※夢主が義眼をもっておらず、ギルドの人間設定
この辺りでは見ない顔だった。多分、歳はオレより少し下ぐらいの女。背丈は頭ひとつ分は低い。貴族街の人間にしては雰囲気がしゃんとしてたし、服装もやつらとは違う。どちらかというと、オレら寄りの印象だ。何より決定的な違いがひとつ。そいつは武器を持っていた。「あの、ユーリ・ローウェルさんですか」動物っぽい、真っ直ぐな目で訊いてくる。オレが頷いて返すと、そいつは安心したように胸を撫で下ろし、微笑んだ。
「ギルド〈銀雪の狼〉所属、と言います。ハンクスさんから依頼を受けました」
「じいさんから? んで、何でオレ探してた訳」
「詳しいことは、これを渡してくれと」
が差し出した手紙には、見慣れたハンクスじいさんの字で簡潔に依頼とやらの話が書いてあった。
こいつのギルドは動物や魔物の狩りをする奴らで、あちらこちらを渡り歩きながら気ままに依頼を受けているらしい。そして、たまたまこの街にやって来たたちにハンクスじいさんが依頼した。で、その案内役にオレが抜擢されたらしかった。
「下町では物をつくるにも修繕するにも素材が手に入りにくいとのことで、私たちが素材収集を依頼されまして」
「確かに、ここじゃ食うものすら危うい時だってあるからな」
「ならますます私たち向きの仕事ですね。美味しい魔物もついでに狩ります」
あどけない顔には釣り合わない、逞しい発言だった。まじまじとを見る。背負っている大鎌には、滑り止めなのか柄に布が巻かれていた。血とも泥ともとれる黒ずんだシミがこびりついていて、確かにギルドの人間なんだなと実感した。外を旅して歩くということは、街にいれば遭わずに済む魔物と何度も戦っているんだろう。こんな、家でのんびり菓子でも作ってるのが似合いそうな奴が。
僅かに淀んだオレの心情を察したのか、は不安そうに眉尻を下げた。
「あの、外に出るのは一般人には危険ですし、大体の場所ぐらいを教えて貰えれば……」
「これでもちょっとは、やれる方だから。危険なのは判ってるし、それはソッチも同じだろ?」
的外れな心配をそうあしらって、暗にオレは同行することを申し出た。は存外、あっさり頷いた。
オレはに誘導され、のギルドの面子と顔を合わせた。誰もが武器を持ち、狩った獲物から取ったであろう毛皮や牙を服に使ったり飾ったりしている。男が多いが、女もいない訳じゃない。
帝国の市民権を捨て、独自の生き方をする集団――ギルドの存在は知っていても、こんな風に接する機会はなかなか無かった。
「うちのギルド、他のギルドに比べて緩いから気楽にどうぞ」
「一晩泊まる場所貸してもらうってのを報酬に、下町の奴らの依頼受けるぐらいだもんな」
「あ、帝都って格差酷いそうですね……。でも私たちギルドは帝国とは別だから」
あまり格差というものを判っていなさそうなに、オレは「そっか」と短く返す。緩い笑顔のまま、はこう続けた。
「それに、人間に上も下もないですから。みんな一緒でしょ?」
言葉の曇りのなさに閉口した。綺麗事でも何でもなく、本当に心からそう思って育ってきたのであろう真っ直ぐさ。これはギルドの気質というより、元来のものな気がした。そしてそんなを曲げることなく育ててくれた環境のお陰だろう。少し羨ましくなった。
の話した通り、オレが予想していた感覚とはだいぶ違った、気楽なギルドだった。人数の多い家族ってとこだろうか。下町の調子と似ていて、取っつきやすい。そのお陰か、外に出て戦うにも不安は無かった。何せベテラン揃いだ。逆にオレが足を引っ張りやしないかと内心ひやひやものだった。
