ヘリオードに立ち寄ったユーリたちの前に、人探しの仕事が舞い込んできた。そしてその人物が行方知れずになった裏には、因縁の騎士・キュモールが関わっていると知り、彼らとしても〈凛々の明星〉としても、見過ごすわけにはいかなくなった。そこまではもなんら疑問に思わなかったし、寧ろ彼らに協力したいと思っていた。
 街中を探し回った挙句、一行は結界魔導器の前にある昇降機に目を付けた。立ち入り禁止・部外者の出入り禁止と、あからさまに怪しいそれ。しかしその昇降機は騎士に見張られており、一度頼んでみたものの通してくれなかった。下には労働者キャンプがあるという。どうにも気になる。当然、調べてみよう、ということになったのだが――、

「どうだ、?」
「……え?」

 思わずはユーリに聞き返していた。
 騎士を強行突破するものだとばかり思っていたには、何もかもが予想外であった。
 騎士を退かす為にカロルが“色仕掛け”を提案した。そこまでは良い。良いのだが……その白羽の矢が、何故にジュディスやエステルではなく自分なのか。言い出しっぺのカロルにやらせるには男の子だし、皇女のエステルにやらせるにはよろしくない内容の気もする。だとしたらジュディスだって年頃の乙女だ、普段から露出が多い服を着こなしてはいるが色仕掛けなんて本当はやりたくないかもしれない。

「わ、私でいけるかな……?」

 だとしたら自分がやるのが最善だろう。何かあっても自分なら、素手でも騎士に反撃することができるし――強行突破に等しくなるが――、躊躇もなくこなせる。だがが心配しているのは、「本当に私が色仕掛けをしたところで相手が引っかかるか」という点だった。

「ワフッ」
「ほら、ラピードも“ならいける”ってよ」

 内向的ながらもは純粋である。そして純粋な彼女はラピードを好いている。そのラピードに背中を押され、頷かない訳にはいかなかった。ここで断れば、自分を見込んでくれたラピードを否定するのと同義だとは感じてしまった。

「ラピードさんがそう言ってくれるなら、わ、私、やってみます!」

 急に気合に満ちたを見て、ジュディスが笑う。

「じゃあ、に似合う衣装を探しに行きましょう。流石にその服装じゃ、ね」
「確かに、ちっと地味だもんな」
「可愛い服があるといいですね」

 ユーリ、エステルも微笑みながら続く。
最後に「じゃあ早速お店に行こう!」と元気よくカロルが拳を掲げ、歩き出す。その後ろを、バクバクと緊張で激しく脈打つ胸を両手で押さえたが続いたのだった。
 ――宿屋の中にある店へと着くと、早速ジュディスが店主に尋ねる。

「どんな男性の目をも釘付けにするような服ってないかしら」
「な、ないですか?」

 おずおずとが続けば、店主は「そうだなぁ……」と衣装を広げて見せた。

「こんなのはどうかな?」

 店主の出した黒く艶やかな生地で出来たそれは、かなり刺激的でハードルの高いものだ。色仕掛けには良さげだが、には着こなす勇気が無かった。どうしようと彼女が悩んでいると、

「イマイチ、ピンと来ないわね」

 何故かジュディスがぴしゃりと切り捨てた。何がどうピンと来たり来なかったりするのか判らないが、正直はホッとした。
 その後も店主があれやこれやと衣装を出して見せるが、その度にジュディスが駄目出しをする。その熱の入りようを見ていると“私じゃなくジュディスがやればよかったんじゃないか”と言いたくなったが、見立ててくれたラピードの顔に泥を塗るような真似は出来ない。
 は呆然と、ジュディスと店主のやり取りを見つめていた。
 遂には衣装がなくなり「じゃあ、どんなのが良いんだい」と店主が根を上げる。
 するとジュディスは、じっとを見定めるように眺め回した後、店主へ向き直った。

「例えるなら……」

 ジュディスがイメージを伝えるなり、店主は慌てふためいた。

「そ、そんなの無いな、うちには……」
「じゃあ、材料を用意したら作れますか?」

 何故かエステルがやり取りに加わる。きらきら輝く彼女の瞳から、まるで着せ替え人形に夢中になる少女のような無垢なものをは感じ取った。自分もエステルの立場だったらあんな風にしていただろうか。

