アキラ姉さんと私は一緒に生まれた。けれど、実力は一緒じゃなかった。姉さんは、父さんと母さんの素敵なところを全て受け継いだ、凄い人だった。
 姉に比べては出来が悪い、とアカデミーで言われたことがあった。双子だからと言う理由だけで姉さんを私と比べるなど、姉さんに失礼じゃないか。そう怒った私を『怒るところが違うだろう』と姉さんは言った。少し赤くなった頬を緩ませた姉さんの姿を見たら、嬉しくなってしまって、怒りなんて吹っ飛んでしまった。
 ちなみに私を馬鹿にしたその同級生は、姉さんにみっちり言葉で叩きのめされた。
 一緒に生まれて、良く似た姿形をしていても、私と姉さんは別の人間だ。この頃から私は、姉さんと前髪の分け目を変えてみた。「まるで鏡合わせだ」と姉さんは楽しげに呟いていた。

 姉さんと私、そしてマリスステラ。いまや二人と一匹だけの家族。
 双子だから、一人きりじゃなかった。
 ふたりだから手を取り合える。
 ふたりだから感情を分かち合える。
 その為に、私たちは別々で、一緒にいる。
 私にとって自慢の姉さん。誰もが姉さんには敵わない。何て誇らしいことだろう。
 ただ、不安はあった。さっきも言ったように、私は姉さんほど出来が良くない。姉さんに置いて行かれないよう、姉さんを一人で行かせないよう、私は必死だった。

。お前は私の自慢の妹だ。しかし一つだけ、欠点がある」

 何時だったか、私の髪を結びながら、姉さんは言った。姉さんの方を向きかけたけれど「動くな」と頭を押さえられてしまって、仕方なしにそのまま聞き返す。

「欠点って?」
「詰めの甘さだ。その甘さは、時に折角の勘を無駄にしてしまう」

 ああ、そういえば父さんも前に同じことを言ってくれた。本当に姉さんは父さんそっくりだな、と、つい笑みが漏れる。
 髪を結い終えた姉さんの両手が、私の肩に置かれた。控えめなこの温度が、私は大好きだ。

「その甘さに漬け込む者が必ず現れる。警戒を怠るな。まあ、私の目が届く範囲にいるうちは大丈夫だろう。しかし……」

 鏡に映る姉さんの顔が、僅かに歪む。

「いつまでも一緒にいられるとは、限らないからな」

 苦々しい微笑みに、私はなにも言えなくなって。唇を引き結んだまま振り返り、姉さんに抱き着くしかなかった。
 寂しげなその言葉に私の勘が騒いだことを、あなたは気付いていたのだろうか。
 ――今となっては、確かめる術もない。
 この悲しい現実を思い知ったのは、微睡みから目覚めたとき、視界に入った男の存在のせいだった。

「気分はどうだい? ミス・
「最悪だ」

 鳥籠を模した鉄の檻越しに立つ“喰種”――月山習。この男が私を籠に閉じ込めた。
 鳥籠と『白鳩』か。何て皮肉だ。
 月山は、私を見下ろしながら舌なめずりした。

「その瞳、そそるね」
「ほざけ変態」

 私が月山と出会ったのは、嫌な偶然だった。別の“喰種”の捜査のために――当時の私はこの男を“喰種”と見抜けなかった――学生として潜入していた晴南学院大学に、奴が在学していたのだ。
 月山は私の目の前に現れるなり、

「今まさに! 僕は運命の出逢いを果たした、我が女神に!」

 雄叫びをあげた。体を仰け反らせ、天を仰ぎながら。
 私が彼の横をそのまますり抜けようとすると「Wait、wait! 待ちたまえ!」大袈裟な身振り手振り口振りが更に酷くなった。
 この時私は、月山を“面倒な奴”と思うと同時に“関わってはいけない”と感じた。そうすべきだと、親譲りの勘が騒いだ。
 作り笑いと会釈で奴をかわし、私はその場を足早に去った。
 しかし月山はめげなかった。何故か私の行く先々に現れ、聞いてもいない自己紹介や趣味嗜好を語りだした。
 その神出鬼没さは大学外にまで及んだ。大学潜入捜査のためにアパートを借り、偽名を用意していたのが幸いした。念を入れておいて良かった、本当の家を奴に知られてはたまらない。
 講義の間も、食事の間も、買い物の間も、ちらちらと月山の姿が目についた。私を追い回しながら、然り気無く視界に入り込む無駄な技術の高さ。ストーカーで訴えられてもおかしくないレベルだ。捜査のために出来るだけ目立ちたくなかった私は、胸中で何度も奴に悪態をついた。

