※夢主記憶復活後
の母は、とある狩猟ギルドの首領であった。そのギルドの名を〈銀雪の狼〉と言う。
ただが幼かったうちに母は死に、ギルドも潰えてしまったため、未だに詳しいことは判らずじまい。だから時折ダングレストに寄ると、は自身の母が率いていたギルドについての情報を集めて回った。そのたびに収穫が無く落ち込んでいた彼女だったが、今回は少し様子が違った。
冷汗をだらだらと流すレイヴンをじいっと睨みつけ、は凄む。
「何かご存知無いですか」
「いやぁ……俺様は……さっぱり」
「な・い・で・す・か?」
「だ、だからね、おっさんも名前ぐらいしか知らないのよ~」
「どこで名前を聞いたんですか? あの屋敷以外でですか? 何でも良いですから」
滅多に無いの凄み――といっても迫力にはいまいち欠ける――に、たじたじのレイヴン。
「そういえば、二人は面識があるんだったね」
「がうちぐらい小さかった頃らしいのじゃ、おっさんも歳をとるわけじゃのう」
フレンとパティは、とレイヴンのやりとりに微笑ましげだ。他の仲間たちも同じく。賑やかな酒場ということもあり、二人の騒がしさなど可愛いものだった。だが二人とも真剣そのもので、とても茶々を入れる気にはならない。
まだるっこしいと言わんばかりには景気づけの酒を煽り、今一度レイヴンに詰め寄る。
「お願いですからー! 〈銀雪の狼〉について、何でもいいから、何処で聞いたか、何処でもいいから言ってくださいぃぃ!!」
「わー!! ちゃんが酒臭くなっちゃう! でもおっさん本当に何も出せんのよ、ドンから名前聞いたことあるぐらいなんですぅ!!」
「ドンが聞いたことあるのは知ってます! だってドンが手紙くれたんですか、ら……」
急に語尾を萎ませたに、レイヴンははたと首を傾げる。思わず引け腰になっていたのを戻し、「ちゃん……?」考え込んでいる様子の少女を心配そうに見つめた。
ぼそぼそと何事かを呟きながら、はまた酒を煽っている。このままでは泥酔してしまいそうだ。見かねたリタがの持つジョッキにこっそり水を大量に注ぎ足していた。気付かないまま、は薄くなった酒を飲む。
「そうか……。ドンが知っていたなら、その身内に聞きゃあー良いじゃない!」
彼女が何を思いついたか聞くより先に、ユーリが一行に「宿屋に戻るぞ」と告げたのだった。
――翌日、二日酔いに陥ったレイヴンの手を引っ張りながらはダングレストの街を歩いていた。ユーリらは、二人の後ろを少し遅れてついて行く。
ぴんぴんしているの様子を見て、カロルはこっそりユーリに囁いた。
「って結構お酒強いよね」
「どうだか。リタが途中で薄めなきゃおっさんと共倒れになってたかもしんねーぜ」
「それでもかなり飲んでたもん」
「少なくともおっさんよりは強いんじゃない」
の二日酔い回避に貢献したリタの指摘に、だね、とカロルが頷く。
そうこうしている間に、は萎びた顔のレイヴンと共にギルドユニオン本部へと入っていった。
今にも何か戻しそうなレイヴンは、その衝動を堪えながらユニオンのメンバーへ話しかける。
「悪いけど、ハリー呼んで来てくんない?」
「ああ、わかった。……レイヴン、また二日酔いか? おまえも懲りねぇなあ」
「よく言うぜ。俺様たちゃ同類だしょ」
「だな。っと、いけねえ。ハリーだったな、ちょっと待っててくれ」
「なるべく早めに頼むわ……」
エステルがレイヴンを心配して駆け寄ろうとするも、リタが制止する。
「リタ?」
「あんな自業自得、心配するだけ無駄な労力よ。ほっときなさい」
「でも……」
「二日酔いを治す治癒術なんて無いんだしね」
ジュディスが言い添えると、エステルは渋々留まった。その間、レイヴンの傍には引きずり回してきた当人であるがいたし、単なる二日酔いなのでもともと大事は無い。
ハリーはすぐに来てくれた。吐き気を必死に堪えるレイヴンにとっては果てしなく遠い時間に感じられたが。
「俺に用事って何だ、レイヴン」
「も、もうおっさんダメ……。詳しくはちゃんから聞いて……うっ!!」
レイヴンの顔色が急激に悪化する。彼は両手で口を覆い、素早く奥へと掛けていく。恐らく洗面台かトイレか、その辺りへ向かったのだろう。
戸惑いながらレイヴンの背を見送るしかなかったハリーが、仕方なくへ向き直る。
「だったよな。一体なんなんだ?」
「え、えっとですね……」
昨夜の勢いはやはり酒の助けがあってのことのようだ。元来は人見知りする性格だし、知っている相手とはいえ今までろくに会話をしてこなかったため、どう事情を切り出せばいいか悩んでいる。ハリーもハリーで、口ごもる彼女にどこまで突っ込んで良いのか、決めあぐねていた。
二人が何とも奇妙な空気を醸し出して、それを仲間たちも何故か黙して見守る。
……ついに、が決心して口を開く。
「――わ、私のお母さんも、ギルドの頭領だったんです!」
「は?」
しかし、あまりにも急なところから切り込んだような気がした。
面食らうハリーへ、は必死に訴える。
「実はですね、以前、ドンから私、お手紙を貰ったの! それに、私のお母さんのギルドのことが書いていて、でも、そのギルドはカルボクラムがなくなった時に一緒に無くなってしまってて。でもドンが私のお母さんのことを、お母さんのギルドを知っていたのは事実だから、何か知っていないかなって、ドンのご家族であるハリーさんなら何かわからないかなって、私、レイヴンさんに無理言ってしまって、それで、ハリーさんに……」
纏まらないの言葉に、戸惑いながらもハリーはしっかり耳を傾けてくれていた。
まだ言い募ろうと試みる彼女を手で制し、何処かドンの面影を残す青年は言う。
「とりあえず落ち着け。何が言いたいのかわからない」
「ご、ごめんなさい。緊張してつい……」
呆れたのか、ハリーは何も言わず彼女へ背を向ける。思わずは落ち込み、年甲斐もなく子供のように俯き唇を噛んだ。仲間とは旅を経て接し方を知り、仲間もまたの接し方というものをよく知ってくれている。だからこそが至らなかったり行き過ぎたりすればその付き合いの長さで諭してくれ、さりげなくフォローしてくれた。
こんな些細な躓きで、は、無意識のうちにそれらに甘え、仲間という輪の外での振舞い方を学びそこなっていたことを思い知った。どうしよう、どうしよう。落ち着いてもう一度。考えているうちに、彼女ははたと気付いた。
ハリーが背を向けはしたものの、立ち去ろうとしてはいないことに。
「あと、俺のことはハリーでいい。さんなんて付けられるのは、柄じゃないしな」
「う、うん。ハリーさ……ハリー」
おそるおそる顔を上げてが言い直す。
いつの間にか再度此方を向いてくれていたハリーは、うん、と頷いて小さく笑った。
「ドンの部屋、まだそのままなんだ。何か手掛かりがあるかもしれない」
「つ、つまり探してもいいってこと?」
「じゃなきゃ言わないだろ」
今度こそ呆れたようにハリーが溜息を吐いた。先に反しては満面の笑みを浮かべ、「ありがとうございます!」と深々と頭を下げたのだった。
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