秀でて美しい訳でもなく、人見知りしがちで、愛想が良い訳でもない。しかし誠実で、一途で、ひたむきなことは彼女――の取り柄だった。
そんなのことを、周囲の人間は「辛抱強い」と評した。何がどうして辛抱強くなったのか。何をどうして辛抱強いと皆に思わせたのか。それは、彼女が好いている男に大きな要因があった。
「レイヴンさん」
呼ばれて振り返ったのは、より一回りは年上であろう男であった。
レイヴン。この男はとかく女癖が悪い。いや、“悪かった”。女性と見れば声を掛けずにはおれず、その女性限定博愛主義ぶりたるや、彼の知り合いは誰もが嘆息するほどであった。勿論時には例外もあったり、相手に想い人がいると知ればに深入りはしないなど、レイヴンなりに気遣いはしていたが。
彼は、数十年そういう生き方をしてきた。そうせざるを得ない理由があった。ただ、女癖の悪さは彼の素でもあった。
しかし筋金入りのこの性根は、今や全てが過去形なのである。
その理由であり要因であるのが、だった。
「どしたのー、ちゃん」
「今日の食事当番、私なんです。どうせならレイヴンさんの好きなものを作りたいなぁって思って」
「えっ、本当に? じゃあ何をお願いしよっかなぁ~」
レイヴンはぴったりとに寄り添った。至上の喜びを得たといわんばかりの緩みきった笑顔であった。程よく己の視線のやや下にある彼女を見つめ、うんうん悩みながら首を傾げ、ああでもないこうでもないと一人で議論し始める。
それをやはり、幸せそうな笑顔では見つめていた。
「サバみそですか?」
「えっ! 何で判っちゃったの、ちゃんったらエスパー!?」
「そんなんじゃないですよ」
大袈裟に驚くレイヴンに、は穏やかに答える。
「レイヴンさん、サバみそ好きなのに、みんなはあんまり食べないから」
「そうなのよねぇ……。和食いいのにねぇ……」
「じゃあ決定。一生懸命作るからね、レイヴンさん」
「うん、おっさん楽しみにしてる!」
子供よりよほど子供くさい受け答えと笑顔に、はつられたように破顔した。
がレイヴンに想いを寄せた頃、レイヴンは彼女の想いにまだ気付かなかった。気付いていながら、知らないふりをしていたのかも知れない。しかしはレイヴンを想い続けた。
レイヴンが他の女性と仲睦まじい時も、飲み屋を渡り歩いて酔っ払った時も、ずっとレイヴンを案じた。
『釣りはのぅ、辛抱じゃあ。獲物が大きければ大きいほどその戦いは厳しい、じゃが耐えるのじゃあ。大丈夫じゃ、うちがついとる!』
恋愛相談に乗ってくれるパティの言葉を支えに、はレイヴンを想い、溢れんばかりの愛情をもって接した。
その辛抱は、こうして実を結んだ。
ごくごく当然のようにレイヴンはの手を掴み、も応えるように指を絡めた。大きな男性の手。その感触に、どうしようもない安堵と喜びが溢れた。少女は感情を噛み締め、笑みを深める。
「あと、お酒も買いましょ。たまには私も飲みたいです。おすすめのお酒、教えてください」
「良いわよ任しといて! にしても……ほろ酔いちゃんか、楽しみだわぁ……」
「なんか言い方がやらしいんですが……」
「ごめんね。ちょっとやらしいこと考えちゃったから」
「そっ、そういうのは正直に言わないでくださいよ……!!」
「ちゃんの前では正直になっちゃうんだもーん!」
レイヴンとの恋を実らせたの表情は、以前よりぐっと豊かになっていた。それでも賑やかな仲間内ではかなり大人しい方だが、ようやく人並みに喜怒哀楽を表現できるようになったのだ。
真っ赤になりながらも繋いだ手は決して離さない。そんなにレイヴンもまた、笑みを深めている。
「ついちゃんにはデレッとしちゃうっていうか、ありのまま~で行きたいのよねぇ」
「ありのまま……」
「そ! 素の俺様を見せて、かつ俺様もありのままなちゃんが見たいわけ」
少しトーンが落ち、真剣味を帯びた彼の声音に、はドキッとした。レイヴンを見上げたまま、赤い顔のままは必死に言葉を紡ぎ出す。
「は、恥ずかしいけど……そういうの、嬉しい、です」
そんなを、レイヴンはたまらなくなって抱き寄せた。「えぇっ!?」が驚き声を上げるも、レイヴンは離さない。離したくないのだ。
腕の中にちょうど収まった愛しい恋人への溢れんばかりの感情は、留まることを知らなかった。
