「えっ、ちゃんが古間さんを好き!?」
「声でかい」
「ああっ、ごめん……」
カネキは慌てて口を押さえた。『あんていく』で飼っているインコ・ヘタレがカネキたちの声に反応し「ヘタレ!」と鳴く。小さく可愛らしい外見とは裏腹に、このインコは口が悪い。
トーカは溜め息を吐きながら、カネキを睨む。
「てか、そんな驚くなよ。女子高生なら恋のひとつやふたつするのが普通なんでしょ」
から聞いたときに自分も驚いたことはこっそり棚に上げ、トーカは言った。しかしあの時現場に居なかったカネキにそれが判るはずもなく、ただ素直に頭を下げている。
ちょうどヘタレも餌を食べ終わったようだ。
「ごめん。でも、どうしてそのことを僕に話したの?」
「……何とかするため」
トーカは呟いた。
は普通の女子高生。普通の人間。だから何も知らない。
古間が“喰種”であることを――。
説明がなくとも、カネキはトーカの心情を察していた。
「ちゃんが古間さんを好きなのは、素敵なことだよね」
「素敵ったって……人間と“喰種”じゃどうにもなんないでしょ。まあも『自分は子供過ぎて古間さんに釣り合わない』ってぼやいてたけどさ……万が一諦めなかったら、どうしたらいいのかなって」
トーカには自覚が無いかもしれないが、彼女は本当に面倒見が良い。親を亡くしたヒナミや親友である依子のことだけでなく、今は『あんていく』常連の“ただの人間”の心配までしている。
その姿が何だか微笑ましかった。ふっとカネキが堪えきれずに笑みを漏らす。
「本当にトーカちゃんは優しいよね」
「は!? 何言ってんの、てか私のことじゃなくて今はの話してるんだっつの! 真面目に考えろよ!」
「ご、ごめん! 考えてない訳じゃないんだけど……」
カネキの笑みは瞬く間に苦笑いへと転じた。
「たとえば“古間さんには既に付き合ってる人がいる”とか、嘘を吐くのは?」
「まあ、の性格ならそれだけで十分諦めそうだけど……。万が一“どんな人と付き合ってるの?”とか言われたらどうすんの」
「そうなると誰かに恋人役を頼むしか……」
「誰に頼めっての?」
「入見さんは……」
「引き受けるわけ無いだろバカ」
「うーん……。じゃあもう、見守るしかないんじゃないかな?」
「はあ? あんた、何言って――」
その時、部屋の扉が開いた。
「二人とも、何の相談をしているのかな?」
入ってきたのは『あんていく』の店長・芳村であった。柔和な笑みを浮かべたまま二人に歩み寄ってくる。
カネキはトーカを見た。
店長に相談すれば、何か良い案が見つかるかもしれない。
そんなカネキの心境を察して、トーカが頷く。
改まって、カネキは芳村に告げた。
「……店によく来る、ちゃんって子のことです」
そして、が古間に恋をしていることを包み隠さずに明かした。
芳村は右手を顎に添えたまま、うんうんと頷きながら耳を傾けている。
――一通りカネキから説明を受けた芳村は、右手を下ろすと、こう言った。
「私も“見守る”という選択に賛成かな」
カネキは笑ったが、トーカは「えっ!?」と目を剥く。
「でも、はフツーの人間で、古間さんは……」
「ちゃんならきっと大丈夫だよ。それに古間くんも、あれでいてなかなかしっかり者だ」
芳村の言葉に、カネキは深く頷いた。
「ですよね! トーカちゃんの話だと、ちゃんも“叶わない恋”だと思ってるみたいだし……」
「青春らしく切なくてほろ苦い、けれどかけがえのない思い出になるだろう……。古間くんも、他の皆も、ちゃんの恋には気づいてるはずだしね」
「えっ、そうなんですか!?」
「私、が言うまで判んなかった……」
「はは、ちゃんはかなり判りやすい性格をしているよ。まあ、ともかく……」
優しく芳村は笑った。
「私たちはそっと、あたたかく見守ろうじゃないか」
トーカはいまいち納得が行かないようだったが、それ以上何も言わなかった。
カネキとしては芳村の意見へ全面的に賛成だったので、話が“見守る”という形に落ち着いたことに胸を撫で下ろした。
叶わない恋というのは悲しいけれど、恋することが無駄だとは思わない。その想いの尊さに、人も“喰種”も関係ないはずだ。
(出来るものなら、ちゃんの恋を応援したいけれど。そんなの無理だよね……)
カネキの笑みが、僅かに陰った。
◆◆◆
芳村の読み通り、『あんていく』の従業員は皆、の恋心に気付いていた。
入見は微笑ましげに「ちゃんらしいわよね」と呟き、ニシキは「変わった趣味だな」とぼやいていた。トーカは相変わらず「早めにに諦めて貰わなきゃ」と急いていたが、カネキはそれほど焦る必要が無いと考えていた。
先ほど、カネキもから恋の相談をされたところなのである。
