ヒュラッセインシェアハウス。
エステリーゼ・愛称エステルの持つこの屋敷では、馴染みある顔ぶれが集い、シェアハウス生活を送っている。
そのメンバーの一人であるは、ソファーに腰掛け、のんびりと本を読んでいた。可愛らしい子犬の写真で飾られたハードカバーの表紙と、読みながら涙ぐんでいるの様子から察するに、犬絡みの切ないストーリーなのであろう。
本に夢中なの隣が、不意に緩やかに軋んだ。
反射的に彼女は視線をそちらへ移す。
「あ、おかえり。ジュディス」
「ただいま。」
にっこり微笑み、挨拶を交わす。
は本に栞を挟んでとじた。カロルお手製の、押し花の栞だ。良いことが起きるように、とわざわざ四つ葉のクローバーを摘んできて作ってくれたのである。
ジュディスは笑みを湛えたままに訊ねた。
「どう? 少しは気分晴れた?」
「みんなに聞かれるよ、それ。……正直もうちょっと時間掛かるかな」
「そう……。そうよね、失恋は辛いもの」
ジュディスは、そっとの手に触れた。本のカバーをぼんやり撫で続けていたその手を取り、じっと彼女の顔を見つめて言う。
「でも、あなたは本当は、最初から判っていたのよね? ……ラピードへの告白が成功しないことを」
「うん……。でも、いざ実際にフラれると、やっぱり悲しくってね……」
はこのハウスに住むユーリの飼い犬・ラピードに恋をしていたのだ。半年にも及ぶ片想いに終止符を打つため、先日ラピードに想いを告げたのである。その結果は玉砕。
俺とお前の種族の差ではない。俺に、お前を幸せにしてやる自信が無いんだ。もっといい相手を、お前なら見つけられる――。
そうラピードは言ったらしい。ジュディスにはラピードの言葉が判らないためづてに聞いただけだが、あの犬ならば確かにそんなことを言いそうだ。
しかし失恋のショックからは塞ぎ込んでしまった。皆がいる場所ではいつも通り振る舞うが、こうして一人の時などにその心情を訊ねにいくと、“まだ辛い”と溢すのである。
叶わぬ恋を続け、それを終えた今。悲しみを精一杯にひとりで整理して飲み込もうとしてるの姿に、ジュディスは何とも言えない胸の高鳴りを覚えた。
「悲しいときや辛いときは、いくらでも吐き出したら良いのよ」
「ジュディス……」
「ほら、私が全部受け止めて上げるから……」
緩やかにジュディスがの手を引いた。引かれるままにはジュディスの胸へと体を預け、ジュディスはそれを嬉しそうに受け入れる。
背中から腰に左手を回され、右手はの頭を撫でるように添えられていた。
唐突で暖かな抱擁に、は目をぱちくりさせた。
「ジュディス、あの、私……」
「誰もいないから、気にしないの」
「な、なんだか恥ずかしいよ……この体勢」
「それも気にしないで」
の背中をぽんぽんと叩くように撫でながら、ジュディスは笑う。
「辛いときって、人肌の温もりが一番なのよ」
「……うん」
ジュディスに諭され、は小さく頷いた。ようやく緊張を解いたらしい彼女の体から強張りがなくなり、もジュディスの背中へ両腕を伸ばしてきた。
ジュディスの言った通り、誰かの温もりと言うのは心を落ち着かせてくれる。より20センチ近く背の高いジュディスに抱きついていると、女友達に抱きついているというのとは違った妙な感覚がしてくる。
妙に気恥ずかしくて、照れ臭くて。の体は少しずつ火照ってきた。
そんなの変化を、ジュディスが気付かないはずがない。
「ったら、照れなくて良いのよ。女の子同士なんだから」
「だ、だってジュディスって雰囲気が大人すぎてたまに変にドキドキして……」
「あら? どういう意味かしら。詳しく聞きたいわ」
耳元でわざとらしくジュディスが笑うと、の体はまた熱くなった。それでもが離れることはなく、寧ろもっとジュディスに引っ付くように身を寄せる。
意地でも張っているのだろうか。ジュディスはまた笑いをこらえられなくなった。
「ふふ……。本当に可愛いわね。きっとすぐにあなたにはいい人が見つかるわよ」
「ジュディスの方が先じゃない?」
「私のことはいいのよ。今はのことだから」
ジュディスは再びの頭を撫でた。
ちらりと壁時計の時間を見上げる。午後4時40分。あと10分もすれば、学校組のカロルとパティは恐らく帰ってくるだろう。
大体そう見当をつけて、ジュディスはに言った。
「あと10分くらい、こうしていましょ」
「……うん、あと10分ね」
その間、は妙なときめきに悩み、ジュディスは想い人を抱き締められる幸せを堪能したのだった。
慰めの抱擁を終えてから、揃って夕飯の準備を始めるとジュディスの様子は、いつもと雰囲気の違う仲の睦まじさだったとか……。
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