※夢主記憶復活後
この大森林を散策するには、騎士の鎧は不向きだったのかもしれない。
道代わりになるほど巨大な木々は複雑に絡み合い、露をまとった苔をあちらこちらに生やしている。苔は凍り付いた氷のように滑りやすく、踏み出したフレンは盛大に足を滑らせる羽目になった。
とっさに一瞬前まで自分が立っていた場所へ手を伸ばしたものの虚しく宙を掻き、目を見開く仲間たちが遠のきつつあるのが視界に移る。
――これは少し、危ないかな。
フレンの額に冷汗が滲んだ瞬間、倒木を蹴って此方へと飛び降りてくる少女がいた。
「!?」
勢いをつけて飛び出したの手がフレンの手を捉える。はフレンを必死に引き寄せると、刹那のうちに狼へと変身した。地面にぶつかる寸でのところで器用にフレンを抱え、狼は激突のダメージを全てその体で請け負った。「いっ!!」しなやかで大きな狼の姿はしているが、中身は少女なのだ。
フレンは慌ててから退けた。落下の衝撃で変身が解けた少女の顔は苦痛に歪んでいる。
「、大丈夫かい!? 怪我は!?」
「フレンは……無事……?」
「君が庇ってくれたから……。なんて無茶をするんだ、君は!」
ごめん、と掠れた声で少女は謝る。呼吸も荒い。
何もないよりはましだろうと、フレンは自分が使える範囲で一番強力な治癒術をへ施した。幾らか痛みが和らいだのか、の呼吸は落ち着いてきた。
「ありがとう、すごい楽になった。……激突前に張った防御術式、ちょっと遅かったかな」
「礼を言わなければいけないのは僕の方だよ。有難う、。……それにしても」
改めて自分たちが落ちて来た木を見上げると、その高さに身が竦む。他の仲間の姿が、薄暗い森に紛れて見えない。この高さの落下から自分を庇ってくれたが負った衝撃はいかほどなのか。今も痩せ我慢をしているだけで、実は酷い怪我をしているのではないか。様々な不安が脳裏を過る。“楽になった”とは言っても横たわったまま動けないを見ると尚更心配になってきた。
「フレン! ! 今からそっち行く!」遥か頭上から、ユーリの叫び声がした。向こうからは此方が確認できているのだろうか。ともかく合流出来ればエステルの治癒術がある。何とかなりそうだ。
「いてて……」
「無理に起きちゃ駄目だ。ユーリたちが来てくれるのを待とう」
起き上がろうとするを、フレンは慌てて制止する。
ふらつく彼女を見て、騎士は顔を歪めた。
「……本当にすまない」
「え?」
「僕のせいで、君に無茶をさせてしまったから」
「私の無茶は性質みたいなものだから気にしないで」
が淡く微笑むも、フレンの顔色は晴れない。困った彼女は、横たわったまま話を始めた。
「フレン、この頃とても疲れているみたいだし、仕方ないよ。謝らないでね」
喋る元気があると示せば、少しは彼の自責の念を和らげることが出来るのではないかと思った。実際にの体調はフレンの術のお陰で大分良くなっていたし、フレンが思うよりの体は頑丈なのだ。魔物との頭突きや体当たりにも勝るぐらい、変身は彼女の力を増幅させる。こうして仲間を庇ってお互いそれなりに無事に済むほどだし、はこの力に感謝していた。
ただ、普段のなよなよとした自身の見た目のせいで、やたら心配をかけてしまうのが申し訳ない。
「色々あって、今も、帝都や騎士団にこまめに伝令出したりして、疲れてるでしょ。この頃、旅も強行軍な節があったし、フレンは生真面目だし、疲れてうっかりもするよ。人間なんだから」
「しかし……」
「あー……。ほら、ユーリも無茶するでしょ。でもケロッとしてるでしょ? そんな感じだよ。あと無茶をするのはフレンもだから、おあいこってことにしよう?」
「……わかった」
渋々ながら相手が頷いたのを見て、は安堵した。
「騎士さまはね、いつも明るい顔をしていた方が良いよ。そんな騎士さまを見るとね、私たち市民は“大丈夫だ”って思えるから。明るくしていられるように、仲間だしフォローするよ。だから無理しないでね」
「無理しないでねって、君に言われるのは釈然としないけれど……。そうだね。人々を護る騎士が暗い顔をしていたら、逆に不安にさせてしまうだけだ」
「そうそう。せっかく良い男なんだから、良い表情しておかないと勿体ないよ」
幼子のように夢見がちな騎士への感情を述べたかと思ったら、冗談なのか本気なのか判らない調子でフレンを褒めて“勿体ない”と言う。その何処か捉えどころのない飄々とした物言いは、まるでユーリやレイヴンに似ていて、フレンは少しおかしくなった。小さな笑みが押さえ切れずに零れる。
「初めて会った時と今じゃ、全く別人みたいだね。君は」
「リタにも言われるよ。ユーリやレイヴンさん、ジュディスに余計なところが似て感化されたんじゃないかって」
「ああ、確かに」
「でも、ただ単にこれが私の素なんだけどなぁ。……っと、そうだ」
寝転がったまま彼女は腰に提げたポーチを漁っていた。「あ、あった」と、小さな袋を引っ張り出したは、それをフレンへと投げて寄越す。
「これは?」受け取ったフレンが問うと、はにこにこしながら答えた。
「魔物忌避剤。ただし私のオリジナル調合。この状態じゃ戦えないから、そこらへんに撒いてもらえないかな」
「こんなものも作れるんだね」
「一人旅してたからね、これでも」
何処となく彼女は自慢げである。
