……深夜の宿屋。宿泊客はみなとっくに眠りについて、静寂に満ちている。
 薄暗いその中を、二つの影がこっそりと動いていた。とレイヴンである。二人の歩みは静寂を破らぬよう努めて慎重なものであり、驚いたことに足音がほとんどしない。

「本当に今日で合ってるのちゃん?」

 の後に続くレイヴンが、小さな声で問う。
 彼に答えるの声もまた小さかったもの、込められた熱意は固く強かった。

「星の位置と先週からの月の動きからして間違いないです」
「どうやってまぁそんな技術を……」
「昔、親に教わりました。あ、あとエアルの活性化の仕方とかマナの状態とかにもよって確実に……」
「うん、おっさんに無理なことはよく判った」

 つまり、は張り切っていた。
 我がパーティメンバー内のかわいい子供たちへプレゼントを届けるために。レイヴンという年長者をお供にして。
 何でもが言うには、今日は「紅白の服を着た使者が子供へプレゼントを配り歩く聖なる夜」らしい。何処かで似たような話を聞いた気がする。そしてレイヴンは、彼女の手伝いをすることになってしまっていた。
 何時だったか酒場で飲んだ時、が何かを頼んできたのと、それに自分が二つ返事したことはうっすら記憶にある。だがまさかそれが、こんなことだとは思いもしなかった。今日の今日まですっかり忘れていたレイヴンに、が半泣きになったり、それにレイヴンが大慌てしたりして、何だかんだで計画は実行に移された。
 夜中に紅白の服を身に纏った男女が宿屋を音もなく徘徊するなど、何処からどう見ても完璧な不審者だ。そもそもは、いつの間にこんな衣装を用意していたのか。レイヴンはサイズがぴったりの衣装をぺたぺた触りながら考えた。真っ白な付け髭や飾りのファーは、多分魔物の毛だろう。だとすれば、赤色はもしや……。
 ……レイヴンはそれ以上想像するのを止めた。

「ではミッションを確認します」

 小さな光照魔導器を片手に、立ち止まったはメモを読み上げる。

「目的は、誰にも知られることなくカロルとパティにプレゼントを配ること。このプレゼントは、靴下に突っ込んで枕元に置きます。この儀式においての形式です。この緑の靴下がカロルのプレゼント、青い方がパティ用です」
「ふむふむ、そんで?」
「ミッションにおいて要注意なのがユーリ、ジュディスの存在です。此方の気配に気づく可能性が大いにあります。聖夜の使者は誰にも姿を見られてはなりません。清らかな心でひたすら子供たちの幸せを願っていれば、敵意の無い此方の気配を感じ取られることも無いはず。気を付けていきましょう」

 気を付けて何とかなるようなまったりした相手ではない。よくわからない根拠でさらりとが流したところを、レイヴンは慌てて反論した。

「いや、パーティ内で随一の鋭さを持つトップ2ですけどそのお方々! 無理でしょ無理っ!」
「やる前から諦めたら駄目です! 一番鋭いラピードさんが屋外にいらっしゃるのが今夜ばかりは幸いしました」
「なんでこんな時は頑固なのちゃんったら……」

 この間のやり取りも勿論全て小声である。
 がっくりと肩を落としながらも、レイヴンは「まあ、約束したからにゃあ仕方ないわね」と頷いた。元よりやる気でなければ、渡された服や付け髭を大人しくつけて此処に来たりはしない。
 はレイヴンを見つめ、頼もしそうに微笑んでいる。

「早速行きましょう。聖夜は短いですから」
「はーい」

 意気揚々と歩み出すの後ろに、レイヴンは大人しく続いた。



 先に向かったのはカロルのもとであった。
 ――プレゼントを置くことに集中しているは気付いていなかったかもしれないが、明らかにユーリは起きた。ベッドの上で僅かに彼は身じろぎし、レイヴンたちを見た。
 ――おまえら、何してんだ……。
 目は口ほどに物を言う。そんなユーリの視線に、レイヴンは口許に人差し指を当てて「内緒にして」と訴える。すると呆れたような顔をして、レイヴンとを一瞥したのち、彼は再び目を閉じた。
 が、ぐっすり眠るカロルの枕元に、プレゼント入りの靴下をそっと置く。
 レイヴンとは顔を見合わせて頷くと、そそくさと部屋を出た。
 次はパティへのプレゼント――つまりは女子部屋でのミッションだ。
 いくら聖夜の使者としてとはいえども、女性の部屋に入っても良いものか。レイヴンは真剣に悩んだ。普段ならば自主的に入っても構わないぐらいなのだが、の熱意の手前、下心を出すわけにはいかない。