依頼した通りの素材はあっさり集まり、連中は本当に“美味しい魔物”も狩って下町へ引き上げた。魔物を食べるのは珍しいことじゃないが、まさか依頼とは離れた仕事もするなんて。「おまけよ、おまけ」とギルドの女頭領――の母親らしい――は豪快に笑っていた。他の連中も同じような顔をしていた。オレが抱え続ける靄とはかけ離れた、眩しいものがあった。
たちが持ってきたまさかのおまけに、下町中は大喜びだ。ギルドの連中へのお礼にと、張り切っちまって、ちょっとしたお祭り騒ぎになってしまった。皆入り乱れて飯の用意だ何だって。会ったばかりの人間がこうも溶け込むものかと呆れるぐらいだ。まあ、何だかんだでオレもこういうのは嫌いじゃなかった。気が付いたらすっかり日が落ちていたぐらいには、オレも浮かれていた。
「今日は本当にお疲れ様、ユーリさん」
「ユーリで良いって。オレとっくに呼び捨てしてんだし」
「それもそうだね、そうする」
は少し酔っているらしかった。頬が色づいていて、傍に来るなり果実酒の匂いが漂ってきた。あまり酒には強くなさそうだが、大丈夫なんだろうか。
人集りから距離を置いていたオレの隣に腰を下ろし、は嬉しそうに騒ぎを眺めていた。
「明日ね、帝都を出るの」
「そっか。連中だいぶ飲んでるみたいだけど、二日酔いで出られないとか言わないよな?」
「みんな、お酒強いから大丈夫」
言いながらがオレを見た。それに曖昧に笑い返すオレ。不思議と気が和らいだ。肩の力を抜いて話せる、けれど心の端っこが妙にこそばゆい、この感じ。とても今日知り合ったばかりの相手とは思えなかった。
「ユーリ、何処で剣習ったの?」
「ちょっと騎士団にいたことあったんだよ」
「騎士団? 何だかそれっぽくないね。てっきりギルドにでもいたのかと思ってた」
「結構言うな、お前」
「え、あ、ごめんなさい」
「良いって。ホントに似合ってなかったろうから」
に悪気はないらしかった。
裏表の無い奴だ。無さすぎて困る。
騎士団にいた頃の今より青かった自分と、差した嫌気ですっかり擦れた今の自分。本気で帝国を変えてやろうと考えていた――今だって出来ることならとは思う――騎士団時代。蘇ってくる記憶に、懐かしいと同時に苦いものが込み上げてくるような思いがした。
ひとり勝手に沈むオレを、はまじまじと見つめてくる。
「でも“何かを守りたい”って言う意味なら、ユーリと騎士団、似合うよ」
不意に真面目な顔で言われたもんだから、オレは酒を吹き出しかけた。
「どういうこった」
「ユーリとは今日会ったばかりだけれど、ここの人たちが本当に大事なんだなって伝わるよ。あの子供たちも話してた、ユーリが悪い騎士を追っ払ってくれたって」
酔いが回ってるのか天性のものか、は止まらない。
「騎士って本来は弱い人を守るんでしょ? そういう意味なら、ユーリが騎士団に入った理由も判るなあって。私、昔そんなお話の本読んでたよ。騎士様が街を守るためにね、たったひとりで泉のそばの穴蔵に住む悪い魔物を……」
「お前が酔ってるのはよーく判った。無理して喋らなくていいぞ」
「わ、私、真面目なのに……!」
はしゅんと項垂れてしまった。怒られた犬がよくこんな風に落ち込んでいる気がする。
素直な奴だ。けれど子供とはまた違う素直さだ。多分話が得意なほうでは無いんだろう。だからありのままで話してくるし、ありのままに感情を伝えてくる。
「私、ユーリみたいな人と話したことないから色々変なとこあるだろうけど……。だ、だから、判りづらいかもしれないけれど」
透き通った瞳が、しっかりとオレを捉える。
「今日だけで、ユーリのこと大好きになったの」
あたたかい笑顔だった。