「そうだねぇ……。柔らかい尻尾とバジリスクのうろこと小型鳥の羽毛があれば、作ることはできるよ」
「へぇ、簡単じゃねぇか。なあ

 にやりとユーリがを見つめる。

「おまえ、モンスターから集めた素材、結構ため込んでるだろ」

 はどきりとした。確かに自分には、魔物から得た素材を収集する癖がある。素材を使って作った飾りや、素材自体を売ったりして旅の資金にしていたからだ。素材収集と装飾品作りは数少ないの趣味でもあった。ユーリたちと行動を共にするようになってからもその癖と趣味は健在だ。訪れる街で手作りのアクセサリーを売ったり、子供に配っている姿を仲間たちは目撃したことがある。
 故に、店主から告げられた素材も、図らずして確保されていた。

「……これで、作れますか?」

 が取り出した素材たちを店主に渡す。
 おお、と店主は笑って頷いた。

「よく持ってたな。待ってな、すぐに作ってやるぜ」

 ……そうして遂に、色仕掛け専用のの衣装が完成した。
 全体的に、牛をモチーフに作られた衣装のようだ。辛うじて胸元や腰回りを覆う白い布地には黒い斑模様があしらわれている。
 太腿まである網タイツはガーターベルトでがっちりと留められており、少し厚めの黒いヒールのブーツとの相性も、良く見えた。
 魔導器の義眼は何とか髪で隠し、頭には牛の耳とツノを模った可愛らしいカチューシャ。はどうしてもそれが気になるのか、しきりにカチューシャをいじっている。気にするべき場所は、もっと他にあるはずなのだが。
 これがジュディスのこだわり、ジュディスのイメージ。
 は俯きがちに、仲間に問うた。

「い、いけそう、かな、ですか……?」

 緊張でしどろもどろになっているのはともかく、ジュディス発案の目線釘付けドレスは素晴らしい出来栄えであった。
 衣装を身に纏ったを見て、ユーリは頷く。

「ラピードの見立て通り、問題なさそうだな」
「バウッ!」
「よ、よかった……!!」

 ラピードも頷いたのを見て、はホッと胸を撫で下ろす。慕う相手からの花丸を頂戴した彼女の顔から、瞬く間に緊張が抜けていった。
 の格好を「すっごいです……」とエステルも見つめている。
 ジュディスも「ぴったりだわ、」と彼女の背を叩いて褒めていた。
 しかし……。

「あのさ、何でボクにまで服があるの……」

 カロルだけは、沈んだ表情で佇んでいた。何故か少年は髪型を崩し、ピンクの大きなリボンを身に着け、同系色の可愛らしいワンピースに身を包んでいる。材料が余ったから、と店主の厚意によってサービスされた女の子用の服であった。
 そんなカロルに、申し訳なさそうにが呟く。

「ご、ごめんね。私が“ひとりでこんな服着るの恥ずかしい”って言ったばかりに……」
「だから一緒にカワイイ格好したんです? カロル、優しいです」
「うん、でもよく考えたらボクがこんな格好する意味なくない? なんか、元気になったし……」

 ますます申し訳なさそうにが「ごめんね」と謝る。優しい少年は「が元気になったならいいよ」と開き直る。
 気の弱い姉としっかり者の弟のような、そんな和やかな光景にユーリは笑みを浮かべた。
 エステルは何度もの姿を眺め、うんうんと楽しそうに頷いている。

「とてもカワイイですから絶対成功しますよ。行きましょう」
「カロルが着替えてきたらな」

 そうしてカロルが普段の服に戻ったところで、一行は早速昇降機側の騎士のもとへ向かった。
 ユーリたちは物陰に隠れ、色仕掛け役のがひとり、騎士へと歩み寄っていく。
 の頭の中では、道中で受けたジュディスとラピードからのアドバイスがぐるぐると巡っている。暗唱できそうなほどだ、抜かりはない。
 意を決して、彼女は騎士に声を掛けた。

「こ、こんにちはです。騎士さま」

 に気付き、を見た騎士は、「なっ!?」と肩を跳ねさせた。兜で顔が良く見えないが、驚いているのだということはよく伝わってくる。

「な、なんて格好で歩いているんだ、お前は!」
「す、すみません。この街に来てまだ日が浅くて、どうしたら良いか判らなくて」
「そ、そうか……。そういうことなら……まあ、仕方ないのか」

