はずっと思い悩んでいた。
星喰みを倒した後、自分が何をすべきか。
帰る故郷も無ければ身を寄せる場所も思い当たらない。
それより自分が何をしたいのか。
この“力”を持つ自分は、どう在るべきか――。
……眠れない夜、たまたま起きていたジュディスと空を見上げていたとき、はこう打ち明けた。
「旅が……この戦いが終わったら、私、どうしたらいいのかな」
やんわりと、深部には触れぬ曖昧なの悩みに、ジュディスは何時もの涼やかな声で返す。
「はどうしたいの?」
「誰かの役に立ちたいなぁ」
「そう、らしいわね」
月明かりが浮かび上がらせるジュディスの笑顔。同じ女性でありながらも、どきっとしてしまうような美しさだった。はひっそりと息を呑む。
ジュディスもジュディスで、の憂いある表情に形容しがたい感情を抱いていることは秘密だ。
「役に立つと言ったら、やはりギルドかしら?」
「ジュディスは〈凛々の明星〉だものね。ふむ……」
「それ以外に判りやすく人の役に立つとしたら……騎士団なんてどう?」
「騎士団……」は瞬きした。
騎士と聞いて彼女が思い出したのは、遠く懐かしい記憶だった。もう10年は前になるだろうか。親を亡くした彼女を救ったのは――救った目的がどうであれ――騎士だった。
そして当の騎士は、とても近い場所にいる。
「なるほどなぁ」
は何かを決めたらしい。
ジュディスは彼女を後押しすることにし、微笑んだ。
――翌日は、朝食を終えた皆の前で切り出した。
「私、騎士団について知りたい」
唐突な申し出に、もちろん仲間たちは驚いた。
だからは訳を話した。
星喰みを倒したあと、自分がやりたいこと。人の役に立ちたい。力を生かしたい。その為には、やはりギルドか騎士団か。
ギルドについては旅すがら〈凛々の明星〉の活動を目にし、ときに助力することで判ってきた。しかし騎士団については曖昧だった。だから騎士団への理解も深め、いつかの自分の判断の役に立てたい――。そう告げた。
そしてその希望を、仲間は想像以上にあっさりと、快く受け入れた。
「だったら、騎士団の仕事にも直接触れるのが一番じゃないです?」
真っ先に声を上げたのはエステル。きらきらとした眼差しを見る限り、勢いはなかなか止められそうにない。
「ギルドの仕事を実際にやったみたいに、騎士団の仕事を実際にやってみるんです!」
「エステル、あんたねぇ……」
「私も、そうしたいなって思ってた」
「ちょっ、まで?」
リタが口を挟むも、二人の乙女はすっかり意気投合していた。手を取り合い、きゃっきゃと笑い合う。
残念ながら、この困った乙女二人組に仲間が苦笑させられるのは珍しいことではない。
「じゃあ早速、フレンに頼みましょう!」
「あ、待って!」
颯爽とフレンを向くエステルをが止めた。不思議そうに振り返るエステルに、は話す。
「私、レイヴンさんにお願いしたいの」
「へっ?」
レイヴンが間の抜けた声を上げた。まさか矛先が自分に向くとは思わず、すっかり油断していたらしい。コップを落としかけて、
はぱたぱたとレイヴンに駆け寄っていった。まだぽかんとしている彼の手を取り、碧眼を見据えて頼みこんだ。
「レイヴンさんの隊……シュヴァーン隊の人たちと仕事をさせてほしいんです。私を助けてくれた“お兄さん”の場所で」
他の仲間たちとは違う感情を込められた、特別な言葉。
レイヴンは咄嗟な切り返しが叶わず、に手を握られたまま固まっている。
――かつてのあどけない面影を残しながら、強かに育った少女の眼差し。
それを無下にできようものか。男の胸は切なくも喜ばしい痛みで動く。
「……しゃあないわね」
言い表せぬものが込み上げてくる。感情を一言へ全て込めて、レイヴンは静かに頷いた。
「そんな風に頼まれたら、お兄さん、断るにも断れないわよ」
は顔を綻ばせ、「有難うございます!」と大層喜んだ。
しかし、成り行きを見守っていた仲間は“お兄さん”発言に対して冷ややかな対応を見せる。
「なに若作りしてんの、おっさん。も視力平気?」
「自分でもお兄さんって言っちゃうのって、アレだね……」
