10月31日。ハロウィン当日。
 仙道は、と共に仮装をして街に繰り出していた。衣装に関しては先月からが準備を行っていた甲斐もあり、なかなかの仕上がりだ。吸血鬼というセレクトも悪くない。中世の西洋貴族のような装飾とデザインが施されたそれらの手の込みように、仙道は“これは本当に俺がタダで着てもいいものなのか”と悩んだほどである。
 そんな彼に、は何時ものように満面の笑みを向けていた。

「やっぱり仙道くんにはヴァンパイアの衣装が似合うと思ってましたの」

 も一応、モチーフは吸血鬼のようだ。衣装デザインがどことなく仙道のものと似通っている気がする。
 街もハロウィンイベントに合わせて盛大に飾り付けられており、仮装した人々やお菓子を配る大人たちで溢れかえっている。誰もがハロウィンを楽しんでいるようだ。
 も先ほどから子供に菓子を配ったり、大人から菓子を貰ったりしていた。どちらかに専念した方が良いと思うものの、止めても無駄だろう。何より、心から楽しんでいるに水を差すような真似はしないのが仙道である。

「アンタの見立てに狂いは無いってこった。悪くないぜ、この衣装」
「最高の褒め言葉に感謝ですわ!」

 頬を赤らめて歓喜するに、仙道は苦笑した。

「いちいち大袈裟だなアンタは……」
「だって仙道くんとイベントを楽しむんですから、はしゃぎもしますわー!」

 浮かれ過ぎて注意力が散漫し、駆け足になっているの前に、突如人影が飛び出してきた。「おいっ、前!」血相を変えて仙道が呼び止めるも、一瞬遅い。人影とは、見事に激突してしまった。

「ひえっ!」
「うわっ!」

 尻餅をついたの手から菓子の詰まったバスケットが投げ出され、転んだ人影にその菓子が降り注ぐ。
 は慌てて身を起こした。

「ももも、申し訳ございません! お怪我はございませんでしょうか!?」
「だ、大丈夫ですっ! 僕こそ不注意ですみませんっ!!」

 以上に焦った様子で、相手の青年はぺこぺこと頭を下げる。陽の光に似た金髪はあちこち跳ねていた。ジャケットに施された派手な和風刺繍が美しく、思わず見惚れかけ、は我に返った。

「いえいえ非は100%こちらにありますわ! 本当にごめんなさ……」

 ようやく二人が顔を合わせた。
 西洋的な整った顔立ちに、紫色をした瞳。は言葉も無く彼の顔を見つめていた。青年もまた、を見て固まり、自分の荷物やの菓子を拾おうとして中途半端に手を伸ばしたまま動かない。
「全く、何お見合いしてんだ……」見かねた仙道が、嘆息して二人に近づいていった。

「大丈夫か?」
「か、かたじけないでござる……」
「ござるって……。まあ良いか。ほら、しゃんとしな」
「ご、ごめんなさい……」

 仙道は青年の鞄を拾い上げ、埃を叩き落としてから返した。次は散らばった菓子を素早くバスケットへと集め、に渡す。辺りを確かめてから、仙道は青年へ向き直る。

「悪かったな、のドジに巻き込んじまって」
「い、いえ、僕もボンヤリしてたので、お互い様です……」
「本当に申し訳ございませんわ、ええと……」

 言い淀んだの考えを察したのか、青年は顔を上げる。

「ぼ、僕はイワン・カレリンと言います」
「イワンさんですわね。私はですわ。よろしくお願いいたします」
「……仙道ダイキ」
さんに、ダイキさんですね、よろしくでござる!」

 ようやっと青年・イワンは笑顔を見せた。
 侍のようなござる口調と、和風刺繍のジャケットから察するに……観光客であろうか? 最近の日本のハロウィンイベントは世界中で注目されており、その為に来日する外国人も珍しくはないという。

