帝都ザーフィアスの市街地。子供が駆け、大人が行き交い、優しく賑わっている。
 その市街地の広場にあるひとつのベンチに、僕は、恋人のと並んで座っていた。
 明らかに緊張した面持ちで、がじっと此方を見つめている。「フ、フレンさん」強張った声で名前を呼ばれて、僕は思わず吹き出した。

「さんは要らないよ、。何度も言ってるだろう?」
「あぁぁ……ごめん……。まだ慣れなくて……ごめん、フレン」
「そんなに気にしなくて良いから」
「うん……」

 は不安そうな顔のままだった。
 彼女が何を不安がっているのか、その理由を僕は知っている。
 ――昨夜、僕はエステリーゼ様に呼び出された。「のことで大事なお話があります」と言われては断れる訳がなかった。何時にも増して真剣なエステリーゼ様の姿に、何を言われるのかと僕は緊張した。
 呼び出されるがままに宿屋の外に出ると、周りに誰もいないことを確認して、エステリーゼ様は口を開いた。

「フレンとは、付き合っているんですよね?」
「は、はい。そうですが……」

 気恥ずかしさに語尾が萎んでしまったけれど、確かに僕は頷いて返した。
 旅をしているうちに彼女に惹かれ、その想いを堪えきれなくなった僕は、ユーリたちの目の前でに告白した。
 皆が食事や酒で勢いづいているなかだった。僕自身、アルコールが回って調子が狂っていたのかもしれない。だけど、想いに偽りはなかった。
 そしては、真っ赤になりながらも僕の想いを受け入れてくれた。
 それから周知の恋仲になったのだけれど……。
 エステリーゼ様はそのことについて、何か僕に言いたいことがあるらしい。

「フレン。は恥ずかしがりやで、引っ込み思案で、でもとっても優しくて素敵な、わたしの大切な友人のひとりです」
「はい……」
はフレンの告白を受けて、最初は嬉しそうでした。でも最近、元気が無いんです」

 エステリーゼ様の指摘に、僕は俯いた。
 僕も、が最近落ち込んでいることは気付いていた。一緒にいるときも何だかよそよそしくて、塞ぎ込んでいるようだった。

「わたし、に理由を聞いたんです。どうして元気がないのかって」
は、答えてくれたんですか」
「はい。教えてくれました」

 エステリーゼ様は深く頷くと、が塞ぎ込んでいる理由を語り始めた。

はフレンのことが大好きです。でも自分がフレンには釣り合わないって思っているみたいなんです」
が、そんなことを?」
「はい。わたしは“そんなことありません”って言いましたけれど、あんまり効果が無かったです……。だから」

 伏せていた眼差しを此方に向けると、エステリーゼ様は言った。

「明日、フレンがに言ってあげてください! の不安を取り除けるのはフレンだけです」

 力強いエステリーゼ様の言葉に、僕は頷き返す。

「判りました。明日僕がと話して、解決してみせます。教えてくださってありがとうございました、エステリーゼ様」

 ――そう言うわけで僕は、こうしてと共に街に繰り出したのである。
 相変わらず元気のないの姿に、僕の胸はちくりと痛む。
 きっと経験豊富なレイヴンさんだったら上手に言葉を掛けて、瞬く間に彼女を元気付けることができるんだろう。
 僕にはそれほどの経験も技術もない。真っ直ぐにぶつかるしか無かった。


「はい?」
「僕は、今凄く嬉しいんだ」

 が目をぱちくりさせて此方を見ている。あどけなさの残るその表情に胸を高鳴らせつつ、僕は言った。

「正直、僕は恋愛経験というものが少ないし、こんな風に大切な人と二人きりなのに、気のきいた話の一つも出来ない」
「そ、そんなこと」
「僕では君には相応しくないのかもしれない。そんな不安に駆られることもある」
「フレン……」

