あんまりきらきらした瞳をされるものだから「そんなに俺様かっこいい?」なんて言ってみた。何時もの調子で。そしたら迷わず「かっこいいですよ」と返された。満面の笑顔つきで。
此処はツッコミ入れるところなのよ? 乗せちゃ駄目よ?
恥ずかしさが勝って、言葉に詰まる。一回り以上年下の女の子を相手に、俺らしくもない。
「レイヴンさん?」
「あー、うん、ちょっと照れちゃっただけ」
「照れることあるんですね」
わざわざ真剣に心配してくれた彼女は、俺の返答に胸を撫で下ろすと同時に意外そうに呟いた。
どんな風に見られてるんだろうか、俺様。確かにちょっと、いやかなり、色んな女の人に声かけたり何だりしてたこともあったから、手練れっぽく思われるのかもだけど。
ほんの少し複雑な思いを抱きながら、俺は大袈裟に反応してみせた。
「そりゃそうよ。ちゃんみたいな可愛い子に真っ直ぐ“かっこいい”なんて言われちゃったらねぇ」
「あはは、ありがとうございます」
慣れたことのようには笑う。俺が思っているより、この子は達者なのかも知れない。あっさり俺の言葉を流したは、ユーリたちに頼まれた買い出しのメモを見つめ、歩を進めていく。
並んで歩きながら、その横顔をまじまじと見つめた。あどけなさの残る、少女と女性の境目を揺蕩う表情。ダングレストの黄昏色が、彼女の姿を淡く照らして染め上げる。
「……ちゃんったら綺麗」
「いきなり何ですか」
が驚いたように俺を見る。まるで俺が変なこと言ったみたいな反応だった。何だかショックだ。本当に綺麗って思ったんだから仕方ないじゃないの。
「こんなに可愛くて綺麗な子が一緒に歩いてるなんて、おっさん信じられない」
「おだてたって何も出ませんからね?」
彼女はしっかり者だ。そんな手には乗りません、とでも言うような声音が返ってくる。甘えん坊の子供をそっとたしなめる母親のような、くすぐったい感じだった。「一緒に歩いてるのも私達が買い出し担当だからじゃないですか」しかし抑えきれなかったらしい照れが、彼女の白い頬をほんのり染め上げるという形で俺の目に入る。
まだまだには経験が足りない。少なくとも、こういうことに関しては。もっとつついたら、このお澄ましはあっという間に崩れるだろう。
本当に可愛いもんだ。
「おだててなんか無いわよ」
歩み寄って距離を詰める。ぐっと顔を近づけると、は体を強張らせながら俺を見つめ返してきた。緊張や恐怖ではない、恥ずかしさゆえの硬直。「なんです、か」歯切れの悪い、上ずった声で訊ねられ、思わずくっと笑いが漏れた。
そのせいか、は急に眉を吊り上げた。……怒っている。どうやら俺がからかったんだと勘違いしたらしい。そんなつもりじゃなかったんだけれど。
「遊びたいなら酒場にでも行ってください、私ひとりで買い出ししておきますから!」
顔を真っ赤にして怒鳴られてしまった。俺は慌てて口を開く。
「違うんだって、ちゃんがあんまり微笑ましい反応するから……」
「笑うことないじゃないですか、私、恥ずかしくて大変だったのに……!」
「えっ? 恥ずかしかったの? もしかしておっさん、意識されちゃってる……!?」
ついつい何時もの調子で返してしまう俺。本当はもっと真摯な言葉を言いたかったんだけれど、これは俺の悪癖だった。口を滑らせた俺に、はますます顔を歪ませてしまう。堰を切ったように彼女は喋りだした。
「やっぱりからかってますよね!? 私、確かに賢くはないけど、馬鹿にしないでください、この、この……ボサボサ頭!」
「ええっ! それ今関係ある!?」
「この遊び人の風来坊の飲んだくれぇ! 人がどれだけ必死に平常心装ってたと思うんですか! ドンの墓前にあれもこれも言いつけてやりますから!」
「それだけは勘弁して! じいさんなら化けて出かねない、おっさん殺される……!!」
ダングレストの街では、俺が女の子と何かやらかすのは珍しくない。周りからの目は微笑ましいぐらいだ。けれど、本気で好きな女の子といるのを「また何時ものか」なんて思われるのは不本意すぎる。それにドンは本当に枕元に立ちかねない。また肋骨とか鼻の骨とかバキバキにされかねない。歯とか全部折れ飛ぶ。……死ぬ!