「釣り合わないの判ってるから、片想いでいいんです……。歳も離れてるし、古間さんは皆の古間さんだから……ちゃんと自分のなかで頑張って整理するつもりです」
高槻泉の著書『拝啓カフカ』の表紙を撫でながら――カネキが薦めた本だ――は、か細い声で溢した。
内向的なにとって、その相談と決断には多大な精神力を要したことだろう。赤くなりながら打ち明けてくれたに、カネキは笑って返す。
「ちゃんにとって一番いい形になるよう、影ながら応援してるよ。……コーヒーのおかわりは?」
「えっと、カプチーノを。……砂糖多めで」
「うん、畏まりました」
注文を受けたカネキがカウンターへ入ると、食器を洗っているトーカと目が合った。物言いたげなトーカの眼差しに、カネキは出来うる限り和やかな調子で話し掛けた。
「大丈夫だよ、トーカちゃん。ちゃん自身が、片想いで済ませるって言ってるんだから」
「アンタはノーテンキ過ぎなの」
溜め息を吐くトーカの手元では、食器同士がぶつかりガチャガチャと音がしている。彼女の苛立ちがそのまま表れたかのようだった。
食器が傷付くのでは、と内心焦るカネキに、トーカは低い声で語った。
「ああいうみたいに控え目なタイプって結構鋭かったりするんだから。女心と秋の空とか言うだろ。“やっぱり諦めたくない”とかなる可能性は大いにあるでしょ」
「な、無くは無いかもだけど……トーカちゃんは気にしすぎじゃないかな。本当にそうなってからでも、対策を考えるのは遅くないはずだよ」
窓際の席で読書に励むをちらりと見つめ、カネキは答える。
「店長が“見守る”って言ったのは、そういうことでもあると思うんだ」
あんなに輝く瞳で誰かを見つめられること。自分のこともそっちのけで誰かを想えること。それらを無理矢理に終わらせてしまうのは、気が引けた。
は今、自分に言い聞かせ、片想いを乗り越えようと必死に戦っている。古間へ抱く感情を“大好きなひと”から“親しい従業員”へと切り換えようとしている。
読書をしながらも、店の表で掃除に取り組む古間が気になるらしいは、度々窓の外へ視線を移していた。
恋する少女の横顔が、陽射しを受けて輝く。
――頑張って。ちゃん。
精一杯の応援の気持ちを込めて淹れたカプチーノをの元へ届ける。
「ありがとうございます」
「ううん。ごゆっくりどうぞ」
ぺこりと頭を下げるにお辞儀を返し、カネキはカウンターに引き返した。
『……先週に引き続き、女子高生の遺体が発見されました。現場の状況から同一“喰種”による犯行と見て――』
テレビから流れるニュース番組の声に、耳を傾けながら、カネキはトーカと入れ替わる形で洗い物を始めた。
の恋の行方も気になるが、最近ニュースで報道されている“喰種”の事件の方が気掛かりだ。
ここのところ連続で捕食している“喰種”がいる。区は様々だが、被害者は全員、都内の学校に通う女子高生という共通点があった。報道では『かつての“大食い喰種”を彷彿とさせる』などと言われていたが、とうに“大喰い”は、いない――……。
しかし“喰種”の活動が活発になれば“白鳩”の警戒も強まる。大抵の“喰種”はそれを理解し、最低限の食事で済ませるのだが、今回のニュースの“喰種”は違うらしい。
「嫌なニュースね」
回収してきた食器をカウンターに置き、トーカが呟いた。
「女子高生だけ狙うとか変態くさ」
「気を付けないとね……」
そう返しながら、カネキはちらりとの方を見た。にはニュースの声が届いていないようだ。ずっと外にいる古間を見つめている。
カネキがを見ていることに、トーカはすぐ気付いた。
「何? ニュースのこと心配してんの?」
「うん。ちゃんも女子高生だし。……気を付けてね、って言った方が良いかな」
「に? はあ……お節介じゃない?」
素っ気なくカネキに言いつつも、踵を返したトーカが向かったのは……の席。
「今のニュース見てた? 最近物騒なんだから気を付けなよ」
「えっ? あ、ありがとう。トーカちゃんも気を付けてね。綺麗だから変な人に絡まれたりしそうだし……」
「みたいにボサッとしてないから私は平気だっての」
何だかんだでを心配しているトーカの姿は、とても微笑ましかった。
肝心のニュース番組の方はというと、とっくにCMに入ってしまっていた。は結局ニュースを見逃し、よくわからないままトーカと話しているようだ。
カネキの今日のバイトも、あと少しで終わりの時間だ。
「あっ、せめて洗い物終わらせなくちゃ……!」
カネキは、慌てて洗い物を再開した。
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