 僕はの手を掴んだ。びくりと肩を跳ねさせて、が僕を見つめ返してくる。真っ直ぐに僕を捉えてくれて、話に耳を傾けてくれている……。
 ずっとその表情を見つめていたかったけれど、そうはいかない。僕は彼女の不安を取り除きたいんだ。

「それでも僕は君といたい。相応しくないなら、相応しい男になってみせる。とにかく君のことが大事なんだ、
「ふ、フレン……恥ずかしいよ」
「僕だって恥ずかしいさ。こういうことは慣れてなくて……。だけど、も不安なことや悩みがあるなら、素直に教えてほしいんだ」

 見つめあっているうちに、の頬はどんどん赤くなっていった。熱でもあるんじゃないかと不安になるほどだ。
 人目も気にせず僕がそう話すと、も決心したのか、ゆるりと口を開いた。

「私は……ううん、私も、自分なんかフレンには相応しくないんじゃないかって思うの」

 緊張しているのだろう。の手は僅かに震えていた。

「エステルみたいに淑やかじゃないし、ジュディスみたいに気が利かないし、リタみたいに頭も良くないし、パティみたいに明るくもないし……本当に自分が嫌で皆が羨ましくなる」

 それでも震えに耐えながら、は話し続けてくれる。

「でも私は私にしかなれないし、もっと自信持たなきゃ、私を好きって言ってくれたフレンに申し訳ないし……。フレンはかっこよくて気が利いて、私が小さい頃から思い描いていた騎士様そのもので……! それで、私は……」

 このままでは泣いてしまうんじゃないだろうか。そう思った時にはもう、体が動いていた。
 の手を引いて、そのまま抱き締めた。暖かく柔らかな彼女を抱き止め、両腕で大切に包み込んだ。
 鎧を着ていたらこんなことはできなかっただろう。軽装で良かった。

「ありがとう、。頑張って話してくれて。……そんなに僕を想ってくれてたなんて、たまらなく嬉しいよ」
「ふ、フレン、そのっ……私……」
「もう悩んだり不安がる必要は無いよ、

 優しく彼女の髪を撫でながら、僕は笑いながら告げる。

「僕はが好きだ。にもずっと僕を好きでいて欲しい。そのためなら何度でもこうやって話し合って、抱き締めて、君の不安を取り除いてあげるから」

 本当に小さな声で彼女は「ありがとう」と呟いた。
 照れたの体の温かさが、そっと身を預けてくれる信頼の情が、彼女の全てがいとおしくて可愛らしくて、もう、どうにかなりそうだった。
 僕はそのままを抱きかかえて立ち上がった。

「うぇっ、フレン!?」
「このまま君を抱きかかえて走りたい気分なんだ、良いだろう? !」
「って言いながら既に走ってますけどぉ!?」

 駆け出すのと同時に、が慌てて僕の首に腕を回してぴったりとくっついた。抵抗しようにも出来る状態にない彼女は、僕にされるがままだ。
 周りの人達が「なんだ、あれ」と言いたげな目で見ているのも気にならない。
 そのまま僕らは、皆が待つ宿屋まで駆けて戻った。
 皆は僕らを見たとたん笑った。

「バカップルかよ」
「情熱的ですね、フレン!」
「ボク、見てて恥ずかしいよ」
「良い歳して、あんたらってば……」
「熱々ね、羨ましいわ」
「やるじゃないのフレンくん!」
「ワフッ」
「じゃの~」

 言葉は様々だったけれど、皆が僕らを応援してくれているのはひしひしと伝わる。
 はしばらく真っ赤なままだったけれど、僕はとても清々しい気持ちだった。

「改めてを一生守る覚悟ができたよ」
「いっ、一生!?」

 赤くなりながらも満更ではなさそうな――寧ろ嬉しそうなの姿に、僕の笑みは深くなる。

「本当、バカップルだな」

 静かな親友の呟きすら誉め言葉に聞こえるほど、僕は幸せに満ち満ちていた。

Top