何も判りにくくなんかない。逆だ。判りやすい。の言葉には繕おうとするところが無く、心のままに話す。全部表に出ちまって、こっちには恥ずかしがる暇さえ寄越してくれない。
「ありがとよ、」
笑って返すと、は赤みの増した頬を緩ませた。それから恥ずかしそうに俯いて、両手で抱えた酒のコップに口を付ける。
一日つるんだかつるんでいないかの相手なのに、オレもを気に入っていることを自覚した。
明日にはいなくなるってのに。
も同じことを思ったんだろうか。表情は徐々に陰り、寂しげに目が細められる。今にも泣き出しそうなその横顔を見ていたら、胸の奥が痛んできた。
「ユーリが、うちのギルドの人だったら良かったのにな……」
小さな小さなの呟きが、確かにオレの耳には届いていた。
昨夜の酒盛りが嘘だったかのように静かな朝。
たちはまだ、薄暗い空の下を出立しようとしていた。
何時もだったらまだ夢の中な時間にオレは何とか起き、ギルドの連中を、たちを見送ろうと外に出た。オレよりしゃっきりした目をしたラピードが、“急げ”とひと吠えする。判ってる、判ってるから。
「!」
呼べばはすぐにオレに気付いた。何か周りに断ってから、こっちに駆け寄ってくる。
「おはようユーリ。早いんだね」
「頑張って起きたんだよ。普段ならまだ寝てる」
「わざわざ見送るために?」
頷くと、は嬉しそうに笑った。
「またユーリの顔見れて、良かった」
「あんまり思わせ振りなこと言ったら本気にするぜ」
「本当に良かったって思ったんだもの。もう会えないかもしれないから」
寂しい笑顔だった。の言わんとしていることは判る。
結界の外で旅をし、戦うのが生業のギルド。その生き方には身を委ねている。怪我だってするだろう。下手をすればそれ以上だ。世界は広い。の故郷がどこに在るのかさえオレには判らない。またたちが一巡りして此処に来る可能性だってなくはないが、それは無い気がした。の目を見て、そう感じた。
あえてその気持ちに蓋をして、口を開く。
「また来いよ。覚えてるうちは歓迎する」
「うん。ありがとう。その時はもっと話したいね」
「だな」
それ以上言葉が出てこなかった。本当はもう少し言いたいことがあったはずなのに。上手く形にできず、胸の中で蟠ってしまう。
――沈黙を破ってくれたのはだった。
「いつかユーリたちも安心して世界を歩けるようになるかな」
「お前らだって安心って訳じゃないだろ」
「そうだけど、そうじゃなくてね」
は満面の笑みで言った。
「いつか、ユーリが私の故郷にも来てくれたらなぁって思ったの」
此処に負けないくらい素敵な場所だよ。
そう言って笑うに、オレは笑い返した。
「……オレも行きたいよ」
程なくして、ギルド〈銀雪の狼〉は――たちは、帝都を発った。
部屋に戻るとオレはすぐベッドに横になった。皆が起き出すまでもう一眠りしようと思った。
けれど、上手くいかない。
“いつか”って何時だろうな。どうしようもなく可笑しくなる。結界魔導器がなけりゃ安心して眠れもしないのに。そんな世の中が変わるっていうのか。途端に頭の中までぐちゃぐちゃになっていった。
会ったタイミングや過ごした時間の少なさなんてどうでも良かった。
大事なのはそんなんじゃないはずだ。
何でオレは、二度と会えるかも判らない相手に素直に言ってやれなかったんだろう。出来なくても言ってやれば良かったのに。気を利かしてやれば良かったのに。
“会いに行く”って。
別れ際の屈託無いあいつの笑顔を思い出しながら、唇を噛む。
何度も浮かび上がる情景と想いを必死に突き放して、オレは瞼を閉じて踞った。
(Title by ジャベリン)
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