七夕という行事がある。天の川で分かたれた織姫と彦星が7月7日の夜、どこからかやってくるカササギたちがかける橋を渡って会うことができる日。しかし雨が降ると天の川の水かさが増してしまい、二人は会うことができなくなってしまう。
そもそも別れて暮らす羽目になったのは、結ばれた二人が今までの仕事を全くしなくなってしまい、神様の怒りを買ったことだという。
は、織姫も彦星も神様も極端なものだと思った。夫婦生活が楽しくて仕事を放り投げるのも、だからと言って年に一度しか会えないのも、極端すぎる。
「週に一回ぐらいは会えればいいのにねぇ」
「それじゃ有難みが無いんでしょう」
呟くの代わりに笹を立てながら、アンサーは返す。『プレジデント』の横に立派な笹が立てられた。取って来たのはチップである。が何となしに「明日七夕かぁ」と呟いたところ、「タナバタ!」と勢いよく飛び出していき、笹を刈ってきたのだ。
「七夕にゃ笹を立てて願い事を書いたタンザクを下げるんだろ?」
「そ、そうだけど……」
「国中の奴らに書いてきてもらうぜ! 笹のセッティングは任せた!」
アンサーとにそう言って、チップはまた出かけていってしまった。
なので、仕方なくアンサー、楽しそうには、七夕の用意をすることになった。
は先ほどから、折紙であみかざり、提灯、星などを作っている。器用にが折紙をするのを見て、アンサーは瞬きした。
「それは……?」
「短冊だけ吊るすんじゃさみしいでしょ? 飾り作ってるの」
「なるほど。良いですね。ですが住民全員の短冊を吊るしたら場所が無くなるのでは」
「……余計だったかな」
手を止めるに、いえ、とアンサーは首を振った。
「願い事だけ笹に押しつけるのも強欲というものでしょう。もう一本笹を取ってきますよ。それで何とかなるかと」
「うん、ありがとう」
アンサーが出かけると、ちょうどチップが入れ替わりで戻ってきた。本当に住民全てのもとを回ってきたのだろう、大量の短冊を抱えている。
「これ全部飾れるか? もう何本か笹あった方が良さげか?」
「アンサーが一本取りに行ってる最中だよ」
「おっ、じゃあ何とかなるか! って……何作ってるんだ?」
短冊を抱えたまま、チップはの手元を覗き込んできた。
「七夕飾りだよ。簡単なやつ」
「おっ、これ提灯じゃねえか!? スゲェな!」
飾りの中から提灯をつまんでチップは目を輝かせる。その後に、星、あみかざりたちを同じようにつまんでは興味深そうに眺めていた。
「そんなでもないよ~」アンサーだけでなくチップにも褒められ、は悪い気はしなかった。むしろご機嫌である。
飾りづくりを終えたは、チップの持ってきた短冊を見た。
「短冊さげよっか! いっぱいあるし早く全部やっちゃわないと」
「だな、高いところは俺が何とかすっから、オマエは手の届く範囲に頼むわ」
「うん」
短冊を吊り下げ始めると、アンサーが、チップの持ってきたものと同じぐらい大きな笹を抱えて戻ってきた。
「お頭、戻ってましたか」
「おうよ。今短冊を飾り始めたとこだ。それも早く立てちまおうぜ」
大きな笹も、チップとアンサー二人がかりだとあっという間に立った。は歓声を上げる。
「豪勢だねえ、明日のご飯も雨が降らなかったら豪勢にしようねえ!」
の手の届く範囲は非常に限られている。笹の下に集中している飾りや短冊の位置をそっと直しつつチップが尋ねた。
「どうして雨が降ったらいけねえんだ?」
「だって織姫と彦星が泣いてるときにご馳走食べてたら何だか申し訳なくない?」
「ロマンチストですねぇ」
しみじみとアンサーが呟いた。
は少しばかり顔を赤くする。
「だって、お仕事頑張ってきて、一目惚れしあって、せっかく夫婦になれて喜んでたら『働かないから引き離します』って可哀想じゃない……。だから一年お仕事頑張って来て、明日ようやく会えるのに雨が降って会えなかったらますます可哀想だよ……」
その感情の入りように、アンサーは目を細めた。
