真面目な空気。真剣な空気。
じっとこちらを見据えるアンサーに、は、どう答えるべきか迷っていた。
迷っているうちにアンサーは口布をずらし、その端正な顔を露わにした。
「」
真摯な眼差しには視線を逸らせなくなり、返事の代わりに、うう、と小さく唸り声をあげる。
紳士的に自分を抱き上げてくれるアンサーの首に腕を回し、ぎゅっとくっついた。照れくさくて、恥ずかしい。の心臓はばくばくと強く鼓動していた。
その心音が伝わっているのだろうか。アンサーは僅かに笑い声をあげる。
「そんなに緊張することないでしょう」
「するもの」
「何を今更」
「するものなの!」
そのままベッドまで運ばれて、はいよいよ体を強張らせた。
を下ろしたアンサーは、潤んだ瞳で自分を見上げてくるの髪を優しく撫でる。くすぐったそうにが頬を緩ませたのを見て、そっと安堵した。
「、可愛いですよ」
「アンサー、冗談はいいの」
「心の底からそう思ってる」
「……急にそういうのは、ズルイと思う」
まだまだが緊張していると見て、アンサーは彼女の髪を撫で続けた。気持ちよさそうにはアンサーの手にすり寄った。人慣れした猫か何かの様だ。
しばらくそうやっていると、ようやくはベッドの上で体から力を抜いた。アンサーのベッドの上で無防備に体を投げ出し、アンサーに撫でられるがまま。
もうそろそろ良いだろう、とアンサーはの頬を撫でた。つつ、と指先を滑らせ、彼女の顎を掴む。
「あ、アンサー」
「私も男ですから」
「うん、分かってる、けど……」
返事を聞くか聞かないかの時点でアンサーは動いていた。震えるの唇に自分の唇を重ねて、声を奪う。
それだけでは真っ赤になった。
唇から、触れる僅かな肌から、の体温の上昇を感じてアンサーは内心笑う。……なんと初心なんだろう。
の唇を押し開くのは容易だった。舌で歯列をなぞり、口を開くよう促すと、はおずおずと口を開いてアンサーを受け入れた。
「ふ、う……」
の漏らすつたない吐息がアンサーをぞくりとさせた。逃げ惑う小さな舌を絡めとって、口内を丁寧に蹂躙する。ぴく、ぴく、との体が震えていた。アンサーの肩を掴み、刺激に耐えるさまがいじらしい。
――キスだけでこれならば、先に進んだらどうなるのだろう。
アンサーは少しだけ心配になった。長命だとか何だとか言い張るも、こうしていればか弱い小柄な少女だ。アンサーに口づけられただけで真っ赤になって、息もたえだえになって。
――壊してしまいそうだ。
それでも一度火のついた欲求を留めるつもりはなく、アンサーは片手をの足へと伸ばした。膝上まであるブーツとソックスを器用に脱がし、やわやわと肌を撫であげた。ぴくりとが反応したのを確認しつつ、するりと手を上へ上へと滑らせていく。そうして彼女のスカートの中に手を差し込んだ時だった。
「っ、ストップ!」
アンサーのキスから逃れ、が叫んだ。
突然のことにアンサーはぽかんとした。ばしばしと肩を叩かれ、「ストップなの!」とまた叫ばれたところで、渋々服の中に差し込んだ手を引っ込めた。
荒い息のまま、は言う。
「やっぱりだめ、恥ずかしい、無理っ」
今にも泣きそうなほど瞳を潤ませて、は首を振った。
「き、キスしただけでこんなにドキドキしちゃってるのに、これ以上だなんてっ、もたないの!」
「や、優しくしますから……」
「そういう問題じゃないの! アンサーが優しくてもおっかなくても、だめっ!」
そう言われれば言われるほどアンサーの方はたまらないのだが、の意思は固いようだった。
アンサーは困った。力づくで事に及ぶほど彼は非情ではなかったし、だからと言って一度火のついたものを押さえ込むのも難儀だ。一番の解決方法はが恥ずかしさもドキドキもこらえて同意してくれることなのだが……難しい。
アンサーに組み敷かれながらもはじたばた暴れていた。
「はこれ以上されたら死んじゃいます! そう思います!」
「し、死ぬだなんて大袈裟な!」
「だって、こんなカッコイイ顔を間近で見続けて、可愛がられ続けるなんて、そんなの、惚れてたら当然なおのことそうなっちゃうでしょ!」