その反応にまた微笑しつつ、フレンは言われた通り忌避剤を辺りに撒いた。少しツンと鼻を刺激するような感覚がしたが、それ以外は特に変わったところの無いただの粉だ。原料も製造方法も全く想像がつかない。
「吸い込んでも大丈夫だけど、美味しくないからね」
「ああ、気を付けてるよ」
魔物が襲ってきてもひとりで撃退するつもりだったが、その心配もなくなった。
フレンもの傍らで休み、ユーリたちの到着を待つことにした。
……ただ二人で黙っていても時間が長く感じられるだけで耐えがたい。その限界が先に来たのはフレンの方だった。
「、本当に大丈夫かい?」
「うん。フレンこそ、後になって実は怪我してたとか無しだよ? 痛いところはない?」
「大丈夫だよ、本当に」
「なら良いんだけれどね。フレンって抱え込むふうに見えるんだもの」
負傷した人に心配されるというのもおかしな話だ。フレンは「そうかな」と曖昧に返す。
また会話がほろりと途切れてしまって、彼は上を見た。複雑に入り組んだ木々、植物。落下の際に他の木の太い枝などにぶつからず、葉の集まるところだけを落ちて来たのは奇跡と呼べる光景だ。
フレンを真似て、寝転がったままも森を見上げる。
「ふぁー。あそこの枝にぶつからなくて良かったなぁ。きっと背骨バッキリいってたね」
「怖いことを言うね……」
「安全に落ちたからこそ言える冗談だよ。ここまで入り組んではいないけれど、木から落っこちるとか、吹っ飛ぶとか、結構経験があるからね。ハルルの樹にもぶつかったっけなぁ……」
ぼんやり呟くが遠い目をした時、フレンはハッとした。
「そうだ……。、君、あの時、ハルルにいたよね」
「え?」
きょとんとする。
対するフレンは、「今までどうして忘れていたんだろう」と一人であれこれ思う所があるのか、ぶつぶつ呟いている。
いまいち話のつかめないに気付いて、フレンは慌てて説明した。
「ほら、随分前だけれど……ハルルの結界魔導器が弱って、魔物が街に侵入してきた時だよ」
「ああ……。うん、おっきい魔物が来たね、そういえば」
「魔物を迎撃する僕らにまじって鎌を振っていたフードの人がいて……今思うと、あれはのフードと鎌だった」
「あ、ちょっと待って。私も思い出したかも」
思わずは身を起こした。
宙に視線を泳がせながら思案すること数十秒、「ああ!」と何か思い出したように目を丸める。
「でっかい魔物が突っ込んできたとき、私に“危ない!”って言ってくれたの、フレンじゃない!?」
「そうだよ、僕だ! 助けに行こうにも僕も魔物の相手をしていたから呼びかけるしか出来なくて……間に合わなかった」
「そんな! 言ってもらえたおかげで攻撃が来るって心構え出来たし、結局は無事なんだから! まずね、フレンの責任じゃないし」
生真面目な騎士がまたもや落ち込みそうになるのを、寸でのところで止める。
「私たち、結構前に会ってたっちゃ会ってたんだねぇ。不思議なものだねぇ」
しみじみとが呟くと、フレンものんびり頷いた。
「そうだね……。今となっては、こうして旅をする仲間になって……。世の中どうなるか判らないな」
「そんな大袈裟なー。……でもまあ、うん、大袈裟でもいっかぁ」
……ユーリたちが来たのは、それから程なくしてのことだった。
フレンは奇跡的に無傷、若干負傷したもエステルの治癒術によりすっかり回復した。
「待たせちまって悪かったな。フレン、」
「いいや。僕こそすまなかった」
「フレンもも本当に大丈夫です? 特に、思い切り飛び降りてましたし……」
「平気へいき~」
「すっごい心臓に悪い光景だったよ……。ボクもうあんなの見たくないからね!」
「ごめんよ、カロル」
「おっさんも今度こそ心臓止まるかと思ったわ」
「二人とも、十分に気を付けてね」
「最近の若者は無茶をしすぎじゃのう。うちの心臓も血抜きされたサバのようにキュッてしたのじゃ」
「若者って、パティが一番若いよね?」
合流した途端、復活する仲間たちとの会話。賑やかないつも通りの声たち。
フレンとは、どちらからともなく顔を見合わせて笑った。目敏くそれに気付いたレイヴンが、「むむ?」と二人を見やる。
「何だかちょっと離れてる間に、二人とも仲良くなってなぁい?」
「そうですか?」
「元からこんな感じですよ」
あっさりフレンとに否定され、そうかねぇ、とレイヴンはますます怪しむ。
「何か、ちょっと気になるわ~……」
「前見て歩かないと転ぶわよ、おっさん」
リタが忠告するも、レイヴンはじとっとフレンとを見つめ続ける。そして案の定、ツタに足を取られて盛大に転んでしまった。「あだぁっ!!」ごちんっという鈍い音はフレンらの耳にも届き、その痛さがどれほどのものか容易に想像できた。
だから言ったでしょ、と呆れるリタに、レイヴンは返事をする余裕なく痛みに呻く。
フレンとが心配してレイヴンに手を伸ばすさまは、何かの介護かのように場違いな穏やかさがあった。
「大丈夫ですか、レイヴンさん」
「落っこちなくて良かったです」
「あ、ありがとう、フレンくん。ちゃん」
まだ痛がっているレイヴンに、二人は揃って「どういたしまして」と微笑み返した。
一部始終を見守っていたラピードがワンッと小さく吠える。
――フレンとは、存外似た者同士かもしれない。
そんな意味を含めた相棒の声に、ユーリは「かもな」と胸中で同意した。
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