チップが月を見上げている。は隣に並んでいる。二人を夜風が撫でていく、でこぼこな背丈の二人を平等に。今宵の月は霞がかった朧月。ぼやけて見えるそれが、は結構好きだった。チップはどうなのだろう? と横顔を見つめてみると、月の光を受けて赤い瞳がきらきら煌めいていて、燃えるよう。は、チップもこの月が好きなのだろうと推察した。
「ねぇチップ。今日みたいな月をジャパンでは朧月って言うんだよ」
「オボロヅキ……。へぇ! 風流だな!」
ついでにもう一つ知識を披露してみる。
「こういう春の時期に見られるから、俳句では春の季語にも使われるね」右手の人差し指をふりふりと指揮棒のように振りながら言う。
「おー、おー。季語な。詳しいなオマエ!」
「一応ジャパニーズだからね」
「そういやそうだったな! ついでに一句詠んでみてくれよ」
「あはは、それは無理。俳句のセンスは無いから」
そうか、とチップは少し残念そうに呟いた。は何だか申し訳なくなって、代わりに何かないかとテントに入る。……数分後、は一升瓶とコップを抱えて戻ってきた。
チップが驚いて目を丸めていると、は笑顔でコップを差し出す。
「チップ、今日は月が綺麗だね!」
「ああ」
残念ながらジャパン風の『愛してる』は通用しなかった。が、落ち込むことなくは言う。
「だから、飲もう!」
「ああ?」
良いから良いから、とはチップにコップを押しつけて、一升瓶の蓋を開ける。きゅぽん、と良い音が響いた。
「お手製の日本酒が出来たんだよぅ~」
自慢げににやにやしながら、がチップに詰め寄る。仕方ない、と腹を決めたチップは、どかりとその場に座り込んだ。
「どんなモンか飲んでみようじゃねーか」
「そうこうなくっちゃあ」
すぐ隣にも座り、チップの構えたコップにとくとく音を立てながら酒を注ぐ。コップの7割ほどまで注ぐと、どうぞ、とはチップに勧めた。くい、とコップを傾けてチップが一口日本酒を含む。ごくりと彼の喉が動いたのを見て、まずは安堵。吐き出すような代物ではなかったらしい。チップの顔を見る。「っくぅ~……」後味を味わっているようだ。表情から察するに、これは。
「うん、美味ぇ!」
――美味しかったようだった。コップの残りの酒を一気にあおって、チップは膝を叩く。
「AMAZING!! 飲んだことが無ぇ味だ! 飲みやすい、美味い! これを作ったのかよオマエ!?」
「半年ちょっと掛かったねえ」
「天才だろ、もう」
「そんな煽てたってなにも出ないよ~」
えへ、えへ、とが頬を緩ませていると、その手から一升瓶をとり、チップはもう一杯飲み始める。
「やべーな。どんどんいける」
「ちょっとちょっと~。の味見の分も残しといてよ~? 少し酔いたい気分なんだから」
「ったく、仕方ねぇなぁ」
仕方ないも何も持ってきたのは私なんですけど と言い返すより先に、チップの顔が間近に来ていた。「あ、」半開きになったの唇を、チップの唇が塞ぐ。ぬるりと熱い舌がの口内に入ってきて、舌を絡めとる。丹念にの舌を蹂躙したチップは、満足したように唇を離した。つう、と辿った唾液の糸をすくうように舐め取り、にやりと笑うチップ。
は真っ赤になった。仄かに日本酒の味が残っている気がする。
愛してるの合図に、実は気づいてたのかもしれないんじゃないの、こいつ!
「どうよ、お手製の日本酒の味は?」
「わっかんないよ! わっかんないけど、チップが酔ってることは分かった!」
酔っているせいにでもしておかないと、恥ずかしくて死んでしまいそうだ。もチップもこういうことをしたって良い仲だが、不意打ちにはまだまだ慣れないなのである。また一杯日本酒をあおったチップは、僅かにぼんやりとした顔で月を仰ぎ見た。
「あ~。酔ってんだったらあとは眠るだけってか」
「寝た方良いよ、うん。のお酒が美味しゅうて美味しゅうて敵わないのは分かったから」
「じゃあオマエ抱き枕な!」
「なんで一緒に寝る事前提なのよー!」
勢いのままに反論しただったが、「嫌か?」と真面目なトーンでチップに聞かれて、みるみるうちに小さくなっていく。
「いやじゃないです……」
「よし!」
まだ半分ほど入った日本酒の瓶とコップを抱えたを、チップが抱き上げる。朧月にさよならを告げて、二人はテントへと入っていったのだった。
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