※ユーリと同居設定
――目の前に甘いものがあったら、そりゃあ手を出すだろ。
オレがそう言うと、は怒った。いつもとだったら「仕方ないなー」とか言ってむくれるだけなのに、今日は違った。「ダメ!」と凄い剣幕で怒鳴られた。こいつもこんなに怒るんだなぁ、と呑気に思ってたら、今度はの奴、途端に申し訳なさそうに俯いた。
「ご、ごめん……大声あげちゃって」
「気にすんなよ。邪魔して悪かったな」
「こっちこそ本当にごめん……」
明らかに作りかけの菓子――というかボウルの中で溶けてつやつやに輝いていたチョコレート――に手を出したオレの方が悪いってのに、の奴は殊更へこんでいく。
困った挙げ句にオレは部屋を出た。「フレンと会ってくるわ」と手短にに伝えてから、さっさと待ち合わせ場所に指定したファミレスへ向かう。
フレンは、オレより先にファミレスの前にいた。こっちもそれなりに急いだつもりなんだが、約束ごとにきっちりかっちりしたフレンの方がやっぱり早い。
「いきなり呼び出されたからビックリしたよ。と何かあったのかい?」
「よくわかったな」
「君はと何かあると絶対このファミレスに逃げ込むからね」
「おいおい。人をしょっちゅう何かやらかしてる奴みたいに言うなよ。おっさんじゃあるまいし」
軽口を叩き合いながら、ファミレスに入って、適当な席に座った。
さて何を食うかな、とメニューを眺め始めたオレに、フレンが言う。
「ユーリ。まさかパフェやパンケーキを食べようとしているのかい」
「昼飯にゃ早いしな、やっぱ甘いもんだろ」
正面でフレンが溜め息を吐くのが判った。
「今日は甘いものを控えた方が良いんじゃないかな」
「何でだよ」
「何でって、が用意してくれるからだよ」
オレは面食らった。どうしてフレンは、が今日、菓子作りに励んでいることを知ってんだ。しかもその菓子がオレのために作られているとまで言った。訳がわかんねえ。
「いや、オレ、あれがオレ用だなんて聞いてねーし」
「聞かなくても判るだろう? 今日がなんの日か考えてみれば、すぐにさ」
勿体ぶらねえでさっさと言ってくれりゃあいいものを、フレンは呆れたようにそう溢したきり黙ってコーヒーを飲み始める。
仕方ない。自分で考えるとするか。
……別段、がオレに菓子を作ってくれるのは珍しいことじゃない。あれが食いたい、これが食いたい、とオレが言えば、は笑って頷いて作ってくれる。ちょっと手の込んだものも、レシピを知らないものも、必死に調べて作って持ってきてくれる。何回か作って、一番美味しい出来映えになったものをわざわざ出してくれてるみたいだし、本当にマメな奴だ。
この前「ちょっと最近太ったかもしれない……」と愚痴を溢していたのも恐らく、失敗作の菓子を自分で片付けていたからだろう。確かにちょっと、腹んとことかほっぺとかが前よりぷにぷにしてた。それはそれで触り心地がよくてオレとしてはアリなんだが、女心は難しい。の最近の目標は“3キロの減量”だった。
――ん? どんどん話がずれちまったか……。
ともかくオレには全く心当たりがなかった。誕生日だったらオレに見つからないように用意するだろうし、あいつの誕生日もまだ先だ。
「全く、君は変なところが鈍いね……」
コーヒーを飲み終えたフレンが、また溜め息を吐いた。
「なんだよ、失礼だな」
「僕は事実を言ったまでだよ。ユーリ……ここに来るまでというか最近、街を見ていて何か気付かないかい?」
「何かって……やたらチョコ置いてんなーぐらいか?」
「それだよ!」
何がそれなんだよ。……と言いそうになってから、オレはハッとした。
街中を彩るピンクや赤の多さ。垂れ幕やら看板やらにあしらわれまくっている単語。そして特別な包装の、ちょっとお高めなチョコレートの山……。
むしろどうしてオレはこのイベントを忘れてたんだ。が作った恵方巻ならぬ恵方ロールケーキにテンションをかっさらわれてて、うっかりしてた!