(何故あんな奴が野放しにされているのだろう。同じ人間とは思えない)

 その疑問は、潜入してまで追い詰めた“喰種”と対峙した時に判明した。
 対象“喰種”の駆逐自体は滞りなく済んだ。下準備に時間をかけたぶん、上手くいった。パートナーである上司も「よくやった」と肩を叩いてくれた。
 ――だがその上司が、次の瞬間にはバラバラの肉塊になっていた。
 次いで、驚く間もなく私の体が拘束される。手からクインケを叩き落とされ、完全な無防備となった。息苦しさと締め上げられる痛みに、顔が歪む。
 何とか拘束を解こうともがいてハッとした。私を押さえ込んでいるのは男の腕だった。しかも片腕。これは、ただの人間の力ではない。
“喰種”だ。

「まだいたのか、クソ……!」

 油断していた。再三、詰めの甘さを忠告されていたというのに。
 こんなとこで私は死ぬのか。――姉さんをひとり残して。
 今更悔やんだところで後の祭りだ。
 せめて冥土の土産に、私を殺す者の顔を拝んでやろうと思った。渾身の力を込め、右腕を振り上げる。肩が外れたのか骨が折れたのか知らないが、痛みと引き換えに右腕だけは拘束から抜け出すことができた。その勢いのまま裏拳を放つと、上手く相手の顔に命中した感覚がした。
 カランと乾いた音がし、何かが地面に転がる。三日月のようなそれは“喰種”の素顔を隠すためのマスク。私はすぐさま後ろを振り返る。
 奴らの特徴である赫眼。
 整った顔に浮かぶ、何かに酔いしれるような薄い笑み。
 それら“全て”に、私は見覚えがあった。

「月山、習……!」

 私のパートナーを細切れにし、私を締め上げているのは、月山だった。怪しい奴だとは思っていたのに、私はなんて間抜けだろう。
 肌がざわつくような笑みを張り付けたまま、奴は囁く。

「捕まえた」

 それを最後に私の意識は闇に沈み、気が付けば籠の中にいた。
 この部屋には時計も窓も無く、当然クインケも無い。私が着ていた服も、やたらふわふわとした人形のドレスのようなものに変わっていた。負傷したはずの右腕は痛むものの、丁寧に手当てされている。
 時間も私物も、何もかも奪われ、あったのは私と痛みだけ。
 そして世間を騒がせる『美食家』がこの男であることを、私はここで知った。月山が自ら語ったのだ。挙句に先の「気分はどうだい?」発言である。最悪以外に答えがあるものか。

「君を一目見たとき、僕の体を電撃が貫いた。そう、あれは恋に落ちる音だったのさ」
「貫いたのか落ちたのかどっちなんだ」
「Tre's jolie! そのつれない所もたまらないな」

 私の本名が知られていることから察するに、偽名や仮住いのアパートは全て無意味だったようだ。この部屋の豪奢な内装、私に与えられた衣服の質の良さ……月山習とは、それなりの財力・権力を有している“喰種”らしかった。
 駆逐されるべき悪をそこまで自由に遊ばせているという不愉快極まりない現実。そんな“喰種”に囚われた自分に至っては、論外だ。

「舌を噛みきって死にたくなるな」
「そんな勝手は許さないよ。君は既に僕の所有物だ」

 彼の目付きが変わった。
 無論私もこんなところで死ぬつもりはない。死んではならないのだ。

「このスペシャルルームの何処が気に食わないんだい? 君の愛する僕がいて、僕の愛する君がいる! そんな僕らの愛を引き立てるこのシチュエーションとセッティング! パーフェクトなこの空間に一体何が足りないと言うのかね、My sweetie?」
「逆だよ。此処には余計なものが多すぎる。たとえばそうだな……この籠や、お前だ」
「何てCuteなジョークだ」

