女の子が女の子を好きになることは、世の中ではまだまだ少数派。おまけにクリティア族と人間の女の子が“それ”だというのだから、嫌でも目立ってしまう。は恥ずかしがっているというか、どうしてか申し訳なさそうにしていたけれど、私はこれっぽっちも気になりはしなかった。堂々としていればいいのよ、と囁いてみてもイマイチ。この子は根っこからそういう性分なのを判っているし、そういうところも大好きなのだけれど、逆にこっちまで申し訳なくなりそう。
恥ずかしがっている割には繋いだ手を離そうとしないおかげで、何とか気持ちをポジティブな方へ向けていられる。
「手を繋いで女の子同士が出かけることは悪いことじゃないわよ?」
「それはそうだけど、うん……。こう、アレかなあって」
「アレって何かしら?」
私が訊ねると、はすれ違う人たちをしきりに振り返りながら答えた。
「たまに男の人がね、ジュディスをじっと見てくの……。最初は目が輝いてるんだけど、横にいる私を見た途端、残念そうにしてく。もしかしなくても、ジュディスひとりだったら声を掛けたいんじゃないかな」
ああ、そういうこと。私は納得した。けれど、特に関心はわかない。せっかくと二人でお出かけしているんだもの。すれ違う人が私を見ているかとかどうとか、眼中に無かった。私の中にあるのは、がどうしているか、がどうしたいか。とどうしたいか……。とにかくのことばかりだった。
「でも、ジュディスは私と一緒にいるから、無理だものね」
「ええ。私はといたいし、といるから、無理ね」
「ジュディスに声を掛けたくなる気持ちは判るけど……そんなの駄目、許さない」
ぎゅっと手を握る力が強くなって、の瞳が少しばかり剣呑な光を宿す。控えめながら彼女にも独占欲というものが存在しているらしかった。すれ違う人が私を一瞬見るけれど、隣のの目を見てさっと向き直る。彼らにとっては恐ろしい眼光も、私にとっては至福のもの。だって他でもない私の為に、が――自覚していないのかもしれないけれど――水を差そうとする輩を追い払ってくれている印だから。
こんな顔も出来るのね、と感心してしまうぐらいの鋭さだった。エステルあたりが見たら「どうしたんです!?」と血相を変えそうなほど、別人のよう。
「あ、ジュディスの手が熱くなった」
「手袋越しなのによく判るわね」
「判るよ。ジュディスとは、もう……通い合ってるから」
の手が熱くなったのが私も判った。指摘し返してみようかとも思ったけれど、言葉が嬉しかったから止めておく。万が一ここでつついての可愛らしい恥じらい顔をそこら中の人に見せつけてしまう訳にはいかなかった。
「私たちみたいな子はやっぱりいないね」
牽制を忘れずに、は呟いた。
「もしかしたら、本当は同じ性別の子を好きになっても言えないのかな。……言いにくいもんね」
「そうね。誰かを好きになることに、性別や種族なんて関係ないのに。難しいわね」
幸いにも私が好きになった相手は、私と同じ価値観を持っていた。
想いを打ち明けたのはどちらからだったかしら。初めてそうなってから触れ合ったのはどのぐらい前だったかしら。仲間の目を盗んで二人きりの時間を楽しむようになったのはいつからだったかしら――。
こうやって心をさらけ出せる相手が見つかるとは夢にも思わなかった私は、時折この手を繋いでいる感覚が幻なのではと思ってしまう。でもそんな不安を察したかのように、は決まって私の手を強くかたく握ってくれる。無自覚の愛情で私をくるんでいる。
「何処か、二人きりになれそうな場所に入りましょう。」
「いいよ」
どちらからともなく一軒の建物に目を付けて、そこを目指した。二階建てのそれは、下が酒場、二階が宿屋になっている。飲んだくれて家へ帰るのも危うい人間なんかが泊まるのだろう。昔、私も世話になったものだ。といっても酔いつぶれたからではなく、一般の宿屋に比べてずっと安価だから。我を失うような酒の飲み方はしない。
「部屋をひとつ借りさせてくれる?」
「戸が開いてるとこだったらお好きにどうぞ」
「ありがとう」
カウンターにガルドを置いてマスターへ告げ、の手を引いて二階へ上がる。階段を上って右手の廊下の一番奥の扉が開いている。あそこに決めた。
するりと部屋に滑り込むと、鍵を掛けた。若干酒臭いけれど、綺麗な部屋だった。
「ふう、やっと落ち着けるねぇ」
息を吐きながらがベッドへと腰を下ろした。安物のベッドが軋む。その隣に私も座った。この軋む音、嫌いじゃない。
「そうね。やっと本当に二人きりだわ」
「おおっぴらにするより、こうやってこっそりの方が何だかドキドキして楽しい気がする」
「判るわ、その気持ち。私も同じようなことを思ってたところだから」
二人だけの秘め事。甘美な響きに、私の胸は高鳴る。
私の隣ではこっそりコレクションをためているという道具袋を広げていた。なんでも、良い品が手に入ったらしくて、それを私だけに見せたいのだという。二人で街へ繰り出した目的はこれという訳だ。の収集している品は実に様々で、一体この小柄な体の何処にそんなに隠しているの、と疑問に思うほどだった。今日取り出した袋はとても小さなもので、の膝いっぱいに広がっているそれが全てらしい。可愛らしい装飾品や、キラキラ輝く何かの原石……以前見た魔物から得た素材コレクションより、ぐっと女の子らしい品ばかりが並んでいる。