「イワンさんもハロウィンに参加いたしますの?」
「はい! そのために自前の衣装も持って馳せ参じた所存!」

 そう笑ってイワンは鞄を開けたが、何故か途端に青褪めてしまった。

「大丈夫ですか……?」

 まさかぶつかった時に壊れた物でもあったのだろうか。不安そうにが尋ねると、イワンは困り顔で呟いた。

「い、いやその……今更になって緊張してきてしまって……」

 イワンはしばらくぶつぶつとぼやきながら悩んでいた。「ヒーローがハロウィンで浮かれてたなんて言われたらまた炎上するかな……でも……」と仙道には、内容が全く理解できない。
 遂には痺れを切らした仙道が、イワンに言った。

「とりあえず着替えれば良いんじゃないか? 街がこんな状態じゃあ、その格好の方が浮くってもんだ。ほら、そこで着替えて来いよ」
「は、はい! そうしますっ! 待っててくださいね!」

 すぐさまイワンは、仙道が指した公衆トイレへと駆け込んでいった。
 どうして自分たちが待つ必要があるのだろうか。仙道はそんな疑問を抱いたが、はちっとも気にしていない。ぶつかってしまった手前、放っておくにもおけないのだろう。もしくは、待つ必要が無いのではという疑問すら浮かんでいないとか。
 ……限りなく後者だろうな。仙道は腕を組み、小さく溜息を吐いた。
 しばらくして、仮装を終えたイワンが戻ってきた。

「どうでござるか、お二人とも!」

 歌舞伎のように大袈裟な見栄を切ってイワンがアピールする。
 衣装のモチーフはずばり忍者。巨大な手裏剣を背負い、腰の後ろには二本の刀が交差して装備されている。赤や黄金のラインで彩られた派手な忍者衣装のクオリティの高さに、は目を輝かせた。

「カブいてますわー! 歌舞伎に忍者が出たらこんな感じなのでしょうか? 素敵ですわイワンさん!」
「お褒めに預かり光栄でござるっ、シュッシュッ!」

 手から手裏剣を飛ばすジェスチャーをしながら、イワンはノリノリで答える。
 初対面でぶつかり合ったことなど、とっくにお互い忘れているようだ。溶け込むのが早い。

「一応ハロウィンの練習を致しましょう。イワンさん、わたくしに例のセリフを!」
「承知! トリックオアトリートでござる! 拙者の忍術を受けるか、お菓子を差し出すでござるよ!」
「まあ悪戯はご勘弁なさってー! どうかこのお菓子をお納めくださいー!」
「確かに頂戴したでござる!」

 さっきまでの彼と本当に同一人物なのか疑わしくなるほどテンションが高い。
 仙道はすっかり蚊帳の外で、とイワンのやりとりを呆然と見つめていた。頭が痛くなってきたのは、きっと気のせいだ。そう自分を励ます。
 菓子を受け取ったイワンと、渡したは満足げに一息ついた。

「これでバッチリですわね」
「あ、有難うございますさん! 何とか僕もハロウィンを楽しめそうです」
「どういたしまして。……あ、そうですわ!」

 何か思いついたらしいが両手を合わせる。彼女が此方を窺うように振り返ってきたのを見て、仙道はすぐに察した。
 彼が「仕方ないねえ」と笑い、の顔は綻んだ。


◆◆◆



 案内がてら、と仙道はイワンと共に街を巡っていた。
 イワンはLBXを知らなかった。と仙道の持っている特殊なものはともかく、ショップに並んでいるような一般に広く普及しているものすら見たことがないと言う。
 歩くたびにトリックオアトリートと子供が駆け寄ってきたり、大人から菓子を渡される。仮装で殆ど隠れて表情は見えないが、この賑やかさをイワンは存分に楽しんでいるようだ。
「来年はジャパニーズホラーな衣装も良いかも……」は既に来年の仮装を思案しつつある。
 仙道は最年少ながら自然としっかりせざるを得なかった。何せ二人のテンションの高さは相乗していくものだから、程々のところで抑えてやらなければならない。