「もおっさんおだてすぎたらダメなのじゃ、お兄さんにしては老けてるのじゃ」
「リタっちもカロルくんもパティちゃんもひどい!」
ぎゃいぎゃいと毎度のように騒ぐ彼らを他所に、フレンはへ笑いかける。
「騎士団の仕事は決して楽ではないけれど、ならきっと大丈夫だよ」
「少なくともオレよかマシにこなせるだろうさ。存分にやっちまえ」
続いてユーリも、彼らしい言葉で激励してくれた。
「わたしも応援してます。頑張ってください、」
「あなたの将来に役立つ経験になるよう祈ってるわ」
「ワンワンッ」
エステル、ジュディス、ラピードの励ましに、も意気込みながら頷いた。
――やるからには全力。一生懸命頑張る。
そして翌日、レイヴンの迅速な対応により、は早速シュヴァーン隊へ体験入隊することになった。旅のこともあり確保できた時間は2日間だけだが、少しは騎士について学べることだろう。
「と言います。短い間ですが、シュヴァーン隊の一員として精一杯やらせて頂きます。宜しくお願い致します」
小隊長ルブラン、部下のアデコールとボッコスの三人へ、は深々と頭を下げた。
しっかりシュヴァーン隊の隊服を着込んだ彼女の気概を感じたルブランたちも、穏やかにを受け入れてくれていた。
「うむ。レイヴン殿から、おまえに騎士とは何たるかを叩き込むよう仰せつかった。短期間で幾ら身に付けられるかはおまえ次第だぞ。我々と共に帝都のため、人々のため、尽力するのだ」
「はい!」
「いい返事なのであ~る」
「その調子なのだ」
ユーリたちの思った以上に友好的なルブランたち。バクティオンでと彼らの関係がいい意味で変わったせいなのだろうか。アデコールとボッコスも先輩らしくあろうと、いつも以上に声を張ってみせる。
機会を恵んでくれた仲間たち、快諾してくれたルブランたちへの感謝を胸に、は敬礼した。
――この瞬間からは、騎士となった。僅かな間ではあるが、手を抜くつもりは毛頭無い。
「じゃ、頑張ってね」
「誠心誠意務めさせていただきます!」
レイヴンにも彼女は敬礼して返す。形だけならそれなりに騎士らしい。笑うレイヴンや仲間たちは各々街へと散っていく。ずっと見ていてはもルブランたちもやりにくいだろう、という判断からだった。
仲間を見送ったは、ルブランたち“先輩”へ向き直る。それを見て、ルブランは頷いた。
「では早速、基礎からおまえに教えよう」
「はい!」
「隊長たちに比べれば我らもまだまだ赤子同然。だが――」
ルブランの意を察し、背筋をピンと伸ばしたが口を開く。
「ルブランさんたちが赤子同然なら、自分はまだ生まれてすらいないです!」
「その通り。今日はお前の中にある“騎士の心”を孵化させるのだ」
「はい、頑張ります!」
初々しい新米騎士の返事は、常に精気に満ちていた。
それからは、ルブランたちと共にシュヴァーン隊として職務に励んだ。
騎士の技を鍛練する時間では、剣の扱い方が危なっかしいために早々に得物を交換する羽目になった。ボッコスと揃いの槍を、鍛練が終わってからもは背負い続けた。
街の見回りの際には、逃げ出した猫の捕獲から迷子の面倒まで、実に幅広く活動し、帝都じゅうを駆け回った。猫を追って屋根に登りかけたを「ばかもん!」とルブランは叱った。
「後先考えずに行動してはならん! 屋根から落ちたらおまえも怪我をするのだぞ。市民を守る騎士が怪我などしてみろ。自分の身も守れぬ人間が、他者を守れるはずがなかろう」
ルブランの言葉は尤もだ。はしっかり、その言葉を胸に刻み込んだ。
反対に、迷子を無事に母親のもとまで送り届けたときには「よくやった!」と褒められ、は喜びのあまり頬を緩ませた。
……そんなことを繰り返すうち、は気づいた。
シュヴァーン隊は、何かが他の隊とは違う。フレン隊と出会った時のような暖かさが胸に灯るのだ。
騎士として街を歩いているうちに下町で聞いた〈壁向こう〉という言葉。その意味を知り、ルブランたち以外の騎士が下町へほとんど来ないのを見ているうちに、次第にその違いの形を捉えていくことができた。
「ルブランさんたちは分け隔てがないんですね」
