これは、ユーリたちがダングレストに立ち寄った時の、ひょんな出来事。不思議なお話。
 レイヴンはギルドの知り合いに呼ばれてユニオンへ向かい、は近くの魔物から素材を狩りたいと街の外に行き、ラピードはを心配してついて行った。
 残ったユーリは仲間と共に、さてどうするかと算段し始めた頃だった。

「おねえちゃん、さがしてるの」
「おねえちゃん、しりませんか」

 何処からともなく響いた幼い子供の声。あまりに綺麗に重なったそれが、男の子と女の子、ふたりの子供のものだと気づいたのは、二つの声が背後からしたため振り返ってからのことだった。
 二人が小さかったせいか誰の視界にも入らず、ユーリが面食らったのを見て他の仲間たちも子供らの存在に気付いた。
 おどおどとして今にも泣きそうな少年と、瞳を潤ませながらも気丈に笑っている少女。どちらも明け方の空の藍色に似た髪で、少年のそれは元気に跳ね、少女のそれは二つの三つ編みにされていた。

「なんだ……。はぐれたのか?」
「こんにちは、ふたりとも。お名前聞いていいです?」

 いち早くエステルが、子供らの視線に合わせて屈む。穏やかなエステルの様子に、子供たちはいくらか緊張を解いたようだった。「アルトです……」と消え入りそうな声の少年。「リィーナだよ」元気に少女が続く。エステルはふたりを安心させるように微笑み、頷いた。

「お姉さんとはぐれたんですね? わたしたちでよかったら、一緒に探しますよ」
「ほんとに?」
「やった!」

 跳ねて喜ぶ子供を見ながら、うんうんと頷くエステル。……頷き終えてから花の乙女は、はっとしたように仲間たちを振り返った。

「……良いですよね?」
「こんなに喜ばれて“やっぱやめた”なんて言えねーだろ」

 肩を竦めるユーリの顔が満更でもなさそうなことに、エステルは安堵する。
「騎士団にでも任せればいいのに」と呟くリタに、ジュディスが「良いじゃない」と笑っていた。
 カロルとパティもすっかり協力する気満々であったし、リタひとりが何を言おうとどうにもならないだろう。そしてリタ自身、この場に――レイヴンや、ラピードのように――居合わせなかったならまだしも、成り行きを見てしまったからには協力せずにはいられないお人好しの一人であった。

「……にしても、何だか見たことあるような顔してんのよね。この子達」

 しばらく考えてみたものの、遂にリタが思い当たることは無かった。


******


 ――ユーリたちは全力で街中を探して回ったが、子供たちの姉は見つからなかった。ダングレストが広いとはいえ、手がかりすら掴めず一行はぐったりとしていた。
 エステルが困り果て、アルトとリィーナを見下ろす。ふたりは片時も離れまいというように、出会った時からずっと手を繋いでいた。

「もう一回お姉ちゃんの特徴聞いて良いです?」

 すると二人は、一生懸命に答えた。

「髪がこのぐらいの長さで、やさしいの」
「リボンがかわいくて、料理上手なの!」
「さっきからそればっかだよ……」

 カロルは項垂れた。そう、ずっとこれだった。人探しをするにあたり特徴を知ろうとふたりの姉について尋ねるも、何度聞いても同じ答えしか出てこなかった。髪の長さやリボンはともかく、優しいだとか料理上手だとか、弟妹の主観と姉自慢に近い主張が続いてしまうのだ。
 いつでも楽観的で前向きなパティも「追い込み漁並の八方塞がりなのじゃ」と肩を落とし、リタに至っては言葉さえなかった。
 どうしたものかとユーリも喋らぬ中、そっと口を開いたのはジュディス。

「……そのお姉さんのお名前を聞いても良いかしら?」

 ――一同、目から鱗であった。何故初めに自分たちは、それを確かめなかったのだろう。道中でもそれに気付かなかったのだろう。まるで『名前』という特徴についてすっかり忘れていたかのように、誰もここまで口にすることが無かった。いつ泣き出してしまうか分からない二人に対して気を遣っていたにしてもおかしい話だ。
 そんな違和感はともかく、カロルは光明と言わんばかりに顔を輝かせた。

「そうだよ、名前わかったら大きな手がかりだよ!」
「だな。お前ら、姉ちゃんの名前わかるよな? 教えてくんね?」

 ユーリは、子供たちを見た。出会ったときにエステルがしたように、屈んで視線を合わせる。そしてその時に……妙な既視感を覚えた。

「何か見たことある気すんだよな、こいつら……」
「あんたも? あたしもなんか見覚えある感じすんのよね」
「リタもユーリも、どうしたんです?」

 ユーリとリタの視線を受けて、子供たちは瞬きした。そっくりな顔を見合わせて、また正面を向いて、また見合わせる。その横顔も何だか見れば見るほど“何か”に近い気がして、しかし出てこない。
 悩むユーリと考え込むリタを心配しつつ、エステルが子供たちに改めて尋ねる。

「アルトくん、リィーナちゃん。改めてお姉さんの名前聞いてもいいです?」

 子供たちが「うん、お姉ちゃんは、」口を開いたその時――。

「も~、みんなして何処行ってんのよ~!」

 ぺたぺたと緩い足音を立てながら近づく暢気な声があった。確かめるまでもなくレイヴンである。一つに結い上げたぼさぼさ頭を揺らしながら、レイヴンはまた叫ぶ。

「おっさんがユニオン行ってる間に、置いてくなんてさ! あちこち探したわ!」

 恐らくアルトとリィーナの姉探しをしている最中にレイヴンの用事は済んだのだろう。合流しようとするレイヴンと、人探しをするユーリたちは見事に今の今まで入れ違っていたようだ。
 抗議するレイヴンに、ユーリは嘆息した。

