オマエ相手にこんな気持ちになるなんて思わなかった。
 そもそも俺はそういう感情に疎いし興味もないと思っていたのに、いつの間にかは俺の心に入り込んでいた。
 珍しく俺が怪我をした時だ。はぐずぐずに泣きじゃくって、俺の手当てをしてからしがみついて離れなくなった。大した怪我じゃないと言っても聞かない。

「人は呆気ないことで呆気なく死んじゃうんだよ」

 だから怖いの、と。
 呆気なく死ぬ奴はゴマンと見てきている俺にはピンときた。もそうなんだろう、見てきた側なんだろう。なにせウン百年生きてきてるってんだから、そりゃあそうだろう。大丈夫だ、と言い聞かせているうちに、無理やりにでも引き剥がせたであろうの好きなようにさせているうちに、その心地良さに俺は「恋」を自覚した。
 けど、で無茶をする奴だ。腕をポッキリ折って帰ってきたり、切り傷をこさえてきたり、こっちをヒヤヒヤさせることに事欠かさねえ。ぶらぶらする腕にすぐさま添え木を固定してやってると、

「ごめんねぇ、うっかりしちゃって」

 なんて悪びれた様子もなくヘラヘラ笑うのだ。だから俺は、強めに額を指で弾いてやった。痛い! とが悲鳴をあげるのを見て、デコビンなんかより折った腕を痛がれよ、と毒づいた。

「人は呆気ないことで呆気なく死んじゃうんだろ? オマエも人だろうが」
「……うん」

 いつかの台詞をそっくり真似てやると、ようやく自分がしたことの重大さをは理解した。俺は続ける。

「もうオマエ一人の体じゃねえんだからよ」
「まるで私が妊娠でもしてるみたいに言わないでよ~」

 確かにそういう風に聞こえなくもない。そう思って、俺は言いなおした。

「俺が好きになった時点で、オマエはオマエだけのものじゃなくなってんだ」
「……チップ」
「分かったな?」

 はほんのり顔を赤くして、こくりと頷く。こういう顔がたまらなく可愛い。額にキスしてやると、ますます顔を赤らめては俯く。初心な奴だよなぁ。こんなちょっとしたことですぐに赤くなる。どうした、と顔を覗き込めば、どうもしてない、と更にそっぽを向こうとする。思わずにやついた。
 けれど、再三忠告したにもかかわらず、はまたやらかした。
 土砂降りの雨の中、体を引きずるようにして帰って来たのだ。また腕を折っていた。擦り傷だらけで、大体何があったのか察した。それなりの高さのあるところから落ちたのだろう。聞いてみればどの場所から落ちた、と素直に白状した。
 汚れた服をひん剥いて体を拭いて、着替えさせて医者に診せた時には、は熱にうなされ始めていた。
 以前の骨折の治癒が2日足らずだったことを考えれば、今回はプラス1、2日ぐらいで治るだろう。
 だろうが――……。

「ったく、心配かけさせんじゃねえよ……」
「ごめんねぇ……ごめん……」
「良いから寝ろ……んでもって治せ」

 今までどんなに重い怪我も数日で治してきたが、いつまでもその体質でいられるとは限らない。
 いつか急に今までのツケを払えと言われるかもしれない。
 いつささやかな傷が命に関わるかもしれない。
 いつまでも、今まで通りにいられるとは限らねえんだ。
 幸いにも4日では復活した。うなされている間、俺がつきっきりだったことも忘れたみたいに「どうしたの?」と小首を傾げられたときはどっと脱力した。

「そんな訳で。これから出掛ける時は俺かアンサーにちゃんと言えよ」
「ど、どんな訳?」
「今までの積み重ねだな」
「どういうことなのー!?」

 まるで分かっちゃいねえのがタチ悪ぃ。あんまし得意じゃねえが、俺は懇切丁寧に説明してやった。
 今までの散々たる不注意の結果、どんな怪我をしてきたか。この間に至っては記憶が飛ぶほど寝込んだこと。それらは全て勝手に出歩いている間に起きた事故や怪我だったこと。だとしたら、何かあった時すぐ気づけるように俺たちに出かけることや何処に行くかを伝えておくようにするべきだと。
 どうしたことか、は自分の怪我に無頓着で、しょっちゅう怪我をこさえてくるから。
 真剣に俺の話を聞いていたは、渋々ながら頷いた。

「確かに私、うっかりが多いから……気をつける。ちゃんとチップやアンサーに言うよ」
「おう。後はそうだな、せめて書き置きでも残してってくれ」
「わかった!」

 本当に分かったかどうかはこれから分かることだ。今はともかくしっかりした返事をしたことを褒めてやろう。
 小さなをぎゅっと抱き締める。「どうしたの」とはきょとんとした。

「ん? よく約束できましたってご褒美」
「も~! 子どもじゃないんだよ、私!!」
「分かってらぁ。でもな実際子どもみてぇに手間かかるんだよ」

 頭を撫でてやると、不機嫌そうに吊り上がった眉毛がみるみるうちに八の字になっていく。しょんぼりとした顔で「ごめんなさい……」と呟く様は愛らしかった。
 ああ、いつまでもこうしていられたら良いのに。俺の腕の中にいてくれれば、ずっと傍にいてくれれば、どんな事故からも事件からも怪我からも俺が守ってやるのに。生憎とそうは問屋が卸さない。俺には他にも守るべき民があり、なすべき事がある。がひとりで何かをなすのと同じように。でも出来れば、出来る限り傍にいてやりてえ。

、好きだぜ」
「わ、私もチップが好きだよ、すっごく」

 ほんのり染まったの頬にキスをする。ふにふにの柔らかいほっぺだ。お返し、とが呟いて、背伸びして俺のあごにキスを返してくれた。くすぐったくてたまらなかった。最高に嬉しかった。
 いつまでもこうしていたい。本当に。
 ふらりと現れたのことだ、きっといなくなるときもふらりといなくなるのだろう。そういうつもりなのだろう。
 ――俺の目が赤いうちはそんなことはさせねぇ。
 そう思って、きつくを抱き締めた。逃がしはしない、行かせはしない、と。
 は無邪気に抱き着き返してくる。こうしていられるうちはきっとずっと一緒だ。
「ずっと」が、ずっと続くように、俺は柄にもなく祈りを捧げた。

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