子供の癇癪のように叫ぶの肩を掴み、俺は必死に説得を試みた。
「ごめんな、本当に俺、からかってないんだって! 許してって!」
何度目の懇願の後だったろう。不意にぴたりとは叫ぶのを止めた。口を閉ざすと同時に俯き、ぴったりと動かなくなる。
あんまり急な変化だ。何処か調子でも悪くしたのか? 普段叫んだりするような子でもないから、負担でも掛かったんだろうか? 不安がじわじわと押し寄せてくる。
恐る恐る俺は彼女に呼び掛けた。
「、ちゃん?」
これまた急に、が顔を上げた。
――何故か、満面の笑みで。
俺は言葉を失った。
「びっくりした? レイヴンさん」
「え」
「焦った? まさか私が癇癪起こすと思わなかったですよね?」
にやにやと珍しく意地悪そうに笑うを見て数秒後。俺はようやく気付いた。あの言葉も態度も、どうやらの演技だったらしい。の割には本気にしか見えなかったんだが。この子はやはり、俺の考えている以上に大人だったんだろうか。――いやいや、これはどちらかというと子供の悪戯だ! 心臓に悪かったし……。
「いつもしてやられてばかりじゃアレなのでやり返してみました」
「ひ、酷いわ、ちゃあん……」
「恥ずかしいのに笑われたのが腹立ったのは事実ですけど」
演技の迫真ぶりの理由を僅かに匂わせながら、は穏やかに笑って俺を見上げた。
「レイヴンさんの言葉の嘘や本当なんて、すぐ判りますからね」
きらきらと眩しい眼差しが真っ直ぐ向けられる。夕陽を返して光を増し、より一層柔らかな笑顔が、俺の目を見開かせ、捉えて放さなかった。
声が出ない。
黙り込む俺を、が心配げに見つめていることに気付いたのは暫くしてからだった。
「あの……ご、ごめんなさい。レイヴンさん、私、やり過ぎに言い過ぎでしたね……」
「え? あ、いやいや、おっさん気にしてないわよ! 愛情の裏返しってことよねアレ」
「えっと、はい」
素直に頷かれると恥ずかしい。俺の沈黙が、どうやら先の言葉のせいだとは考えたようだ。心なしか元気がない。笑ったり怒ったり落ち込んだり、忙しい子だ。犬っぽいなあ、と心の中でだけ呟く。
俺は誤解を解くため、改めての肩を掴んだ。「ちゃん」呼び掛けると、僅かに潤んだ目が俺を見た。「はい?」律儀に返事をするに、さっきの彼女に負けないぐらい満面の笑みをしてみせた。
「焦りはしたけど、俺はなあんにも怒ってないよ。喋んなくなったのは、あんまりが綺麗だから見惚れてただけ」
の顔は瞬く間に赤らんでいった。俺の言葉の嘘や本当はすぐ判ると言った彼女に、しっかり届いたようだ。手の平からの体の強張りが、熱が伝わってくる。
は震える手をこちらに伸ばしてきた。僅かに俺に歩み寄り、そのまま背中に腕を回してくれる――かと思いきや、すっと両手を引っ込めてしまう。ちょっと期待が外れ、拍子抜けしてしまった。
「ちゃん?」
「……我慢、します」
「はい?」
真っ赤なまま小さく震え、泣きそうとも笑いそうともとれる顔をして、が言う。
「くっつきたかったけど、人のいない所まで我慢します……」
街中でこれ以上は恥ずかしい、と、消え入りそうな声で。もう今更な気もしたが、がそうしたいならそうしよう。何てったって、可愛いし。
俺は頷くと、の肩を離した。
「買い出しも終わってないしね、そーいや」
「はい。ちゃっちゃと済ませましょう」
「そうね、早くくっつきたいしね」
さらっと言うと、ばしっと背中を叩かれた。少し痛かったがの力じゃ大した衝撃ではない。荒っぽい照れ隠しに俺の頬はどんどん緩む。
ああ、本当に早くくっつきたい。「苦しい」なんて言われても離してやらない。幾ら抗議されようと知らんぷりで、ぎゅうっと抱き締めててやる。俺が満足するまで、ずっと。そして、すぐ傍で、あのきらきらの瞳を眺めたい。情愛に満ちた、あの眼差し。俺には勿体ないぐらいに、きれいな綺麗な輝きを。
「ちゃん、手ぇ繋ごー」
「はいっ」
もう一度、傍に在るの姿を見つめた。無垢なぶん、この子は必要以上に傷付いてしまう機会が多い。心を砕かれそうになりながら、何とかここまで彼女は進んできた。
――守ってあげなきゃな。
これからも、その透き通った瞳でいられるように。俺の大好きなこの子でいられるように。
当然のように俺を受け入れてくれるの手をしっかりと握り締め、俺はひっそりと誓った。
企画「花唇」さまに提出
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