はチップに運ばれていた。いつも大移動をするときのように背負われているのではなく、まるでお姫様のように抱きかかえられている。必然的に彼の首へ腕を回す形になり、ぴたりとくっつかなくてはならない。
それをチップは楽しそうに笑って見つめていた。
「べたべたじゃねえか」
「バランスを保つにはこうするのが一番なんですぅ~」
「まあ良いけどよ」
チップは引っ付いてくるの額にキスをした。さりげない行動には驚き、顔を赤くする。
「ちょ、ちょっといきなりそういうの卑怯!」
「良いだろ、そういう仲なんだから」
あっさりと言うチップに、はますます顔を赤くするしかなかった。
そういう仲というのは、つまり端的に言うと恋仲である。
東チップ王国に保護され、チップと共に過ごすうちに、はチップを一人の異性として好きになっていた。もともとチップには他を惹きつけて止まぬカリスマ性があり、それ故にアンサーや他の国民もこの国へいるようなところがあった。もそのカリスマ性に惹かれたひとりだ。惹かれに惹かれ、それは友愛を超えた。
「チップは好きな人とかいないの?」
修行の合間、休憩中にが尋ねた時。手裏剣を投げ、見事的にヒットさせながら、チップはを振り返った。
「こういう時は“オマエだ”って言やいいのか?」
質問に質問で返される。しかもたちの悪い内容だった。
は唇を尖らせて呟いた。
「からかわないでよ……」
「からかってねえよ」
またひとつ手裏剣が投げられ、先ほど命中させた手裏剣の隣にカンと刺さる。
は呆然とその様子を眺めていた。
「からかってないの?」
「からかって欲しかったか? なら質問を間違えてるな。それと表情も」
また手裏剣が放たれる。的に三つ並んだ。
「んな顔で訊かれちゃ、真面目に答えねえ訳いかねえだろ」
チップはの前に屈むと、彼女の細い顎を掴み、くいと上げた。
そうして、きょとん顔のの唇をあっさり奪う。
唇が重なっていた時間はほんの僅かだったが、には何十秒ものことのように思えた。
……唇が離れた時、は、戸惑いながら尋ねる。
「どんな顔、してたの、私」
チップはにやりとした。
「物欲しそうな顔」
は真っ赤になって、チップの手を払いのけた。
――チップと思わぬ形で相思相愛となってから、は大いに戸惑いながら生活している。
思った以上にチップは積極的だった。あの日の言葉に嘘偽りなどないと証明するかのように。
後ろから呼びかけられて顔を上げたらそのままキスをされた。
朝にわざわざ起こしに来てくれた時、なかなか起きなかったらキスをされた。
手裏剣がようやく的にヒットすると、お祝いだとキスをされた。
そんな調子で、今日も今日とてチップは積極的だった。現にを抱えて走り回っている。
「俺の嫁~ってか!」
「よよよ、嫁!?」
「嫁で良いだろ、好き同士なんだからよ」
他の国民たちに「お熱いねぇ~」だとか「焼けるねぇ~」だとか声を掛けられながら、チップは走っていた。は出来れば早く下ろしてほしかったが、チップの目指している場所が何処か分からず戸惑うばかり。
鼻歌交じりにチップは呟く。
「ん~。軽すぎてこれじゃ修行になりゃしねえ」
「は精神力の修行をさせられてる気分です……」
「初心だなァ」
「チップが逞しすぎるの、色々と!」
チップは「そうかい」と嬉しそうに笑った。褒めたつもりではないとはむくれる。
何処へ向かっているのかが判明したのはもう少ししてからだった。
のテントである。
「ほらよ」
その場で下ろされて、は戸惑いながらも自分のテントに入る。……と、チップも一拍遅れてテントへ入ってきた。が振り返るより早く、チップはを捉える。中途半端に振り返ったまま抱きすくめられたは瞬きした。
「どうしたの?」
「どうしたって……このまま帰すだけだと思ってんのか」
腰に手を回され、顎にもう片手をかけられ、は身動きできなくなった。
「ちょ、ちょっとチップ」
「口開けろ」
言うや否やチップは強引に唇を重ねてきた。は目を見開いた。開けろも何も喋っている途中だったので口は開いている。
やはり強引に割り込んできた舌に抵抗することも出来ず、の舌はチップの舌に絡めとられた。
舌先から痺れるような感覚がする。はくらりとして、思わずチップにしがみつく。
その間もチップはの口内を撫ぜるように舌を動かし、再びの舌と絡めては、深いキスを楽しんでいた。
――チップは私が嫌がるようなことをしない……。
吐息が隙間から漏れる。
「ふぁ、んっ……」
「……苦しいか?」
「だいじょうぶ……」
の返事を確認して、チップは再び口づける。
――だったら、これは私が望んでるってことになるの?
