ヴェノムは少女を運んでいた。見事に行き倒れていた少女だった。拾ってしまってから、「どうしたものか」と考えた。毛布にくるまれた少女は、ヴェノムの腕の中で青白い顔のままぴくりともしない。辛うじて生きていることはその息遣いと控えめな体温から分かる。
 ヴェノムは少女をスレイヤーたちの元へ連れて行った。組織で面倒を見るつもりはなかった。しかし少なからず動揺していたヴェノムに他の選択肢は無かった。幸いなことに、スレイヤーもシャロンもミリアも、少女に親身になってくれた。スレイヤー邸で程なくして目覚めた少女は、自分が記憶喪失であることを明かした。
 ザトーはどうでもよさそうだった。しかし少女を無下にすることはなく、「名前は何ですか」と聞いていた。

「名前も……分からない」
「困ったわね。なんて呼んだらいいのかしら」

 あどけない少女を驚かさないよう、怯えさせないようにと、ミリアは穏やかな声で呟いた。
 そして、こう尋ねる。

「何か好きなものや記憶に残っているものはない?」
「ええと……」

 少女がそう言って指をさしたのはヴェノム。

「記憶に残ってる……人」
「そうじゃなくて……ああ、ごめんなさい。私の聞き方が悪かったわね」
「えっと……」
「では好きなものは?」

 切り替えるようにザトーが尋ねると、少女は少し戸惑ってから口を開いた。

「……お花!」

 何故かミリアを指さしながら、少女はうんうんと頷いている。
 どういうことかと首を傾げていると、今度はシャロンを指さして「お花」と少女は笑う。

「お花みたいに綺麗だねぇ」

 ニコニコする少女。
 ……記憶の混濁が激しいようだ、とヴェノムは溜息を吐いた。
 しかし翌日になっても少女の反応はさして変わらなかった。ヴェノムたちの名前を一通り覚えて、やはり自分のことは「わからない」と口にする。
 そんな少女に、スレイヤーが提案した。

「では便宜上、と呼ぶことにしようじゃないか。どうだね?」
「……うん!」

 そしてはしばらく組織で世話になり、後に組織を離れたヴェノムと共にロボカイの修理費を捻出するためのパン屋生活を始めるのだった……。

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