フレンという騎士に触れたとき。まだかつて騎士たらんとしたアレクセイに触れたとき。そして、シュヴァーンに救われたあのとき。
それらと同じ感情がの中にあった。
しかしルブランたちはまるで訳がわからないといったふうに目を丸めている。
彼らにとってはそれが当然のことなのだ。分け隔てなく市民を助ける。それが騎士たるもの。悲しいかな、昨今はそんな騎士が少なくなりつつあるようだ。そんな中、確固たる意志をもって日々務めるルブランたちの姿は、眩しい。
「ルブランさんたちが、シュヴァーン隊である理由が、ちょっとだけかもしれないけれど判ったなあと思ったんです。少数精鋭なんです、きっと」
「おだてても何も出んぞ。不思議と今日はトラブルが多く、我々の活動も必然的に増えているからな……。気を引き締めて行けよ」
「勿論です」
――いつもより仕事が多いって、もしかして私が厄介事を引き寄せてるわけじゃないよね……。
ルブランの照れくさそうな言葉に複雑な思いを抱きながら、小休憩を追える。
立ち上がった三人が最後の見回りへ向かおうとした時、市民街広場の方から大きな地鳴りがした。
「何事なのだ!?」
「一体なんの騒ぎであ~る!」
「嫌な予感がするな……」
ルブランたち先輩の予想と不安は、残念ながら的中していた。いち早くは、それを体質のために察していた。
強く輝く義眼を押さえて、は彼らに告げる。
「あちらで魔導器を使用した反応がありました。それも、街中で放つには大きすぎるレベルのものです」
「何だと! よし、急ぐぞお前たち!」
上司の呼びかけに、アデコール、ボッコス、は「了解!」と気を引き締め、続いたのだった。
……たちが駆けつけると、広場の中心に魔導器をくっ付けた杖を掲げる女の姿があった。それを守るように数人の男たちが周囲を固めている。女の傍にいる老婆は間違いなく人質だ。
星喰みの出現や、前騎士団長の不祥事などにより、テルカ・リュミレースは大きな混乱に陥っている。その心が限界に達して、思いも寄らぬ行動に移る人物たちが増えているのだ。恐らく騒ぎの原因もそれだろう。
「このままでは想像を超える破滅が待つのみ! 我らはそれを前にして、自ら安らかなる死を求めるという選択を、その道を説いているだけのこと! 何故この慈悲が判らない!?」
典型的な破滅論者の語り口だ。しかし手にする魔導器は、大きさの割に規格外のエネルギーを秘めている。兵装魔導器の一歩手前だ。こんな街中でまた放たれては、次こそ確実に被害が及ぶ。
「おばあちゃん!」孫娘らしき少女が泣きじゃくり、駆け寄ろうとするのを慌てて父親が押さえている。母親は顔面蒼白で震えていた。
「貴様、早く人質を離さないか!」
「人質ではない! 病に蝕まれ今にも絶望の死を迎えようとしている哀れなご老人に、私は絶望とは異なる安らかな終わりへの導きを示さんとしているのだ」
女は言い張るが、老婆の様子からして無理に捕らえているのは明白だ。
駆けつけたほかの騎士たちも、人質と主犯の距離があまりに近いことや魔導器の威力を前に、手を出しあぐねている。一定の距離を保ったままで、膠着していた。
ルブラン、アデコール、ボッコスもまた、唇を噛み締めていた。
が人垣を見渡すと、ユーリら仲間の姿があった。彼等も彼等で騒ぎを止めようとしているようだが、決定打が無いといったふうだ。
――人々を守るのが騎士の務め。
胸中で噛み締めたは、決意を胸に狂信者たちを睨んだ。
「こうなったら、ちょっと体を張るしかないです」
「?」
異変を察したルブランがを顧みる。その時にはは槍を置き、装備を外し始めていた。
「ど、どうした!? 何をしとるのだ!」
「騎士団と思われそうな装備をすべて外しています。相手の警戒を解くためです」
「まさか……突っ込むつもりか、おまえ!」
それはならん、とルブランが言いかけるのを、は「聞いてください」と制した。
その瞳に宿るただならぬ光を認めたルブランは、一瞬迷ったものの口を閉ざす。平静を己が心中に手繰り寄せて、“部下”の提案に耳を傾ける。