 私が何をしようと、この男を喜ばせるだけだ。反吐が出る。だが諦めない。顔を上げて、しっかり月山を睨み上げて私は吐き捨てた。

「第一何をどう勘違いすれば、私がお前に好意を抱くというんだ? 私にとって貴様ら“喰種”は駆逐されるべきクズだ、それ以外の何者でもない」

 到底届きそうにない距離に置かれたソファーの上で、クインケが寂しげに転がっている。姉さんが私のために設計してくれたものだ。それを脇に押しやりながら、月山が腰を下ろした。
 大切なクインケを奴の肘置きにされ、私の腸は煮え繰り返る。噛み締めた唇の皮膚がぶつりと裂け、血の味がした。
 そんな私を見て、月山は鼻唄まじりに呟く。

「心配せずとも、君が自ら命を投げ出すことは無さそうだね。よほどご家族のことが大事と見える」

 奴がトントンと指先でクインケの箱を叩く音が響いた。止めろ、それはお前が触れていいものではない、止めろ。
 時間感覚が奪われた空間で、この精神が何時まで持つかは判らない。それを考慮しての“スペシャルルーム”なのであろう。
 ゆっくり私を壊すつもりなのだ。
 ソファーから立ち上がった月山が、革靴の底を鳴らしながら此方に歩んでくる。鉄格子に手を掛け、「ああ、絶景だ」また気持ち悪い言葉を吐いた。

「君が目をつけたのが、私で良かった」
「ああ、ようやく素直になってくれたね! 嬉しいよさん!」
「ようやくも何も私は最初から素直だ」

 気が付くと、私は笑っていた。

「お前のような変質者が目をつけたのが、姉さんではなく私の方で良かった。姉さんを巻き込まなくて良かった。それだけだ」

 そう言って月山から顔を背けようとした時、格子の隙間から彼の手が伸びてきた。その手は私の顎を捉え、力任せに月山の方へと導いていく。

「気に入らないな。何故君はそれほど自分を卑下するんだい?」
「何時私がそんなことをした?」
「今まさにだよ!」

 私の顎を掴む月山の手に力がこもる。

「君は余程双子の姉を想っているようだ。こんなTroubleに巻き込みたくはないと、その自己犠牲の心は尊い……。しかしだ!」
「止めろ、近付くな」

 どうやら私の声は届いていないようだ。また更に私たちは接近する羽目になってしまう。
 月山の叫びに、私の鼓膜が破れそうだった。

「君は自分にはなんら価値がないと、そう思い込んでいる! 僕が認め愛するのは、君の慕う双子の姉ではなく、君なんだよ! その君自身が君の価値を認めないということは、僕の審美眼と価値をも貶めるに等しいッ!! そんなことは許されない、あってたまるものか!」

 ――そして、心も。
 何か決定的なものが、私の中でひび割れる。
 私の今までの人生全てを、月山の言葉に抉られた思いがした。私が自分自身に見出だした価値が“姉を独りぼっちにさせない”という、ただそれだけだったことを、暴かれてしまった。

「僕に見初められ、僕に愛され生き逝くことを誇りに思いたまえ。ミス・

 月山が口許を歪め、血の滲む私の唇を舐め上げる。軋む顎。軋む胸。抵抗なんて出来なかった。ひび割れたこの心が砕けてしまわないように保つので精一杯だ。
 泣きたくて仕方無かった。
 ――姉さんのためだけに生きてきた私に、この男は、それ以外の生きる理由を与えると言うのだ。
 その言葉に私は――……一瞬とはいえ、喜んでしまった――。
 なんて、ザマだ。

「……月山、習」

 自分でも情けないほど掠れた声がする。私の唇から離れた月山が、「なんだい?」と私を見る。

「姉さんにだけは、何もしないでくれ」
「君が僕の愛しいひとで在ってくれるならば、誓おう」
「ああ、私はここにいる。君に従う。だから――」

 遮るように月山の唇が私のそれに押し当てられた。抵抗などしない。
 暫くして唇を離した月山は、満面の笑みを浮かべた。

「改めて歓迎しよう。僕だけの可愛い小鳥……愛しい

 ――ごめんなさい、姉さん。
 彼の言葉に、私は静かに頭を垂れた。

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