「置いてってねえよ。もラピードと外行ってて、まだ戻ってねえし」
「あらそうなの? じゃあ急がなくても良かっ――」

 ふとレイヴンの言葉は途切れた。その顔が一瞬で凍りつき、一点を凝視したまま動かなくなる。
 凍り付いたレイヴンに、「おっさん?」ユーリが訝しげに首をかしげる。その視線を辿ると、レイヴンは、アルトとリィーナを見つめていることが分かった。

「レイヴン? どうしたの?」

 カロルが問いかけるも、レイヴンは心ここにあらずといった様子だ。他の仲間たちも呼び掛けるがまるで届かない。
 レイヴンは二人の子供に歩み寄っていった。信じられないものを見るような眼差しを向けるレイヴンに対して、先ほどまでいつ泣き出すかもわからなかった子供たちは、笑顔を浮かべていた。まるで知っている人間に出会い、安堵したかのようにほっとした、嬉しそうな様子だった。

「何で、二人とも……」

 問いかけるレイヴンの声は震えていた。姉を探して不安がっていた弟妹の顔はすっかり晴れやかだ。

「えへへー」
「ないしょなのー」
「本当に、どうして、ここに……」

 おそるおそるレイヴンが伸ばした手を、子供たちが優しく握る。
 知り合いなのか? ついて行けず、ユーリたちが見守るしかない中、アルトとリィーナは微笑みながら答える。

「あのね、お姉ちゃんは、ぼくらのためにいっぱいムリしたの」
「だからね、もうムリしてほしくないの。心配なの」
「ぼくらね、やさしいお姉ちゃんがだいすきなの」
「でね、ずっとにこにこしててほしいの」

 交互に言葉を紡ぐ二人を見据えるレイヴンの目が揺れる。言葉にならない感情が彼の胸中に込み上げていた。ただ静かに、子供たちの願い事に耳を傾ける。
 ユーリたちは、ますます混乱するばかり。
 それを感じ取ったのか、子供たちは、顔を見合わせてにっと笑った後、ユーリとレイヴンたちに向き直った。

「だから、これからもよろしくお願いします。――お姉ちゃんのこと!」

 レイヴンの手を離し、子供たちは元気よく頭を下げた。
 ――お姉ちゃん?
 呆気に取られるユーリらを他所に、くるりと踵を返し、駆け出していく。
 ただ一人何か知っているらしいレイヴンが、待ってくれ、と手を伸ばすも空を切る。
 ……程なくしてアルトとリィーナの姿は、ダングレストの街並みに溶けて消えてしまった。遠ざかって見えなくなったのかもしれない。だが二人の消え方は、文字通り溶けてしまったように唐突で、鮮明だった。
 この状況で誰も動けずにいた。言葉も出てこない。
 そこに、近寄る影がふたつ。

「ワンッ」
「あれ、みんな」

 素材狩りから戻ってきたラピードとであった。
 誰からともなくを見た。そしてアルトとリィーナの姿を重ねた。髪の色。顔立ち。最後に二人が口にした“お姉ちゃん”という言葉。
 そう言えばは以前、弟と妹がいたと話していた。そしてレイヴンはそれを知っていた。名前までは聞いていなかったが、弟は内気で妹は活発だったとしみじみ二人は語っていたように思う。
 ……ユーリがに弟妹の名を訊ねると、こう返ってきた。

「弟はアルト。妹はリィーナ」

 そして二人にどう呼ばれていたのか聞くと、やはりこうだった。

お姉ちゃんって」

 各々の頭の中でぐるぐると巡る現状は、これらの返答により、遂にひとつの共通した結論に達した。
「まさか、まさかね……」カロルが首を振る。
「弟と妹がいるとは聞いてましたけど……」俯き、考え込むエステル。
「ひ、非科学的よ、有り得ない」何故かリタは青ざめていた。
「似ているわね、とっても」対してジュディスは楽しげだった。
「……マジかよ」ユーリは全ての感情を一言に内包していた。
 そして、レイヴンがを見た。

「……ちゃん」
「えっ? は、はい? どうしたの? 皆もレイヴンさんも、どうしたんですか?」
「……うん、俺ね、言いたいことがあって」

 困惑するに、レイヴンは歩み寄り――両手を取った。
 きゅっと握られた手とレイヴンを交互に見ながら、は更に戸惑った。白い頬が茜空の光とは別の赤みを帯び、その熱は手を通してレイヴンにも伝わる。
 真っ直ぐを見据えたまま、レイヴンは言い放った。

「俺、絶対ちゃんを幸せにするから」

 それまで呆然と成り行きを見守っていたリタが、我に返り、鮮やかなまでのスピードでレイヴンに手刀を叩き込んだ。
 急な質問や仲間の態度を不思議がるに、皆どう説明すべきか悩みに悩んだ。が、衝撃で正気に戻ったレイヴンが叫ぶ。

「お願いだから秘密にしといて!!」

 も「じゃあ良いや……」と追及せずに終えてくれたため、ユーリたちは、落ち着くまで十分に混乱と戦った。そして、大好きな姉を死してなお想って現れた子供たちの願いを、当人には隠したまま仲間たちは共に抱えることを決める。

に変なことしたらあの子たちがまた来たりしてね」
「あ、あんたこそ変なこと言わないでよ!」

 いつも通りなジュディスと、彼女に翻弄されるリタのやり取りに、何となくユーリは安堵を覚えていた。

Top