「私が今から、相手の気を引いて魔導器を封じます。10秒ちょっとぐらいは、魔導器が使い物になりません。その隙と混乱に乗じて、どうかおばあさんの救出をお願いします。向こうにユーリたちもいますから、きっと上手くいくはず」
「ムチャクチャなのであ~る……!」
「き、危険なのだ!」
「大丈夫です。先程ルブランさんにお叱りを受けましたから」
アデコールとボッコス、二人の先輩から、上司……ルブランへと視線を移して、は頷く。
「“民を守るために自分も傷ついてはならない”と」
それからは、「ハルルでルブランさんを妨害したぐらいですから攪乱は得意です」と真面目な顔で続けた。
確かにそんなこともあった、とルブランは思い出していた。声を一時的に奪う不思議な魔術を掛けられたのだ。
あの時は随分と危うくてふらふらとした少女に見えたが、今こうして接していると随分しっかりしてきたものだと痛感する。
粗削りながらも、確かな意志を持った瞳。
を信じ、ルブランは頷き返す。それから素早く二人の部下へ指示を与えた。
「ボッコス、人ごみに紛れてユーリたちの元へ近づき、手はずを伝えるのだ。の行動を合図に、周りの信者どもを取り押さえるようにと。アデコール、お前は私と一緒に人質の救出を行う」
「りょ、了解なのだ」
「了解、なのであ~る」
あたふたと二人が動き出す中、もう一度ルブランとは視線を交わした。
「、信じるぞ!」
「……はい!」
ゆっくりと人ごみを進み、は狂信者たちへと近づく。騎士の脇をすり抜け、狂信者と人垣の間に出来た空間へと身を乗り出した。その時、僅かばかり大袈裟に勢いをつけて、石畳へ派手に倒れ込んでみせた。
勿論騎士は慌て、狂信者たちはすぐさま得物をへと向けた。
よろよろと立ち上がったは、杖を持つ女を見た。いびつな傷と異質な義眼。己が持つそれらに対する負の感情を表へ引きずり出して。
幸いなことに女はこれだけの騒ぎを引き起こしていながら、別の場所で深い思慮を抱いていた。
「ああ、可哀想に。なんと痛々しい姿か……」
は何も言わずに、おろおろと右目を隠して震えるふりをした。
女はを案じる風に、しかしまだ最後の境界で警戒心を残しつつ、口を開く。
「私には判ります。お前が今までどれほどの苦しみを味わってきたのか。そして誰も救いの手を差し伸べようとしてはくれなかったことが」
「……どうしてお判りになるのでしょうか」
「そんなことも判らずに人々を導くなどできぬからです。……迫害を受けて来た者にとって、今こそ安らぎの時なのですから」
女の纏う赤黒いローブには細やかな刺繍が施されている。杖もよくよく見れば装飾や彫刻が凝らしてあって、カルト宗教というより、金の使い道を間違えた人間ともとれた。しかし、空に浮かぶ星喰みを見て正常な判断を失うのも無理はない。あれは遥か昔に封じ込められた災厄であり、誰にでも一目で“異質な何か”だと判った。
それらがこの地を喰らい尽し滅ぼす可能性があることを、たちは良く知っている。だからこそあれらを止めるために旅をしているのだ。
「不平等、不条理の繰り返される世において、あの空に浮かぶ印は、この世界の全ての人々へ平等に降りかかる災い。ですがそれは幸いなことでもあります。遂に人々の行きつく場所がひとつになるということなのですから」
「……なら、その時を黙って待てばいいのではないですか」
は頭が痛くなってきた。思考が真逆の相手と話すことがこれほど難しいとは知らなかった。
だがの頭痛と、それによるちぐはぐな質問は、不思議と女を饒舌にさせる。このぐらい拙い相手の方が、彼女も語りがいがあるのだろう。のいる位置は信者と自分の攻撃の射程範囲内であり、騎士たちへの大きな牽制にもなっている。女は続けた。
「待つことはできても、いざ迎えるとなればきっと無駄と知りながらも人々は混乱を起こし、醜い最期を迎えることでしょう。それを望まない者も世にはいる。この日々の幸せのみを胸に抱いたまま、恐怖を目の当たりにする前に静かに逝くための手助け。それが私の行動です。特にお前のように、この世界に酷く苦しめられたものにとっては、この星からの解放……死が唯一無二の解放となりましょう」
