ハリーの案内で通されたドンの部屋で、は遠慮なく探し物をさせてもらっていた。最初はハリーに細かくどの品を触る際も許可を請うていてが、「全部引っ繰り返して平気だからいちいち確認しなくていい」と言われてからは捜索作業に打ち込んだ。
 長引くであろうことを見越したユーリはダングレストへの宿泊を早々に決断し、宿屋へと向かっていた。ほとんどの仲間はユーリについていったが――も探し物が長引くことを予測して、仲間たちに先に休んでいてほしいと勧めた――、エステルとカロルが手伝いを申し出てくれた。はふたりの厚意に甘え、また、探し物を快諾しただけでなく手伝ってくれているハリーにも深く感謝した。

、お前の母親ってどんな人だったんだ」

 紙の束を一枚ずつ確認しながら、ハリーはに聞いてきた。突然の質問であったが、驚くこともなく、本をめくりながらは答える。

「すごく元気な人。狩猟ギルドのボスってまさしくな感じというか……口より先に手足が動くって人だった」
「それは……元気って言うのか」
「……すごく、血気盛んな人だった……の方が正解かも」
「とりあえずドンと繋がりがあってもおかしくはない人間なんだな」

 が苦笑すると、ハリーもつられて笑っていた。

にはあまり似てないですね」
「いや、ある意味似てる気がするけど……」

 探し物をしつつ、二人の会話も聞いていたエステルとカロルが個々で感想を述べる。てきぱきと書類に目を通しながら、そのどれもが魅力的ではエステルには大層魅力的であったが、の為にと手を止めることは無い。その熱心さにあてられて、カロルも探し物を再開する。
 ハリーもまるで自分のことのように真剣だ。

「もしかしたら……。……別の場所を調べてくる。カロルたちはここにいてくれ」
「うん。まだまだここ、調べきれてないしね!」

 本当に手掛かりはあるのだろうか。あまりにも突飛な思いつき過ぎただろうか。色々とは後悔しつつも、必死に母とそのギルドに繋がるものを探し求めた。わざわざ手紙をくれた優しいドンの顔や、いつかかけてもらった言葉たちを思い出しながら。それから、母とドンの交流を様々に思い描きながら。
 ――お母さんとドンは、どんなお話をしたのかな。
 ――どんなやりとりをしたのかな。
 ――私の記憶のなかのお母さん通りだとしたら、多分、突拍子もない事をしてるよね。
 延々と続くかと思われた作業は、ふと転機を迎える。

!」

 次第に物思いに耽ることへ心が傾いでいたの肩を、戻ってきたハリーが叩く。彼の駆け寄ってきたところを見て、彼女は初めてハリーが別室へ行っていたことに気付いた。

「えっ? あ、ち、違うところまで調べてくれてたの? って、え、ま、まさか……」
「多分、そのまさかだと思うぜ」

 ハリーが紐で括られた紙の束をへ差し出す。

「現ユニオンに所属してるギルドの情報と一緒にしまってたみたいだ」

 一番上の紙に記された紋章を見て、彼女は目を見開いた。
 ――狼と雪の結晶。お母さんのギルドの紋章……!
 間違いない。紋章の隣には〈銀雪の狼〉という文字もある。保管されていた場所が良かったのか、随分昔に潰えたギルドのものだというのに綺麗な状態である。
 の顔は瞬く間に満面の笑みへと変わっていく。

「お母さんのギルドの記録……!」
「まさか現存ギルドの情報と纏めて保管してあると思わなくて気付くのが遅れちまった。悪い」
「ううん、そんなことない、そんなこと!! 本当に、ありがとう……!」

 感極まったは涙ぐみながら、紙束を抱えたまま何度もハリーに頭を下げる。
 照れくさそうなハリーは頬をかいて「礼なんてよせよ」と僅かに視線を逸らす。

「俺もお前のギルドに興味があっただけ、それだけなんだからさ」
「でも、ありがとう!」

 はしゃいでいたのはだけではない。
 探し物を手伝っていたエステルとカロルもまた、情報が見つかったことに喜んでいた。

「良かったですね、!! わたしからもお礼を言わせてください、有難うございます」
「ハリー、本当にありがとう!」
「だから良いって。中身を確かめもせずに礼するなよ。が知りたいものがあるかはまだ判らねえだろ」
「あ、それもそうでした……。、早速確認してみてください」

 ハリーの指摘に我に返ったエステルが、を顧みる。うん、と頷いたが、早速紙束を順番に床に広げていく。
 彼女と紙束を囲むようにして、ハリーたちもしゃがみ込む。
 はゆっくりと、一枚目から内容を読み上げていった。

「〈銀雪の狼〉……狩猟ギルド。カルボクラムを拠点に活動しているが、数年前に別大陸から移動してきた者たちである。……現首領は、エルナ・レリーキア」
「エルナ・レリーキア……。その人が、のお母さん、なんですね」

 エステルの眼差しに、は頷いた。とても懐かしそうな、淡い微笑みを湛えた眼差しで。
 のめり込むような体勢で、カロルは更に先の文章を読む。

「えっと……代々このギルドの首領は、人ならざる力を持った一族が務めることになっている……。あ! これって!」

 ハッとカロルが顔を上げると、瞳を輝かせたエステルが力強く頷いて応じる。

の力のことに間違いないです」
「そうだねぇ……。うん、そういえばお母さんもだったなぁ」

 まるで他人事のようにのんびりとした調子だったが、相変わらず穏やかな顔の
 ……合点がいった風な三人に、ハリーは置いてけぼりを食らっていた。

「一体どういうことだ……? 人ならざる力?」

 ははたとした。
 そういえばハリーはの力――狼へ変身することなどを全く知らないのである。だからと言って今見せてもいいものかどうか悩んだ。あまり人に見せるべきではないような気もする。しかし、ハリーならば……今のハリーにならば、話しても良いのではないか。