「なんか呑気に短冊書いてたら申し訳ない気がしてきますね」
「明日は晴れるから大丈夫だろ。なんなら、てるてるボウズでも作るか?」
「安心してください。お頭の天気予報は当たりますから心配いりませんよ」
二人の言葉に、は心底ほっとしたように微笑んだのだった。
単なる伝承、単なる行事、と分かっていても、はついつい空の上の二人のことを考えてしまう。なにせ二人とも最初から働かなかったわけではない。働き過ぎるくらい働いていた。それを夫婦生活に少し現を抜かしたからといって引き離されて、年に一回だけ会うことを許されただなんて。しかも雨が降ればカササギの橋はかからず、二人は来年まで出会えない。下手をすれば来年も雨の可能性がある。あんまりだ。
がぼんやりしているうちに素早い忍者二名の行動力により短冊はすべて飾られた。の作った飾りも満遍なく飾られ、笹を彩っている。
「特にこの飾りがイイな! 、ありがとうな!」
「ううん。チップとアンサーこそ、笹を取って来てくれてありがとう」
「どういたしまして」
はにっこり微笑んだ。
「明日は夕ご飯に、ちらし寿司作るからね!」
「スシ!」
の宣言に、チップはガッツポーズをとる。本当に日本食が好きなのだ。作り甲斐があるというものである。
そうして七夕の準備を終えた三人は、いつものように夕食を終えると、各々のテントへと戻った。
……あっという間に七夕当日がやって来た。チップの予測通り、天候は晴れ。雲一つない晴天だった。
「今日なら織姫と彦星も出会えるねえ」
ほっとする。今頃空の上で、ふたりも浮足立っていると思うと何だか微笑ましかった。
一日中はにこにこしていた。かつての日本での風習を行えること、チップとアンサーと過ごせること、何より今日が晴れていること。そのにこにこは、夕食を終えてなお続いていた。
たらふくちらし寿司を頂いたチップは横になっている。
アンサーは空の様子を気にしている。
ちらちら空をうかがうアンサーを見て、はにやにやした。
「アンサーも二人のこと心配なの?」
「正しくは、二人を心配するが心配、ですね」
にやつくの額をちょんと小突いて、アンサーは笑った。
「私?」
「ええ。雨でも降ったら途方もなく落ち込みそうですから。……まあ、その心配はなさそうですけど」
テントの入り口からアンサーが空を覗くのを真似て、も外を覗いた。
……空に星が瞬き始めている。
「もうそろそろかな?」
「もう少ししたらじゃないですか?」
「今日は月も無いし、きっと綺麗な天の川が見れるよね?」
「そうだと良いですね」
二人が話していると、急に後ろでチップが跳ね起きた。うーんと伸びをしたチップは、入り口に立つアンサーとを見てにっこりと笑う。
「そろそろ行くか! 天の川スポット!」
腰に手を当てて立つチップに、は驚いた。
「ええっ、そんなのあるの!?」
「お頭のことです。調べておいたんでしょう」
「まあな。が喜ぶかと思ってよ」
「喜ぶよろこぶ~!!」
はしゃぎながらはうんうんと頷いた。この東チップ王国は自然が豊かだ。人工光も少なく、場所さえ分かれば素人でも綺麗な天の川が見れるだろうとは考えていたが、既にチップが場所を調査済みだったとは。気遣いには嬉しくなった。
チップを先頭に、、アンサーと並んで歩いて行く。今日は背負ってもらわなくてはならないほどの遠出ではないようだ。
「俺がいいって言うまで空見るんじゃねえぜ?」
「わかったー!」
「分かりました」
ふたりが頷くのを確認して、チップは再び歩き出す。
チップが目指しているのは小高い丘の上だった。には少しばかり辛かったが、アンサーがそっと背中を支えてくれて、何とか登りきることができた。「ありがと」アンサーに感謝しながら、は肩で息をする。
まだまだ体力が足りねえ、とチップに言われて、その通りゆえに何も言えなくなる。しかし。
「……ま。説教は今度だ。空見てみろよ」
チップに言われるがまま、とアンサーは空を見上げた。