いびつにきらめくの義眼を杖で指しながら、女は笑った。
――唯一無二の解放。
は正直、女が指摘したように“死んだ方がマシだ”と思ったことがある。この義眼がその証だった。望んで与えられたものではなかったし、この義眼を生むために技師は多くの犠牲を楽しみながら払っていた。その業を全て背負っているのが、の義眼。生まれるべきでは無かったものだ。
教祖の女の言葉にも一理ある。この世界は平等ではない。それらを何度も目にしてきた。味わった。
……しかし。
その義眼も今ではすっかり自分の一部と化した。背負ったものが無くなったわけではないが、悩み、迷い続けた彼女を「生きろ」と受け入れてくれる仲間に恵まれた。世界の不条理に屈することなく抗い、皆の幸せの為に献身を尽くす仲間の姿を見てきた。そして自分も、仲間たちの姿を見て、いつしか考えを改めた。
だからこそ義眼の真相を思い出した時も、自身の記憶が失われた原因が蘇った時も、彼女は彼女のままでいられた。
俯き、動かぬを、教祖の女の指示で男たちが引きずって行く。はそれに身を任せた。
女は目の前まで引きずられてきたの顎を器用に杖の先で持ち上げる。改めての義眼を目にした彼女は、大きく驚いた。人質であった老婆から手を離し、の頭を掴み、義眼を凝視する。
「この光……。まさか魔導器? ただの義眼ではない……」
「そう、見えますか」
老婆から完全に女が離れたことと、周囲に散った仲間たちの準備が整ったのを確認して、は呟く。
「正解です」
笑うが顎にくっ付いている杖をぎっと握り締めた途端、女が血相を変えた。
義眼から術式が浮かび始めるのを見て、「このおっ!」激昂した教祖は杖の魔導器を発動した。先程と同じようにしては自分諸共巻き込まれてしまうから、力の放出先を極限まで絞る。杖の先にあるの頭を吹き飛ばすだけに留まるように。
……の生んだ光と、杖から生まれた光がぶつかる。ふたつの魔導器の激突。
女はある程度の衝撃を予想していた。しかし、一向にそれはやってこない。まるで何の手ごたえも無かった。
光は急速に収束していく。エアルの光は一点へ導かれていた。――の義眼へ。
「な、な……っ」
「砲撃は私が食べました。充填してあったエアルごと、ぜんぶ」
は杖を掴む手に力を込めてへし折ると、その手を教祖の頭へと伸ばした。
教祖も慌てて手を伸ばして人質の老婆を引き戻そうとしたが、その老婆の姿はとうに遠くへ行ってしまっていた。
随分と離れた場所へ移動した老婆。傍らにはウインクしてを見る弓を携えた男。
どうしてあんな距離まで見えるのだろう? 信者たちはどうした?
狼狽える教祖が周囲を見渡すと、信者たちは皆、地に伏していた。剣を持った青年、戦いに向かなそうな女子供、物騒な短刀を銜えた犬、それと騎士――……。相手は様々だったが、どうやらそいつらが信者を先の閃光のうちに倒したであろうことを女は察した。
次の瞬間にはの手によって彼女の視界は塞がれ、
「おやすみなさい」
義眼から浮かんだ術式が、その狼狽した意識を深く穏やかな眠りへと引きずり込んでいった。
◆◆◆
の術による閃光で狂信者たちの視界を塞ぎ、その間に老婆を救出、周囲の信者たちを倒す。
この作戦は見事に成功した。
目くらましの術に慣れていた仲間たちにとっては造作も無かったし、人質も無傷。主犯である女は、の術で熟睡し、信者たちと共にあっさりと騎士たちに身柄を拘束された。
宿屋に戻った一行は一段落し、寛いでいた。中でもは、盛大に溜息を吐いている。
「しかしまあ、みんなの魔導器までストップさせてしまうとは予想外だった」
「ホントにな」
ユーリの間髪入れぬ同意に、はうっと声を詰まらせる。
それを見てエステルが苦笑した。
「でも、の術のお陰で無事に解決しました。それでいいじゃないです?」
「おっさんのハートまで止められなくて良かったわ……」
「の力じゃおっさんのそれを止められるわけないでしょ。エアルを吸うんだから」
ぶっきらぼうにリタが呟いた。の行動が無謀に見えたのか、騒ぎに未だ怒りを覚えているのか、はたまた両方か。が追求したくないくらい、魔導少女は不機嫌である。