「ぽやっとしてないで、さあ行きますよ。レイヴンさん」
「いいのかねぇ、おっさんが入っても」

 一応確認をとるレイヴンに、は「勿論です」とこれまた不思議な自信をもって頷く。

「普段はただのおじさんでも、今は聖夜のおじさんです。だから大丈夫」
「聖夜のおじさんって、逆に変な人っぽさが増してないかね……?」

 レイヴンの素朴な疑問は、必死な彼女の耳には届かない。
 熱中すると止まらなくなるタイプなんだねぇ、と微笑ましさを覚えるまでに至るほど。

「よし、この調子でパティのところに行きましょう」
「……了解でーす」

 何より、生き生きとしたに水を差すのも憚られた。
 パティのいる女子部屋は、健やかな寝息とふんわり柔らかな香りに満たされていた。レイヴンは此処に来て“に協力して良かった”と大いに実感した。
 うにゅうにゅと不思議な寝言を呟くパティの枕元にプレゼントを置くを見守りつつ、部屋中の女性陣の寝顔を眺める。リタの枕元の光照魔導器がつきっぱなしなところを見ると、寝る直前まで読書にでも没頭していたのだろうか。

(ま、お陰でジュディスちゃんたちの寝姿を見ていられるんだども)

 そう、つい頬を緩ませたレイヴンは、気の抜けたまま突っ立っていた。
 レイヴンの油断に気付かぬまま、目標を達成したが踵を返す。

「行きましょう、レイヴンさん」
「おっ!?」

 すぐそばにいるが振り返ったことに気付かなかったレイヴンは、反射的に声を上げた。

「えっ!?」

 驚いたも思わず声が出てしまう。だが歩みは止められず、そのままレイヴンへぶつかる羽目になった。
「あだっ!」「わわあっ!!」照明の不十分な部屋では、あらゆる対応が遅れてしまう。それでもレイヴンは懸命にを庇おうと手をのばす。万が一、自分がぼんやりしていたせいで怪我をさせたとなってはたまらない。
 ……体勢を崩し、悲鳴を重ねながら、二人は盛大に転倒した。
 当然、部屋で寝ていた仲間たちがその音に跳ね起きる。

「何事!?」
「なんじゃ、こんな夜中に!」
「あら……?」
と、誰です!?」

 リタ、パティ、ジュディス、エステルは口々に叫んだ。部屋の照明を灯し、音の正体であるたちに目を向ける。
 彼女たちは、顔が見えるはともかく、レイヴンについては付け髭と帽子のせいで正体に気付いていないようだ。
 女性陣からの指摘を受けたレイヴンは、慌てて弁明した。

「ち、違うんだって、これは……!」
「変な髭面の男がを捕まえとるのじゃ!」

 パティの言葉に、レイヴンは素早くを解放し立ち上がる。それでも変質者と断定された眼差しを向けられ、酷く心が痛んだ。
 よく考えると、状況から察するに自分がレイヴンであろうとなかろうと――事故とはいえ――を抱きかかえて倒れ込んでしまったというのは……アウトだ。
 普段の自分の行いもあるのだろうけれど、それを抜きにしてもダメなものはダメ、である。
 穏やかな笑みを浮かべたジュディスが静かに此方に歩み寄ってくる。その笑みが逆に恐ろしい。

「今助けるわ、

 まだ話せば判ると信じて、レイヴンは叫ぶ。

「は、話を……!」
「聞かないわよっ、この変人が!」

 リタの魔術によって生み出された火球が、彼の声を掻き消しながら放たれた――。
 ……その後、の説明によって誤解は解けた。色々と手遅れではあったが、エステルの治癒術もあって事なきを得た。
 そして翌日になると、プレゼントをもらったカロルとパティは大層喜んでいた。

「本当にごめんなさい、レイヴンさん。申し訳ないです……」

 はしゃぐ子供たちの声を背に、はレイヴンに何度も謝る。
 すっかり落ち込んでしまったの頭をぽんぽんと撫でながら、彼は笑って返す。

「結果的にちゃんの計画が上手く行ったんだから良いじゃないの。……それに、ハプニングとはいえ良い思いもさせてもらったしね」
「良い思い……ですか」
「そそ。だから気にしなくていーのよちゃん」

 それなりの犠牲も伴ったが、聖夜はレイヴンにも細やかなプレゼントを用意してくれた。
 二人仲良く転んだ瞬間、慌てて抱きかかえたレイヴンに対し、がひっそりと顔を赤く染めていたのだ。その愛らしい表情を見ることが出来たのは一瞬だったが、鮮明に記憶に焼き付いている。
 思い出しながら、レイヴンは笑みを深めた。
 まだの頬が些か赤い。先のことを思い出しているのか、撫でられていることに照れているのか。
 何にせよ、幸せそうな彼女の目を見ていると、自然とレイヴンの傷の痛みも和らいでいった――

「……っててて!」
「だ、大丈夫ですかレイヴンさん!?」

 ――気がしたが、気のせいらしかった。

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