は急激に恥ずかしくなってきた。チップにされるがままになっているのも、支えられなければ今にも膝から崩れ落ちそうなのも。全てが恥ずかしくて照れくさくて、たまらない。
チップは片腕でを抱き上げると、ベッドへと向かっていった。
「んっ!?」
は驚いた。ベッドに寝かされて口づけされると、より深く彼と繋がっているような感覚に陥った。崩れ落ちる心配はなくなったが、別の心配が過る。
――このままだとどうなっちゃうの?
チップにしがみついたまま、は困惑した。
そんなを他所に、チップは、とのキスを楽しんだまま、彼女の服に手をかける。
パチリとボタンがひとつ外れる音を聞いたとき、はハッとした。
「んんんっ、ストップ!」
チップのキスから逃れたが叫ぶ。
んだよ、とチップは短く言った。
「んだよ、じゃないよ! な、なな、何する気!?」
「何って……決まってんだろ。セッ――」
「ぎゃーーーー!!!!」
チップが言い切る前には叫んで遮った。真っ赤である。
「生々しい! 言わないで! 言うな言うな!!」
「聞いてきたのはオマエだろ?」
「私が悪うございましたっ!」
体を丸めながら、耳を押さえながら、は謝罪した。
確かに流れ的にも雰囲気的にもそうだろう、聞いた自分が間違いだった。
おそるおそるチップの顔色を窺うと、ぎらぎらとした獣のような眼差しとぶつかって、は息を呑んだ。腰が引ける。
「まさかここまで来て『おあずけ』とか言わねぇよな?」
「……い……」
「うん?」
「言いますっ!」
再びが叫ぶ。
「言います、ここでストップ、おあずけですっ! これ以上は私がもたない! チップがそのドキドキするぐらいギラッギラの目をしていても、は今はこれ以上は無理ですうううっ!!」
「はぁ!? おい嘘だろ、!」
「嘘じゃありません~~~~!」
外されたボタンを付け直しながらは両手を掲げてバツの字を作る。そのバツの字をぐいぐいとチップの胸に押し当てて、無理矢理起き上がった。
「、分かった、分かったから落ち着け」
チップに両肩を抱かれ、渋々は大人しく両手を下げる。
はあ、と溜息を吐いてからチップは言った。
「じゃあひとまず今日はシねぇよ。約束する」
「今日だけじゃなく私の心の準備が出来る時まで我慢してくださいーっ」
「そりゃ当然だ、無理に及んでオマエを傷つけたくねぇからな」
でもな、とチップはの顔を覗き込む。
「それだったら、あんまり俺を誘うような素振りはするんじゃねえ。あんまり無防備ですぐちょっかいかけたくなっちまう」
「は? え? そんなこと言われても……」
「……言っても無駄か」
やれやれと頭を掻くチップ。
困惑して首を傾げる。
「無防備も何も、チップの傍でそんなに気を張らなくちゃだめなの……?」
「そうじゃなくてだな、うーん、何て言やいいんだか……うん、俺が気をつける。俺が我慢すりゃいいだけなんだよな。たまに我慢できなくなってちょっと手ぇ出すかもしれねえが、許容しろ。恋人だろ」
「な、内容によるけど……」
「アンサーにお小言言われる程度の内容で済ますさ」
アンサーの名前が出てきては少し安堵した。先の行為から完全に距離が離れていることを感じたからだ。
ちなみにお小言というのは、場所もギャラリーも気にせずチップがをホールドしたりキスしたりした時にもらったものがほとんどである。
「場所を選べ、TPOを弁えろ、このバカ大統領。……っていうか私がいるんですが!? 私は空気か何かですか!」