「バレンタインじゃねーか!」
「そうだよ!」
「ってことはあと数日後には売れ残ったチョコが半額になるぜ、こりゃあおちおちしてらんねーな!」
「そこじゃないよ!」
「いちいち叫ぶなよ、うるぜーな」
「叫ばせてるのはそっちなんだけれどな……!」
がっくり脱力したフレンが、椅子の背凭れに体を預けて盛大に息を吐く。何回人に向かって溜め息吐きゃ気が済むんだよ、おまえは。
右手で額を押さえながら、フレンは言う。
「君へのバレンタインプレゼントを作るためには張り切ってるんだよ……。そして僕は先月から相談を受けてたんだ」
「ああ、なるほどな」
「恐らく今日、は相当気合いを入れてお菓子を作っている。そこにユーリがいつもの調子でつまみ食いでもして茶々をいれた。思わずは怒ってしまい、君は気まずくなってファミレスに逃げ込んで僕を呼び出した。そんなところだろう?」
「おまえ探偵にでもなったらどうだ? すげーな」
「このぐらい普通なら気づくよ……」
素直に感心したオレに、フレンは呟く。終始げんなりしつつも、フレンは全ての謎を解いてくれた。言われてみれば単純明快な話だった。そりゃあそうだ。だったらオレにいつも以上に気合いをいれたプレゼントを用意してるだろう。
「ちなみには、僕やエステリーゼ様たちに前倒しでチョコレートをプレゼントしてくれたよ。“当日は本命の彼のためだけに作るから先にどうぞ”ってね」
「へえ、しっかりしてるもんだ」
おっさんには何をプレゼントしたんだか気になる。おっさんは甘いものダメだしな。まあのことだ、上手くやったんだろう。この間見かけたおっさんがやけに浮かれてた理由が何となく判った。たぶん娘同然のからのプレゼントが嬉しかったんだな。いきなり「ちゃんを泣かせたら承知しないわよ青年!」って言ってきたのも、そういうことだと考えれば納得がいく。
とりあえず今日、がオレのためにデザートを作ってくれているのが判った。
「じゃあ、軽くサラダでも食ってのんびりすっかな」
「そうした方がいいよ」
のことだ、チョコレートどころか今日の飯まで相当気合いを入れてるだろう。
昼は軽めに済ませて、フレンと夕方まで時間を潰すことにした。
『夕飯までには帰る、なにか必要なもんあったら買ってく』とに連絡を入れて、ファミレスを出る。
五分もしないでから返事が来た。
『さっきは本当にごめんね。お詫びといっちゃなんだけど今日の夕飯は期待してて! もし余裕があったらコンソメ買ってきてください』
何と言うか、まるで結婚してるみたいな安心感が生まれて、オレはついにやけてしまった。
◆◆◆
ただいま、と扉を開けると同時に、それはもう腹の虫を刺激する素晴らしい香りが部屋中に立ち込めていた。
そういえば三日くらい前に「なにか食べたいものある?」と何度も聞かれて色々話したっけ。たぶん、そいつらが並んでるんだろう。ご苦労なこった、本当に。そこまで頑張らなくても良いってのに。
「今日は豪勢だな、おい」
「ちょっと張り切ったからね! デザートもあるから、楽しみにしてて」
シチューのニンジンとか、サラダの盛り付けとか、あらゆる所にハートの形をしたものが見える。
確かにこりゃあ張り切ってんな。っていうか張り切りすぎてて、夕飯だけで腹がいっぱいになっちまいそうなんだけど……。
二人きりの夕食を楽しみながら、オレとは他愛ない会話を交わした。
話をしつつ食事を頬張るもんだからどうしても途中で「うめえ」と言ってしまい、幾度となく話を中断させちまったけど、それでもは大層嬉しそうだった。
……夕飯の後片付けも済み、腹の調子もすっかり落ち着いた頃。
「ユーリ。バレンタインのプレゼントがあるんだけど……」
「おお!」
遂に来た。思わず歓声をあげたオレに、はホッとしたような笑顔で「待っててね」と冷蔵庫へ向かった。
そうしてが抱えてきたのは、三つの箱。大きさも別々だ。一番大きい箱を土台に、中くらいの箱、てっぺんに小さめの箱……と、鏡餅かなにかの亜種みたいな状態になっている。
……気合い入れすぎだろ。
「よいっしょ、っと」
テーブルに並べた大・中・小の箱を指差しながら、が説明する。
「この一番小さい箱がチョコレートムース」
「おう」
「次の箱が、チョコレートクッキー」
「おう」
「それで、最後の箱が……ガトーショコラ!」
「おお……!」
こりゃあ食いきるのが大変そうだ……と普通の男子ならげんなりするところだろうが、オレは違う。
半額のチョコレートなんかと比べちゃ申し訳ないぐらいの、愛情と味の保証された恋人の菓子。それに囲まれたオレのテンションは、もはや天を突破する勢いだ。
いてもたってもいられず、三つの箱を一気に開ける。どれも美味そうだ。これを朝から必死に作ってくれていた手間隙を思うと尚更、感慨深い。そしてやっぱりハート、ハート、ハート。ハートの乱舞。恥ずかしいぐらいバレンタインに染まった菓子たちを見ていたら、顔が熱くなってきた。
「嬉しいけど照れるな、流石に……」
「よ、喜んでもらえたなら良かった……!」
オレと同じぐらい赤い顔のがにこにこと笑う。
バレンタインはほとんど一緒にいれなかったし、お返し……ホワイトデーのときはこいつと二人っきりでデートして過ごすのなんてどうだろうか。
早速チョコレートムースに手をつけつつ、オレは来月14日についての思案を始める。
目的を達成したが呑気にガトーショコラを切り分けてくれているのを見ていると、やっぱりどうしようもなくいとおしいもんで、内心悶絶した。
オレらしくもねーけど、今夜は眠れそうにない。
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