小学校の頃、転校した私は、ユーリと出会った。
 ユーリは、ひとつ上の学年だった。
 私がクラスに溶け込めず、いじめられていたのをユーリは助けてくれた。ぐちゃぐちゃにされた髪を粗っぽく撫でつけてくれて、顔の泥を拭ってくれて、「何かまたあったらオレに言えよ」と笑ってくれた。私の髪留めのリボンを洗ってくれたフレンが戻ってくるまで、私はユーリを見つめて動けなくなっていた。
 一緒にサッカーしてみたり、イタズラしてみたり、私はユーリに色々なことを教わった。揃ってフレンに怒られたりもした。
 中学生になると、ただでさえかっこよかったユーリは更にかっこよくなってしまった。フレンもだった。クラスの女子たちが二人の噂をして赤くなるのを見て、私は今更ながらに超人気者である彼等の傍にいた無謀さを知った。ユーリとフレン、そして二つお姉さんの美人双子ヒスカ先輩とシャスティル先輩に鍛え上げられた私は、いじめられることもなくなっていた。
 遠巻きにユーリたちを眺めながら、私は少しずつ距離を開けていって……というか、開けたかったんだけど。

ー、菓子ー」
「うぇぇ……?」
「ユーリ、にお菓子をねだる癖は直した方が良いよ」

 二人は私のクラスにしょっちゅうやって来た。
 読書中の私の頭に顎をのせて、ユーリは呻くような声で訴える。フレンの注意が意味をなしたところを見たことはない。

「昨日“ちゃんと菓子作ってきて”ってメールしといたし」
「だから何? って話だよユーリ」
「か、鞄にカップケーキが……」
もユーリを甘やかさなくて良いからね!?」

 ユーリは嬉々として私の鞄からお菓子を調達すると、「またなー」と軽い調子で出ていってしまった。
 ため息をつくフレン。苦笑いの私。
 そんな私に、フレンは暖かい目をして――兄がいたらこんな感じなんだろうなという眼差しだった――、ぽつりと呟いた。

「……ユーリは心配性だな」
「フレンのが心配性じゃない?」
「いいや。ユーリもユーリで心配性だよ」

 フレンの次の言葉は、私の中に波紋を残した。

のことに関しては特にね」

 そのまま私たちは高校生になった。



◆◆◆



 高校でも私は相変わらず、ユーリにお菓子を搾取されつつフレンと世間話しつつの日々を過ごしていた。
 そんなある日、クラスの女の子に「ユーリとフレンの好みのタイプを聞いてほしい」と頼まれた。
 かなり難しい問題だ。
 あの二人が恋愛沙汰に興味あるようには思えない。ユーリの初恋は14歳年上の女性だって聞いたけど。フレンはエロ本持ってるってユーリが言ってたけど。巨乳が好きなんだろうなとか聞いてもいないのに話した。ユーリはどうなんだろう。お菓子と結婚したいんじゃなかろうか。っていうか、あの二人、剣道部入ってからますますそういうの遠いもんなあ。
 とりあえず円満なクラス生活を続けるためにも、私は彼女たちの頼みを聞くしかなかった。
 放課後、妙に重たい心を励ましつつ、鈍い足を動かしつつ、ユーリたちの教室を目指した、けれど。

「……いないや」

 人っ子ひとりいやしない。勇気が出ずに渋っていたうちに皆帰ってしまったんだろう。体育館に行けばいるかな?
 仕方ないので、振り返って一歩踏み出す。

「何してんだ
「おぉう!? ユーリ!」

 今だかつて出したことのない声が出た。何故か真後ろにいたユーリは「ひでぇ声出したな」と真顔で私を見下ろしていた。
 片手を教室の扉にかけて、憎たらしいぐらいにかっこよさ振り撒きながら。背も高いから本当にモデルさんみたいだ。黙ってればの話だけど。綺麗な顔で独自の正義感のままに罵詈雑言吐き散らかす様は、私的にはユーリらしくて大好きなんだけれど。皆はよく「もったいない」って言うんだけれど。
 ……いや、そういう話じゃないんだけど私。