「今の顔すんごく可愛かったんだけど! 反則よちゃん!」
「えっ、だって、そんなこと言われても……」
「その真っ赤な困り顔もやばい! 俺以外の奴には見せられないわー!」
レイヴンは叫びながら、そのまま彼女を抱きかかえて街を突っ切った。そして店に突っ込んで買うものを買い、また別の店に突っ込んでは買い物をし……そうして街を駆ける。彼の腕力と愛の力に、は身を任せるしかなかった。
「れれ、レイヴンさん! 荷物もあるし重いでしょ!? 私歩くからー!」
「おっさんに運ばせてえー! くっついてたいのー!!」
「器用ですごいですけど、は、恥ずかしいですコレ!」
「大丈夫! あともーちょいだから~っ!」
しかしそんなレイヴンの愛の大暴走は、思わぬ形で終わりを迎える。
「今日は暑いわねぇー」
「あー! ジュディスが脱いだー!」
「えっ! 何処どこドコっ!?」
何処からともなく聞こえた女子の声――間違いなく仲間であるジュディスとリタのものだった――が、レイヴンの足をびったりと止めた。その反動で、と荷物が投げ出されてしまう。
「ぎゃーっ!!」宙を舞うを見て我に返り、顔面蒼白で絶叫するレイヴン。
「荷物がー!!」宙を舞いながら己の身より荷物の心配を優先する。
そして……そこに颯爽と現れる人影たち。
「フレン、手ぇ貸せ!」
「判った!」
先に駆け付けたのはユーリとフレンだ。
その後ろから、パティ・カロル・エステル・ラピードもやって来る。
「荷物は任せるのじゃ!」
「任しといて!」
「ですっ!」
「バウッ!」
無防備なをユーリとフレンが二人がかりで、荷物たちを三人と一匹がしっかりとキャッチする。危なげなエステルには、ラピードが男を見せサポートに回り事なきを得た。
ユーリとフレンに抱き留められたは、目を真ん丸にしている。
「わ、わ、あれ? あっ! ごめんね今どくから!」
ハッとしてばたつくに、ユーリとフレンは笑って返す。
「気にすんなって。二人がかりだったし大したことねーよ」
「は軽いから、一人でも大丈夫だったかもしれないぐらいだよ」
「お二人揃って優しいね、ありがとう……って、レイヴンさんは!?」
二人に支えられながら立ち上がったの視線がレイヴンを探して彷徨う。そして……地面で止まった。
何故かレイヴンは頭にタンコブをこさえて地に伏していた。
「レイヴンさあああん!?」
思わずは叫んだ。
レイヴンの側には、小首を傾げて笑うジュディスと、分厚い本を片手に嘆息するリタの姿があった。考えるまでもなく、リタがレイヴンをのしたのだろう。
荷物を回収した仲間らと共に、は彼女たちの元に駆け寄った。
「なな、何でこんなことに?」
「ごめん。あんたに危害加えるつもりは無かったんだけど……」
最初に謝ってから、リタは話し始めた。
「あんたを抱えておっさんが走ってたから“見てる方がこっぱずかしいわ”ってジュディスに言ったの」
「だから、闘技場の時みたいにレイヴンの注意を逸らしたら良いんじゃないかしら? って提案してみたの」
「は往来で抱えられるなんて恥ずかしくて耐えられないかもだろうし……。それでさっき叫んだら、おっさんが釣られ過ぎて計算外の事態になった訳」
「ごめんなさいね」
リタとジュディスに悪気はないことが十分伝わった。寧ろ自分を思っての行動であることと聞き、は「ありがとう」と申し訳なさそうに笑った。
「ただ、レイヴンさんのこのタンコブは……」
「あんたがいるのにジュディスに釣られた不甲斐ないおっさんへのお仕置きよ」
「そ、そっか……。出来たら後で謝ってあげてね……」
「……気が向いたらね」
すっかり気絶したレイヴンを、は「よいしょ」と担ぎ上げる。愛と魔導器の力のお陰で、にとってはレイヴンを抱えることぐらい朝飯前なのだ。
仲間たちもその光景には慣れている。酔い潰れたレイヴンを運ぶ係がになったぐらいには。それが良いのか悪いのか判断しかねるがが幸せそうなので誰も指摘しない。
「とびきりのご飯作りますからね、レイヴンさん」
そうしてレイヴンは、愛する少女に担がれるという珍妙な姿を街中で晒す羽目になったのだった……。
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