「ったく、あんな至近距離で兵装魔導器モドキの攻撃を消すなんてどんな無茶よ。成功してなかったら頭ブッ飛んでたわよ」
「しくじるって思ってたらリタは止めたでしょ。私を信じてくれたんだね」
「伝達だけ受けてもう既にアンタが行動してたんじゃ止めるにも止められないっての」
努めて明るく振舞うに、リタはやはりつれない調子だ。
これは完全に彼女の地雷を踏んでしまった……とが落とした肩に、優しくジュディスの手が触れる。
「元気出して、。リタはね、あなたの無茶じゃなくて、事件の犯人が言っていたことに苛立っているの」
「あ……、そういうことか」
ようやっとは合点が行った。ジュディスのフォローに唇を尖らせながらも反論しないリタの様子から察するに、当たりのようだ。「にも酷いこと言ってましたもんね」と隣のエステルも教祖の発言を思い返して怒っている。
ジュディスらに続いて、パティとカロルも声を上げた。
「そうなのじゃ。全く、自身の素っ頓狂な考えを押し付ける迷惑な奴だったのじゃ」
「本当だよね。確かに世界は混乱してるけど、だからってあんな破滅的な話、ボクは認めない」
「その為にオレらは動いてるわけだしな」
ユーリの言葉に、仲間たちは頷く。
も勿論、深く頷いた。
そこに、騎士団での処理を終えたフレンが戻って来る。
「お疲れさま、フレンくん」
「いえ、騎士の務めですから」
レイヴンが言うのもどうなのか、と周囲は思ったものの、フレンは気にすることなく爽やかに笑む。しかしその微笑みはに向けられた途端、申し訳なさそうな寂しい表情に変わってしまった。
思わずは訊ねる。
「どうしたの? フレン」
「、明日も騎士団の体験をする予定だったけれど、今日の騒ぎでそれは無しになった」
フレンが申し訳なくする必要など微塵も無いのに、全責任は自分にあるかのように落ち込んでいる。
「他にも〈帝都〉に潜んでいる可能性のある信者の捜索をすることに決まったんだ。ルブランさんたちもそちらに回ることになって……本当にすまない、と言っていたよ」
「誰のせいでもないし、当然の対応だよ! 気にしないで、十分色んな体験できたもの」
「そう言ってもらえると僕も救われる。ルブランさんたちにも後で伝えておかなくちゃね」
ようやっと笑みを取り戻したフレンに、もホッと胸を撫で下ろす。
騎士団を体験できただけで御の字だ。の心は予想以上の充実と喜びに満ちていた。
しかし、一つ問題がある。シュヴァーン隊の隊服を借りたままなのだ。
「あの、フレン、レイヴンさん。私、隊服と鎧返してなかった……」
「あ、そういえば……」
そこはフレンも失念していたようだ。他の仲間たちも、あ、と呟いての格好を見つめる。真新しい隊服、真新しい装備。何だか下町の宿屋では浮いた格好だというのに、今の今まで気づかなかっただなんて。
明日にでも返しに行けばいいのではないか、と仲間たちが話し合うなか、
「そのままでいーんでない?」
酒を煽り始めたレイヴンが、そう溢した。
「体験満喫できなかった代わりに、記念でとっといたら? おっさんが言うなら大丈夫よ」
「それは……そうかもしれませんが……良いんですか?」
「いーの。おっさんの隊だし」
フレンが釘をさすと、レイヴンはげらげら笑って返した。また酒を煽り、ほんのり頬が色づき始める。
「もう一杯ちょうだい!」と宿屋の主人へ空になったコップを差し出し、レイヴンはどんどん飲んでいく。
……レイヴンが言うならば、きっといいのだろう。
「そう言えば、おっさんの隊なんだしな……」
ユーリの呟きに仲間たちは苦笑する。
しかしだけは俯き、緩む頬を周りから隠そうと必死だった。
幼い頃に憧れ、自分を救ってくれた騎士の隊服を身につけただけではなく「持っていても良い」と言われたことが、たまらなく嬉しかったのだ。
――これは宝物が増えた。
以降は、たびたび隊服を眺めてはにやけるという、傍目には怪しさ全開の姿を度々仲間の前に晒すことになる。当人は全く気にしていないし、仲間たちもがまた丸くなったと温かい目で見守っていたという……。
Top