私に見せたいものって、何かしら。気にしつつ作業を眺めていると、一つの飾りを手にしてが止まった。
「コレ。コレを見せたかったの」
が私に差し出してきたのは、小さなブローチだった。幾つもの花を模った金属それぞれに合わせ、花びらの形に加工された天然石が嵌め込まれている。一番大きな花は、淡い紫。とても綺麗だった。
「金は錆びないから良いし、紫の丁度いい感じの原石たちも揃ったからね、こっそり作ってたんだ」
「手作りなの?」
「うん、私が作った」
興奮を押さえながら、そっと手に取ってブローチを掲げ、じっくりと眺める。
が作ったたった一つの品。見つめていればいるほど、私の胸は高鳴っていく。
「ジュディスに何か形のある物をあげたいなぁって思って、でも売ってるものだといまいちピンと来なくて……色々試して失敗して、ようやくそれが出来たの」
たったそれだけの言葉の裏に秘められた努力たちはどれほどのものか。とても素人が作ったとは思えないブローチを見れば、想像に難くない。石や金属を扱う専門技術を持ったギルドも存在するほどの繊細で緻密な作業を、このたったひとつの品だけとはいえ、はしてくれた。
――好きな人にプレゼントしたいけれど丁度いいものがないから作る、だなんて。
夢見がちでロマンチストな彼女らしいといえばらしい。
「……が、私と同じ女の子で良かったわ」
私は心の底から思った。だって。
「もしが男だったら、私と気持ちを通わせるよりずっと前に、良い人を見つけてプロポーズしていそうだもの」
けれどは、何とも言えない神妙な顔をしてみせた。
気に障ったかしら? と心配になったけれど、どうにも違う感じだ。
不安の色が濃くなっていく私へ、はこう返す。
「私はね、むしろ男に生まれてたらどんなにかって思ってるよ」
「あら、そうなの?」
「だって、私が男だったら人目を憚らずにジュディスを“好き”って言えるし、ちゃんとプロポーズ出来たでしょ」
本当に残念だよ。
腕を組みながら嘆息するの顔を見ていたら、私は可笑しくっておかしくってたまらなくなってしまった。笑いが止まらなくて、どんどん酷くなって、涙がにじんでくる。
「そんなに笑うことはないでしょ、もう」
「ごめんなさい。だってね、あんまりおかしかったから」
素直に謝ってみた。相変わらずは難しい顔をしている。
「笑わないでほしかったらその顔を止めて、ね?」
小首を傾げて頼むと、の眉間に寄っていたシワが消えて、頬もいつものふんわりとした緩さを取り戻した。指先でつついてその頬の弾力を確かめてたいと思っていたらうっかりブローチを落としてしまった。幸い床に転がることなく私の膝の上で落ち着いたそれを、慌てて手に取る。
「ああ、危なかったわ」
「ちょっとぐらい落としても大丈夫だって。丈夫に出来てるから」
「大事なものは落としたくないに決まっているでしょう?」
「そこまで気に入ってもらえたなんて本望だよ」
ニコニコと笑うの顔を見て、私はさっき言われたことを思い返した。
――私はね、むしろ男に生まれてたらどんなにかって思ってるよ。
どきっとするほど真剣な眼差しだったわ。真っ直ぐな瞳に心の中を全部手に取られたみたいに感じた。
――私が男だったら人目を憚らずにジュディスを“好き”って言えるし、ちゃんとプロポーズ出来たでしょ。
想像してしまったわ。あなたが男だったら、どんな風に私に“好き”って伝えてくれて、どんな風にプロポーズしてくれたのか。この手の中のブローチがきっと指輪になっている。そして私の手をとり、心臓に一番近い指を選んで、優しく通してくれるのを。雰囲気を察して、それとなくそのために私は前もって手袋を取っておくの。いよいよこの時が来たんだわって、柄にもなく頬を染めて微笑む。
なんて幸せ――……。
「今度は指輪を作るのが目標なの」
「え?」
唐突な発言に私は面食らった。
いとおしい少女は続ける。
「細い輪を作るって難しくってね。思うような形や彫刻が出来ないの。石を小さくするのも大変。だけどなるべくシンプルなものだったら、手袋してても邪魔にならないでしょ?」
組んでいた腕をほどいて、左手を顎に添えながら考えを巡らせる。試行錯誤すら既に楽しみの一部と化しているようで、悩みを語る間も愛しく美しい笑みは揺らぐことが無かった。
「あとはジュディスの武器の握りを考慮して……。って、それよりもまずしなきゃいけないことがあったね」
不意に両手をパンと鳴らしたが、赤い紐を取り出した。
「ジュディスの指のサイズの確認!」
だから手袋を外してね。
もちろん、左手の。
そして、薬指を見せて。
……矢継ぎ早に告げられ、呆気に取られる私。
ええ、と短く頷いて、私は言われたとおりにする。胸の中は、とどまることのない高揚感で満ちてゆく。
私の左手を優しく取った途端、の瞳が輝いた。
「ジュディスの手、やっぱり綺麗だね」
「そうかしら? ありがとう」
「あと……」
急にの声がしぼんだ。
どうしたのかしらと思ったら、今日一番の真剣な顔をして、
「指輪、まだついてなくてよかった」
と胸を撫で下していた。
ああ、何て可愛らしい不安だろう。
私は再び笑わずにはいられなくなった。
(Title by 青のいろは)
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