで傷を掻きむしる。
かつては差し伸べられたであろう温もりの幻を見ながら。
愚かなふたりが彼女を取り戻すことは、遂に叶わなかった。
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