「ハリーさえ迷惑でなかったら、見せるけれど」
「見せる、って……。よく判らねぇけど、そう見世物にしていい力なのか?」
「手伝ってくれたハリーには教えるのが筋かと思ったの」
「……気にならねぇって言ったら、まあ、嘘になるけどよ」

 気遣いと好奇心がない交ぜのハリーの姿を見て、は“大丈夫だ”と改めて感じた。
 その間、広げられた紙の黙読に集中していたエステルが「あっ」と何かに気付き声を上げる。
 たちが彼女を見ると、エステルはとある紙を指さし、

「ここから、明らかに後から書き加えられたような文章が入ってきてます。余白に無理矢理詰め込んだような感じじゃないです? 文体も堅苦しいものから、まるで話し言葉みたいになっている、この辺からです」
「ホントだ。すごい走り書きっていうか……本文より目立ってるような……」
「これは、ドンの字だな。でもこっちの字は……違うな」
「だとするとこの字は、のお母さんのものだと思います。ほら、この文章は一人称が“私”になっていますし」
「あ、それっぽい!」
「つまり、ドンとの母親は、二人して情報を書き足してったってことか?」

 盛り上がるエステル、カロル、そしてハリー。
 も、続いて書き足された文章を読んでみた。次の紙へ行けば行くほど、走り書きは増え、遂には途中から全く別の紙が足されて、そこからは文字も余裕を持って並び始めた。確かに筆跡からして二人の人間のもの。ただ、どちらも豪快さは変わりない。四人の手によって好奇心のままに触れられた紙の順番はあっという間にぐちゃぐちゃになって、しかしそれを今更気にする面子もいなかった。
 ……それでも読み進めるうち、たちは、判ったことがあった。

「お母さん、ドンに力のこと教えてたみたいだね」
「俺が遠慮した意味は何だったんだよ」

 がっくり肩を落としながらも、ドンのメモを読んだハリーの心中では困惑が勝っていた。
 紙中にびっしり綴られていた、ドンと〈銀雪の狼〉の首領・エルナとの交流の数々。先述の人ならざる力の正体や、エルナと手合わせした際の印象や彼女から送られた手紙の一部など、大雑把ながら重要な箇所をドンたちなりに纏めたと思われる状態であった。
 ――人ならざる力。
 もちろんそれについても記述されていた。の母親と、ドンの文字で。
 ――私たちが継ぐ、特殊な術式でエアルを自分の中に取り込む力。そして、よりエアルの吸収と活性に適した姿へと変わる力。流石にドンがびっくりしてたわ!
 ――確かに普通じゃねえ珍しい力だった。まるで何処かの誰かみてぇな姿になりやがった。
 読みながら、ハリーは無意識のうちに微笑んでいた。
 見たことのないの母親と、大切なドンのふたりが、顔を突き合わせながらこの紙に筆を走らせる様子を想像してみる。
 ――ドンと手合わせをした。いまだにアバラが痛い。私みたいな青二才じゃ程遠い! さすが、ドン・ホワイトホース!
 ――手合わせの後、娘を紹介された。母親に似ねぇで、おっとりした娘っこだ。ハリーと同じ歳くらいだろう。

「……ドン、どうして」

 どうして二人は、事細かに会話の内容を書き残したのだろう。
 懐かしさが過ぎていったハリーの胸中でふと沸き立った疑問。
 その答えを求めるように自然とハリーの手は、背表紙代わりにされていた紙を手に取っていた。ぱっと見、何も無いかと思われた厚紙の隅に、今までの筆談に比べて随分と控えめな一文が添えてあることに気付いた。

“私が死んでも、ドンと共に今日思い返し、書き記したこの思い出たちが、少しでもあの子たちの心を温めてくれますように”

 考えるまでもなくそれがの母によるものであることを彼は察した。
 ……何だ、これ。まるで自分の死期が近いみたいな――。
 それ以上ハリーが思考を巡らせる暇はなかった。

「ハリー、どうしたの?」
「あ? いや、何でもない」

 唐突にカロルに声を掛けられ、彼はとっさに紙を折りたたみ、自身の服の隙間に忍ばせた。どうして自分でもそんなことをしたのか判らなかったし、カロルたちにそれが知られなかったことに不思議と安堵した。
 ……何はともあれ、の探し物は見つかったに等しい。
 無邪気に盛り上がる若者たちの姿を、こっそりと部屋の外からうかがう男の姿があった。

「これで一先ず、頼まれごとはひとつ完了したわねぇ」

 二日酔いを訴えていち早く退散したはずのレイヴンである。顔色はすっかり良くなっていて、いつもの調子を取り戻していた。まるで二日酔いの方が演技か何かだったように。
 彼は彼で、一仕事終えた後であった。その結果を確認するために、らの様子を見守っていたのである。
 全てを消されようとしていたギルドの事柄を細やかながら記したものたち。それを、来るべき時、託すべき人物へと届けること。それとなくハリーが確認しそうな場所へこれを忍ばせたのは大正解だった。
 ……願いと共に書類をレイヴンへ託した人物は、最後まで「本当にこれを見せるのが正しいかは判らない」と悩んでいた。
 だがの輝く瞳から察するに、その心配は間違いなく杞憂である。
 そのことがレイヴンも自分のことのように喜ばしかった。
 音もなく彼はその場を後にする。これ以上立ち聞きするのも野暮だ。
 小躍りするような調子で、彼は宿屋へ――ではなく、馴染みの酒場へと向かったのだった。  

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