どさくさに紛れて褒められ、悪い気分はしなかったが、高揚した別の気分の方はそれで大人しくなるわけでもない。
アンサーはひとまずを抱き締めた。抱き締められて、は急に静かになる。
「落ち着いて、。そこまで言うなら無理にとは言いません……」
「アンサー……」
「かなり、かなり無理矢理ですが、私は私を抑えます。かなり不本意で苦しいですが」
「お、恩着せがましい……」
「恩着せがましい!?」
今度はアンサーが叫ぶ番だった。
「雰囲気的に『いいよ』って感じを出されて、キスでもうトロトロになっちゃって、ああこれはイケるなようやくだなって思わせておいて急に『ストップ』かけられたこの、私の気持ち分かります!? 私だって男だって言いましたよね? そりゃ人並みに性欲だってありますよ、ええ、ええ! こんなに愛くるしい愛おしいと思って常日頃見守り続けていた貴女を組み敷いて密かな歓喜に震えた私の気持ち、何だと思ってるんですか! ああ畜生、断り方まで可愛すぎて文句がつけづらいですよ!!」
「じゅ、十分文句つけてると思うけど……ごめんね……」
ううっと呻きながらアンサーはの肩口に顔を埋めた。はそんなアンサーの背中に腕を回して、ぽんぽんと子供をあやすように叩く。
「今までものすごく我慢してきてるんですよ……私……」
「うん、うん」
「激務の合間にようやくできた時間なんですよ……」
「うん、うん……。休んだ方が良くない?」
「……好きな人と触れ合って癒されたい気持ちを察してください」
「は、恥ずかしい……。面と向かって言われたら恥ずかしいよ」
ついでに言うと、ぎゅうっと抱き締められてはいささか苦しかった。それでも、自分の拒否でここまでアンサーが落ち込んでしまった責任のようなものを感じ、文句は言わずに抱き締められ続けている。
困ったは、ひとつの提案をした。
「じゃあね……アンサー、このまま私を抱っこして寝るのはどう?」
良い提案だと思った。は、疲れているアンサーに必要なのは睡眠・休養だと思っている。しかしアンサーはと触れ合いたいと言う。ならばこのまま自分が抱き枕の代わりになれば解決するだろう。
しかしアンサーは渋い顔をした。
「駄目だ……。ちょっかいをかけない自信がない……」
「なんて弱い心!? ……ああ、ごめん、ごめんってば。ちょっとくすぐるくらいなら大丈夫だから」
「お触りオーケーということですか」真顔でアンサーが言う。
「程度によっては恥ずかしさで退却するけど」真顔では返す。
すると、
「わかりました」
と、アンサーはを抱きかかえたままベッドに横になった。はアンサーの腕枕に世話になりながら、そっと彼の胸に身を寄せる。その仕草が彼にとっては何やら響いたのか、「くっ……」と声を漏らしていた。
アンサーより先に、が眠りに入る。は先ほどまでの動揺がどこへ行ったのか、アンサーに包まれている安心感からか、すやすやと気持ちよさそうに寝息を立てていた。
無防備な想い人の寝顔に、アンサーはつい微笑みをこぼす。頬をつつくと、むにゃ、と子どもっぽい声をは漏らした。
高まりに高まった感情のほうは、予想以上に穏やかに静かに落ち着いていった。
自分も眠ろうと思ったのだが、これはこれで貴重なが見られると考えると、何だか眠るのがもったいなく感じられた。
初めて会った時は何処か怯えがちだったのが、すっかり心を許されている。
アンサーは改めて、を救うことができて良かったと思った。
怪我もすっかり治り、表情の陰りも減り、東チップ王国のひとりとして懸命に働く。
他の国民たちにも評判は上々で、よく「ちゃん」と声を掛けられているのを見ることがある。中にはアンサーのように好意を抱いている者もいるだろう。
「……抜け駆け、になるんだろうか」
腕の中で眠るを見て、アンサーは呟いた。
アンサーがに特別な感情を抱き始めたきっかけは、特にこれと言ってない。共に過ごすうちに、気が付くとが特別な存在になっていた。それだけだった。しかし同時に焦った。チップもまたアンサーと同じぐらい、と共に過ごしていたからだ。