真っ赤になったアンサーが叫んでいたのを思い出して、はくすくすと笑った。つられたようにチップも小さく笑っている。
は頷いた。
「分かった。アンサーのお小言で済む範囲ね。それなら大丈夫だと思う」
「勘違いするなよ。お小言もらう前提だからな」
「分かってるの」
もう安心だと思うと、の警戒心はすっかり和らいだ。ベッドの上で向かい合うチップに向かって、めいっぱいに腕を伸ばして飛びつく。小柄なの突進を受けたところで、チップは痛くも痒くもない。
――こういうとこなんだよな。
無防備に身を預けてくるを抱き締めながらチップは考えた。
……思い出したのは、がこの地へ来て間もない頃のことである。たった一日で怪我という怪我を治癒させ、周囲の人間に会いに行くほどアクティブだった。その心底にあるのは、引っ込み思案で過ごすことで周囲に溶け込めなくなる不安より、無理にでも体を動かして交流を試みたいという、彼女なりの生き方。今までよほど誰にも関わらずに生きてきたのだろう、距離の測り方が拙かったり、詰め方がやや強引なところもある。
喜怒哀楽の喜と楽に特化したその性格は、怒りや悲哀を覆い隠すためのもの。
はよく人に抱き着く。スキンシップのひとつとして珍しいことではないのだが、を特別視するようになってから、チップは正直、それをあまり快く思わなかった。言ってしまえば妬けるのだ。自分でも大人げないとは思い我慢していたが、アンサーに飛びつくを見た時、危機感を覚えた。
がチップに惹かれていたように、チップもまたに惹かれていたのである。
だから、手裏剣の修行の最中、「好きな人はいないの?」と聞かれた時に、今を逃してなるものかと思った。
――やや強引に重ねた唇からは花のような香りがした。
今でもの香りは心地よいとチップは思う。よく動き回る彼女からは『陽』の香りがする。
その香りを感じると、酷く落ち着いた。
「なあ、ちと寝ねぇか」
「え?」
抱き着くに、チップは提案する。
「いや、今こうやってお前を抱き締めて寝たらきっと気持ちいいだろうなって」
駄目か? と尋ねると、は満面の笑みで「いいよ」と返してくれた。
「なあに、チップ。断られると思ったの?」
「いやだってよ、機嫌損ねちまったかと思って」
「損ねてないよ。が準備できてないだけだってば」
それを証明するように、はチップに顔を寄せ、顎にキスをした。
「……本当はちゃんとしたかったけど、恥ずかしいから許して?」
「お、おう……」
チップは僅かに頬を赤くしながら頷いた。上目遣いで「許して」なんて言われて、許さずにいられるだろうか。
は改めてチップに身を委ねてきた。チップもそれに応えて、を抱きかかえたままベッドに横になる。
「わぁい、チップの腕枕」
「ちとオマエにゃ高すぎるか?」
「高くてもいいもんね」
無防備に笑って見せるを見て、チップはぐっと様々なものを堪えた。もう一度キスをしたくなる衝動を堪えているうちに、の方が目を閉じてすやすやと眠り始めた。
チップも寝ることを提案した手前、そうせずにはいられない。まだ昼間で、それほど疲れてもいなかったが、瞳を閉じてみた。小さな、しかし確かな温もりと優しい香りを感じて、心は酷く落ち着いていた。
眠りにつくのはさほど難しくなかった。
結局二人は、夕食の時間、アンサーが起こしに来るまでぐっすりと眠り続けた……。
Top