償いのつもりだった。
贖うつもりだった。
止められなかったなどという言い訳は通用しなかった。は全てを奪われてしまったのだから。これから彼女が享受すべきだった幸せも想いも未来も断たれてしまったのだから。
俺の話を聞いて、きっと彼女は恨むはずだ、憎むはずだ。世界を。俺を。全てを。それでもいい。そう在るべきだ。少なくとも今は、それが一番人間らしい。どんな感情であれ生きる糧にしてくれたなら。
もし俺の命で彼女が満足するならば何時でも差し出すつもりだし、彼女が他の何かを望むならば、どんな手を使ってでも叶えるつもりだった。
研究の果てに殺されるはずだった彼女を、俺は見捨てられなかった。手を差し伸べるのが遅すぎたが、けれど心を棄てた俺と違って、彼女はずっと人間で在った。どんな苦しみに遭っても、その瞳には意思があった。人として生きようとしていた。これからもそう在るべきだ。
しかし全て、俺のエゴなのかもしれない。彼女が目覚めるまでの間も、目覚めてから失われたものを知った瞬間も、ずっと俺は思っていた。死なせた方が良かったのだろうか。家族も記憶も体の自由も失い、それでも尚、彼女は“生きたい”と思ってくれるだろうか――?
俺はありのまま、隠すことなく全てをに伝えた。俺が彼女を見捨て、中途半端な情に任せて今に至ることを。そして彼女の判断を待った。
お願いだ、死にたいとだけは言わないでくれ。久しく抱いた怯えは、思ったよりも身に堪えた。しかし。
「シュヴァーンさんは……私を助けてくれたのね」
どうしてだろう。彼女は笑っていた。
「ありがとう、シュヴァーンさん」
身勝手な俺に、彼女は感謝してくれた。違う、おかしい、そんなはずはない。俺は何度も話した。全ては俺のせい。一度君を見捨てた。助けたどころか、こんな生殺しのような有り様になってしまった。違うだろう、君には責める権利がある。恨む権利がある。少なくとも俺に笑いかけたりなんてしては――。
「私、生きてるんですよね。嬉しい」
「、だが君は」
「本当に嬉しいの。胸がとってもあったかい」
上手く動かせない腕を伸ばして、そっと指先で俺の頬を撫でる。
深くは笑った。
「ありがとう」
表情を押し殺し切れなくなりそうで、俺はろくに返事もせずに彼女を残し、部屋を出た。
俺は幾度となく彼女の元に通い、繰り返した。俺のせいだと。みんな俺のせいなんだと。しかし彼女は俺を恨まなかった。俺を見て悲しんだ。俺に謝った。
「私が生きてたから、シュヴァーンさん、余計な痛さを感じなくちゃいけない……」
違う。違うんだ。そうじゃない。
俺の話を聞くたびには自分を責めた。そして遂に彼女の感情は決壊し、溢れていった。
「ごめんなさい、私、でも……本当にあなたを恨んだりしてないの……。大好きなの……」
こんな男を好いていると言った。
泣きながら告白してくれた。
「きっと私、記憶がなくなる前から、シュヴァーンさんが好きなの……。だから、たとえ本当にこれがあなたのせいだとしても、私はあなたが好きなんです」
純粋で汚れを知らない彼女に、他者を憎める筈が無かった。初めて出逢った時からずっと、彼女はそのまま生きていた。汚れることなく、無垢を保ち、故に利用され全てを奪われた。
それでも尚、彼女は言うのだ――。
たまらずを抱き寄せた。痩せ細り、心許ない身体だった。
俺も彼女に全てを吐き出した。
ずっと君がいとおしくてたまらなかった。ずっとこうして抱き締めたかった。血に塗れたこの手で君を汚してしまうかもしれない、それでも君に触れたい。もう二度と君が苦しんだり傷付いたりすることがないよう、君を守りたい。
ひとりの男として、君を思いたい。
そう言うとは、懸命に手を動かして、俺の背へと回してくれた。
俺を頼り、身を任せてくれるその温もりを改めて感じると、涙が溢れた。
何度も何度もは繰り返した。「好き、大好き」か細いが、愛らしい声。俺には勿体ないほどの愛に満ちた声だ。
「だいすき、です」
「俺もだよ」
彼女と一緒に泣きじゃくる俺は、そう返すのが精一杯だった。うまく言葉で伝えるまではもう少し時間がかかりそうだった。
代わりに彼女の身体を抱き締めて、何度も心に誓った。
死んでもこの子を守り、想い続けることを。
俺が彼女にすべきことは“それ”なのだと、強く強く心に焼き付けた。
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