――お頭はもしかしたら。
――はもしかしたら。
二人は仲が良かった。チップのカリスマ性はをも惹いて止まなかったのだろう。
――これ以上、二人の仲が進展したら。
急くようにアンサーは自分の想いをに告げた。
『、私はあなたを一人の女性として好いています』
『……私もアンサーが好きだよ』
その場で恥ずかしそうに答えられた時は夢かとも思ったが、決心して良かったと胸を撫で下ろした。
勘のいいチップには、伝えずとも二人の雰囲気が変わったことを悟られた。
『お前ら、なかなかお似合いだと思うぜ』
そう言って肩を叩かれた時、初めてアンサーは自分の思い切りの良さに顔を赤くした。チップの気持ちいいぐらいの笑顔は今でも記憶に残っている。
そして改めてを見つめ、アンサーは思う。
――ああ、あの時決心したのは間違いじゃなかったんだ。
穏やかな寝顔の彼女に、そっと口づける。髪に、頬に、指先に。は少しくすぐったげだったが、起きることは無かった。
『おあずけ』は厳しいが、こんなのんびりした時間も良いかもしれない。
そう思いながら、アンサーも瞳を閉じた。
*****
……起きるのは、の方が早かった。
ぱちりと目を開けた瞬間、端正なアンサーの寝顔が目に飛び込んできて、うっと小さく声を上げる。以前より美形、それもかなりのものだと知っていながら、未だなおは、アンサーの顔立ちにときめかずにいられなかった。
別に面食いだというわけではない。それでもときめくものはときめく。
――好きな人なんだもの。
よほど疲れていたのだろう、アンサーの眠りは深いようだった。が多少身じろいでも起きる気配はない。
「アンサー、ゆっくり休んでね」
ここで抜け出ようかと試したが、下手にもがいてアンサーを起こすのはしのびない。それにしっかり抱き留められていて出来そうにない。抱き枕になることを自ら提案した手前、抜け出しては約束を反故にしてしまうのと同じだと気づいて、はそっとアンサーに寄り添った。
しかし起きてしまうとすることが無くて暇だった。
また眠ろうともしたが、眠気はすっかり飛んでいる。
じっとアンサーを見つめるしか、やることがない。
「かっこいいよなぁ……睫毛長いなぁ……」
そっと彼の頬に触れると、じんわり体温が伝わってくる。
何だかはうずうずした。何かしたくて仕方がない。何をしようか色々と考えて……やられっぱなしでは悔しいからと、キスをしてみることにした。少し体を動かして、角度を考えると、次はどこにキスしてみようか考えた。考えに考えて、恥ずかしさから頬でも唇でもなく、彼の顎へそっとキスをした。
ほんの少し触れるだけの、ささやかなもの。
キスに成功すると、はそっと両手で自分の口を覆った。くすくすと笑いがこぼれる。
「仕返しなの」
仕返しが上手くいったこと、バレていないことに満足すると、はそっと瞳を閉じた。
眠くはなくとも、アンサーの腕枕に世話になるのは心地いい。
……そう思った。
実はアンサーが起きているとは気づきもせずに。
アンサーは震えそうになるのを堪えながら、思っていた。
(……何だ、今の! 今のは!!)
ぼそぼそと褒められているうちはまだ良かったが、顎にキスをされたのをきっかけに心の方が落ち着かなくなってきた。
(可愛いが過ぎる! 過ぎるんだが!?)
アンサーはたまらず、寝ぼけているフリをしてを力強く抱き締め直した。
間抜けなは見事寝ぼけているのだと勘違いして「ふふっ」と笑いをこぼしている。それどころか、すり寄って来る。本当に猫のようだ。
「アンサーも子どもっぽいところがあるんだなぁ」
などと呑気に呟く。まったくの善意である。
それすら愛おしく、ひそかに耐えるアンサー。我慢していたものが瓦解しかけている。
……ふたりの微睡みは、しばらく続いた。
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