 まさか本当にこれで納得してくれるとは思わず、逆にの方が面食らってしまう。だが彼女はすぐに動揺を引っ込め、騎士に歩み寄りながら話しかけた。

「騎士さまなら、その……お詳しいですよね? 無知な私に、色々と教えていただけませんか」
「い、色々?」
「は、はい。街のこととか……もっと、ドキドキしてしまうような……こととか」
「ど、ドキドキしてしまうようなこと?」
「い、今もう私、騎士さまとお話してるだけでドキドキなんです。昔から、騎士さまに憧れてて……!」
「な、何と……しかし、私には仕事が……」
「でしたら、お勤めのあと、今晩にでも改めてお話できませんか?」

 がしょんぼりとうなだれると、騎士は慌てた。あまり俯かれたり肩を丸められたりすると、見る側としては色々危ういのだ。
 騎士は動揺しながらも、の提案に頷いた。

「今晩、ですか……。わ、判りました」
「じゃあ、そのことでちょっと……誰かに聞かれたら恥ずかしいので、こちらへ……」

 そうしては騎士を先導し、ユーリたちのそばまで連れてきた。
 物陰に騎士の体が入るや否やは……、

「ごめんなさい……!」

 騎士に突進した。無防備な騎士にのタックルが見事に決まり、騎士は転倒する。が、気絶するまでは至らない。すかさずユーリが追い打ちの手刀を騎士にお見舞いしたことで、何とか事なきを得た。

「ふう。詰めが甘かったな、
「申し訳ない……」

 まるで老年の戦士のような、貫禄のある呟きだ。こういったことに不慣れな彼女にとっては、これも一種の戦だったのだろう。衣装とはミスマッチな真剣味を帯びた声音に、ユーリは吹き出しかける。
 そんなを元気づけようと、エステルは笑顔で彼女を労う。

「でも色仕掛けは大成功でしたよ! お疲れ様です、
「あ、ありがとう……! もう着替えてくるね」

 可愛らしいエステルの言葉に、いくらか元気を取り戻したが着替えの為に宿屋へひとり駆けていく。
 気絶した兵士を見ながら、カロルはぽつりと呟いた。

「最終的には気絶させるんだ……」
「そうしないと危ないもの」

 どう危ないのか気になったが、含みあるジュディスの笑みを見ただけで“自分にはまだ早い話題だ”と悟り、カロルは考えるのを止めたのだった。
 ――そんな色仕掛け作戦も今や思い出の一つと化した、旅も終盤のユーリ一行。
 たまたま立ち寄ったヘリオードで、当時世話になった店主と彼らは、再会を果たした。
 を見た途端、ああ、と店主は微笑んだ。

「前作ったドレス、まだとってあるけど、いるかい?」
「え、どうしよう……」
「子供用のと一緒にあるよ」
「あ、じゃあ、子供用のだけ――」

 そう言いかけたを、何故かレイヴンが制した。

「たんま、ちゃん! ドレスってどういうことよ? お父さん何も聞いてませんよ!」
「いつから私のお父さんになったんですか、レイヴンさん……」
「とりあえずそのドレスとやら、俺様に見せていただこうか」

 いつになく真剣なレイヴンの声音に、硬直する。その後ろで、「これだよ」と店主が穏やかに例のドレスを広げて見せた。その際どいお色気たっぷりの衣装を見て、レイヴンは目を剥く。

「な、なんじゃこりゃあ!! ちゃん、こ、こんなの着たの!? 一体全体誰の趣味嗜好!?」
「じゅ、ジュディスが色々と……」

 おずおずとが答えると、レイヴンはジュディスを振り返った。そして、無言でグーサインを作って笑う。ジュディスも笑顔とグーサインで応じる。二人の中で何らかのやり取りが行われるのを、仲間たちは形容しがたい視線で眺めている。
 その間に、とパティだけは店主と語らっていた。

「これ、パティ着れないかな? 可愛いと思うんだけど」
「イマイチうちの中でピンと来ないのー。カロルならきっと似合うのじゃ」
「言っとくけどボクもう着ないよ!?」

 思わぬパティの振りに、カロルは反射的に叫んだ。すると……リタがにやりと笑った。

「……もう、ってことは、前に着たことがあるのね、あんた」
「あっ……!」

 青褪めたカロルが走って逃げだし、それをあくどい笑みのリタが追う。「リタ、楽しそうです」穏やかなエステルの、やや見当違いな声が静かに響いた。
 も逃げられるものならそうしたいところだったが、両脇に立つレイヴンとジュディスがさせてくれない。
 二人は、を挟んでニコニコと微笑んでいた。