――大きなおおきな天の川が、夜空に輝いている。溢れんばかりの星々の帯が空を横切っている。
は息を呑んだ。
今までで一番、美しい天の川を見た気がした。キラキラと瞬く星に照らされて空がうっすら青白く輝きを放っている。織姫と彦星を隔てるものなのだが、あまりの美しさにそんなことを忘れてしまいそうだ。手を伸ばせばひとつくらい掴めそうなほど、鮮明で鮮やかでたくさんの星。
は空を見上げるあまり、足を滑らせ尻餅をついてしまった。
「いたた……」
「大丈夫かよ?」
「う、うん」
そのまま立ち上がることなく、座ったままは天の川を見上げていた。心配したチップも、声を掛けようとしていたアンサーも、それを見て丘に腰を下ろす。
は丘の上で寝転がった。
「すごい、目の前に星いっぱいだよ」
両手を伸ばして掲げるを見て、チップとアンサーは笑っていた。
笑い声を聞きながら、そういえば、とは声を上げる。
「チップとアンサーは、七夕の短冊に何をお願いしたの? 見てなかったや」
聞かれてすぐにチップはこう答えた。
「もちろん、『東チップ王国を世界に認めさせる』だ!」
「なるほどなあ、アンサーは?」
「『お頭がもう少し真面目に仕事に励みますように』」
「……なるほどなぁ」
「んだよ……?」
「別にぃ~」
「そういうは何をお願いしたんです?」
アンサーに尋ねられて、は目を丸めた。まさか聞かれるとは思っていなかったからだ。
そして、まさか自分にもそんな権利があるとは思っていなかった。
「……何にも」
「え?」
「何にもお願いしてない。にはそういうの、許されてないと思ったから」
それを聞いてチップもアンサーも跳ね起きた。
二人とも、険しい顔でを見下ろしている。
「んだよ、ソレ! 寧ろオマエがお願いしなくてどうするんだよ!」
「そうですよ、七夕だってはしゃいでいたあなたが!」
「許す許さないって何だよ、どういう控え目だ! ああもう、今ここでお願いしろ!」
「今から戻って短冊書いても良いですけどね!」
二人の剣幕にはおろおろした。草の上をころころ転がりながら、二人に挟まれ、うう、と唸る。
彼らなりの優しさだということは痛いほどわかる。しかし体格のいい成人男性に挟まれて詰め寄られる身にもなってほしい。
「わかったよ! 今ここで天の川にお願いするよ!」
宣言したは、寝転がったまま手を胸の前で組む。
「チップとアンサーとずっと一緒にいられますようにっ!!」
の叫びは、静かな夜空に響き渡った……。
叫んでからは真っ赤になった。灼熱の湯に落ちたように体が熱い。言ってしまってから酷く後悔した。もっと何かあったのではないかと。しかしすぐに思い浮かんだのがこれだった。東チップ王国にいたい。みんなといたい。もっと言えば、チップとアンサーとずっと一緒にいたい。
酷い我儘だ。
叫んでからしばらく、を挟む二人は黙り込んでいた。それがますますを居心地悪くさせる。
とんでもない我儘だ。
やっぱり無しで、と口を開きかけてははっとした。
「そりゃあ良いな!」
チップが笑いながら、そう言ってくれたからだった。
「善処しましょう」
アンサーも穏やかな声で告げる。
二人の反応から、は、全てが杞憂であることを知った。
が体を起こすと、チップが右手を掴んできた。反対の手をアンサーが掴む。引っ張られるがままには立ち上がる。今度は二人に手を繋いでもらっているから、空を大きく仰いでも転ぶことは無かった。
「、オマエの願い事はオマエが望む限り叶うぜ」
「ええ。うっかりが家出でもしない限り続きます」
両方の手がぎゅっと力強く握られる。
は胸の奥から温かいものが込み上げてくるのを感じた。
「そっか、そっかぁ」
きっと繋いだ手から流れ込んできた二人の優しさのせいだ。
夜空の天の川は、その輝きを増していた。
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