「どしたのユーリ」
「それ、オレの台詞。お前こそ先輩の教室に何の用?」
「わ、私は……」
「まさかフレンの机にラブレターでも仕込みに来たか」
「ち、違うよ!」

 丁寧に指差しでフレンの机を示すユーリに、私は思わず声を荒げた。
 ユーリは驚いて目を丸めていたけれど、特に言及するでもなく。私が自分でもこんなに大きな声を出すとは思ってもいなくて黙り込んでいると、代わりにユーリが口を開いた。

「じゃあ、何しに来たんだ?」
「く、クラスの子に頼まれて……ユーリとフレンの好きな女の子のタイプを聞きに来ました」
「なるほど」

 ユーリはゆったりと頷いた。

「フレンは胸ある女が好きらしいぜ。本見る限りな」
「そ、そう……改めてフレンに聞き直すよ。ユーリは?」
「んー、オレ?」

 とぼけた顔で私を見下ろすユーリ。子供くさいその表情に、何とも言えない気持ちが込み上げる。鼻を摘まんでみようか、なんて思ったけれど本当に思っただけ。実際にやったら倍にして返される。
 ユーリは珍しく真面目に考えてくれているらしい。しばらく考えて、それから話し始めた。

「――とりあえず、他人使って探り入れるような他力本願な奴は好きじゃねえな」
「あのそれ伝えたら私がボコられるんだけど」

 そして誰かに助力を乞うのは悪いことじゃないと思うよ?

「うーん……じゃあ、菓子作るの上手い奴?」
「アバウトな……。しかも私に聞かないでよ」
「……だってオレ、好みとか特に意識してねえし」

 この美形はことごとく勿体無い! 言い方が悪くなるけど、色々選り好みできちゃうと思うんだユーリは。だからって選り好みしまくってレイヴン先生みたいに引っ掻き傷や張り手の跡こさえるのは良くないけれど……。
 私が納得していないことは承知した上で話しているらしい。ユーリは、けろりとしている。

「って言うかオレが好きなのだし」

 けろりとしたまま、とんでもない事を言った。

「なっ、えっ、なっ?」
「菓子美味いし、何か放っておけねえし。って言うか好きだ」
「はっ、いやっ、あのっ」
「あーあ、が変なこと聞くから告白しちまったじゃねーか。恥ずかしくてオレ死にそう」

 ユーリはにやにやと笑いながら私に言った。何処が恥ずかしくて死にそうなんだ。私のほうがよっぽど恥ずかしくて死にそうだ。ばか、ばか。ユーリのばか!

「で、返事は?」

 私が泣きそうなのを堪えて震えているのに、ユーリは相変わらず。
 真っ赤な顔と目をしているであろう私に、答えろと沈黙を投げてきた。
 いじわるだ。だけど。
 頭にぽんとユーリの手が乗っかってきた。小さい頃、私を助けてくれた時みたいに優しくて暖かい手。
 あの頃よりまた、大きくなった手。

「私はっ……小学生の時からずっと好きだよ! ばか!」
「一途だな、お前」
「ユーリがいちいち世話焼くからだよ!」
「好きだからこそ、つい焼いちまってんの」

 涙で揺らめく視界に何とかユーリを映す。ようやくユーリも恥ずかしくなってきたのか、頬が赤くなっていた。肌が白いから、すぐに判る。
 だめ押しとばかりに私はユーリに飛び付いた。

「……ユーリの心臓、ばくばくしてる」
「黙ってくっついてろ」

 小突かれるかと思ったらぎゅっと抱き締められて、私は息の吐き方を忘れてしまいそうになった。
 夕焼け色の教室で告白なんて、少女漫画みたい。
 頼まれごとを果たすどころか抜け駆けしてしまった私を、クラスの子は何て言うだろうか。一抹の不安が胸を過った。

「……
「は、はい?」

 私の思考を遮り、ユーリは私を呼んだ。慌てて返事をすると、ユーリは小さな笑い声を上げた。
 それから更に私を抱き締める腕に力を込めると、私の髪に頬を寄せて呟いた。

「オレ、お前と結婚したい」

 私が不安を感じるどころではなくなったのは言うまでもない。

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