、とっても似合っていたわよね。この衣装」
「おっさんも見たいわー。ちゃんの晴れ姿」
「こ、これ晴れ姿っていうか何て言うか……。困ったなぁ……」

 うだうだと悩んでいても、諦めてはもらえないだろう。時折二人が見せる団結力には、目を見張るものがある。これも恐らく、その類いだ。だとすれば自分に出来るのは……道連れを作るぐらい。
 は決心した。素材をたっぷりため込んだ素材袋をドンッと店主の前に出し、彼女は言った。

「すいません、店主さん。あと二人分、男性の視線を釘付けにしちゃうようなドレスを作ってください! 何とかこの中の材料で作れませんか? あの桃色の髪の子と、こっちのクリティアのお姉さんの分です!」
「えっ?」
「わたしもです?」

 選ばれたジュディスとエステルが瞬きした。
 店主が素材を選別している間に、は説明を始める。

「ひとりでこんな格好するのは恥ずかしいけれど、ジュディスたちも一緒に着てくれるなら、着る」
「おお、ちゃんったらそれ名案! おっさん大賛成!」
「私は恥ずかしさを分かち合えるし、この通りレイヴンさんが大喜びだし、みんな幸せ。これなら文句なしだよね!」

 半ば無理やり言い切るを、「たくましくなったもんだ」とユーリとラピードが見つめている。
 チーグルの毛と霊魂の欠片を一つずつ、神木とコカトリスの爪を二つずつ取った店主は、に笑顔で素材袋を返した。

「これだけあれば良い感じのを作ってやれるよ。にしても随分凄い量の素材だねぇ」
「しゅ、趣味で集めているもので」
「そうかい、すごい趣味だ。じゃあ、ちょっと待ってな」

 そうして、エステルとジュディスにも、男性の視線を釘付けにしてしまうような色気たっぷりのドレスが与えられた。
 個人的にお気に入りの素材・チーグルの毛を失ったのは痛かったが、ひとりであの衣装を着ることに比べたらずっとましだ。
 まずはエステルがドレスに着替え、皆の前に姿を現す。
 するとレイヴンは歓喜した。

「おおっ、嬢ちゃん、セクシータイフーン!」
「せ、せくしぃたいふう?」

 諸手を挙げるレイヴンの賛美は独特過ぎて、エステルには伝わらなかった。だが確かに似合っている。

「エステル、似合ってるね」

 リタの手によってピンクのワンピースセットに着替えさせられたカロルが、悟り顔で頷く。
 エステルは「カロルも可愛いです」と微笑んでいた。本当にカロルに似合っていると思っているらしいエステルの言葉に、リタのにやにや顔が深くなる。追いかけまわして力づくで着せた甲斐があったというものだ。
 次に、ジュディスがを引っ張りながら登場した。の牛モチーフ衣装と、ジュディスの兎モチーフ衣装。色々と似ている。特に、際どさが。

「どう? 似合ってるかしら」
「ジュディス、くっつき過ぎ……」
「こうした方が男の人の視線を釘付けに出来るのよ。ねえ、おじさま?」

 妖しく笑うジュディスの言葉に、レイヴンはすっかり逆上せあがってしまった。

「も、モーレツだわ……ちゃん……。で、でもって、それは反則……ジュディス、ちゃ……」

 言い切る前に、ふらりとレイヴンの体が傾いだ。
 ばったりと卒倒するレイヴンを、ユーリはまるで信じられないものを見るかのような目で見下ろしている。

「おっさん……!?」
「クゥーン……」

 やれやれと言いたげに首を振るラピードが、そっとレイヴンの顔を覗き込む。
 ふやっふやにふやけ切ったにやけ顔で、あは、あは、と小さな笑い声を漏らしている。きっと夢でも見ているのだろう。色香に満ちた、男のロマン溢れた、幸せな夢を。
 とエステルが慌ててレイヴンを介抱しようと駆け寄ると、それをリタが止めた。

「ほっときなさいよ。すぐ起きるでしょ」
「でも、ここじゃ他の人たちもびっくりしますし……」

 困惑しながら返すエステルに、が頷く。彼女と共にリタを説得しようとしたは、不意に「あ」と声を上げた。
 じっとリタを見つめる。何かを思い出したような顔である。
 当然リタは不審がった。こういう時のの発言が、あまり良いことではないことを長い付き合いで察しているのだ。

「何よ……?」
「リタの分のドレス、注文するの忘れてた」
「あっ、本当です!」
「やっぱあんたらは着替えておっさん看てやんなさい!」

 ――ほら、やっぱりろくでもないことだったじゃない!
 素材袋を抱えて踵を返すとエステルを、リタは必死に制したのだった……。

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