「うおおおっ、この機体、素晴らしいでござるッ!!」
「カブトか。日本びいきなアンタらしいセレクトだねぇ」
「このツノがたまりませんわよねぇ……」

 うんうんと頷きながら、今日何度目か判らない子供たちの「トリックオアトリート」にが対応する。バスケットの中身も半分ほどになっていた。これだけ練り歩いて菓子を配りながらまだ半分と考えるべきか、もう半分なのか……。仙道は考えるのを止めた。
 街中に視線を巡らせながら、イワンはふとこんなことを呟いた。

「まるで、別世界ですね」

 と仙道は顔を見合わせた。
 観光客であるイワンにとっては確かに普段の世界とは違うだろう。しかし、そういう意味ではない響きがあった。

「僕の住んでる街みたいにヒーローがいなくて、グッズも無くて、代わりにLBXという小さなヒーローが此処には溢れてます。すごく新鮮で、でも……ちょっと街が恋しくなりました」
「イワンさん……」

 寂しげなイワンの笑み。は戸惑った。
 まるで彼だけが、街に溶け込めず、街からも受け入れられずに在るように遠く思えた。
 ――は何かを決意したかのように表情を引き締めた。

「ちょっと二人はここで待っててください!」
「なっ、おい!?」

 仙道にバスケットを押し付け、は来た道を駆け足で引き返していく。瞬く間に彼女の姿は人ごみに紛れ、消えてしまった。
 イワンは言葉を失ったまま、が消えた方角を眺めていた。しかし、突拍子の無いの行動に慣れている仙道は「またか」と近くのオープンカフェの席へと座った。

「追いかけなくて良いんですか?」
「あれで俺より年上だ。喧嘩も出来る。平気だよ。……あんたも座りな、休んでようぜ」
「あ、は、はい……」

 促されるままにイワンも椅子へ座る。

「何か飲むか?」
「えっと、あ、じゃあコーヒーを……」
「コーヒーな。……すいません、コーヒー2つ」

 淡々と注文する仙道の冷静さに、イワンは呟いた。

「若いのに、しっかりしてますね……」
「このぐらいでかよ」

 言いながら仙道は、近寄ってきた子供にバスケットの菓子をひとつ手渡す。子供はイワンにも「ハッピーハロウィン!」と笑顔で手を振って去っていった。イワンも気弱な笑みと共に手を振り返している。

「何というか、クールで、しっかりしていて、立派なヒーローになれそうです……」
「ヒーローって何だよ? さっきも言ってたよな」

 届いたコーヒーを飲みながら仙道が問うと、イワンは語り始めた。

「僕が住んでる街には、何人ものヒーローが住んでいて、そのヒーローが凶悪な犯罪者を捕まえたり、人命救助にあたったりするんです。ヒーローごとの人気格付とかもあって……」
「あんたもヒーローなのか?」
「ええっ!? ど、どうでしょう……」

 判り易すぎだ。仙道は苦笑した。どうやらイワンも街を守るヒーローとやらで、様子から判断するに、自分がヒーローであることにいまいち自信が無いと見える。

「……格付はともかく、そんな危ないことをやるなんて凄いもんだな。命懸けだろ?」
「そう、ですね」
「あんたみたいな優しい奴ばっかりがヒーローなら安心だろうな」
「そ、そんなことは……」
「優しくなきゃ体張って人助けなんて出来ないだろ。すげぇよ。ここにもヒーローがいりゃ楽かもな」

 明らかに嬉しそうな顔のイワンに、仙道はつられて頬を緩ませた。
 ――警察や消防とかと違うのか、ヒーローって。
 そんな制度の街があると聞いたのは初めてだ。後で調べてみるのも良いかもしれない。

「あんたの住む街、何て言うんだ?」
「シュテルンビルトです」
「……遠そうだな」
「はい、多分、すごく遠いです。ここも、僕が聞いたり調べたのとはかなり違うので……」
「そりゃ大変だな」
「はい。君たちに会えなかったら、ハロウィンどころじゃなかったです。……本当に有難うございます」

 丁寧に頭を下げるイワンに、仙道は肩を竦めた。

「一緒に回る提案をしたのはだ。礼ならあいつに言ってくれ」
「はい……」

 ……その時、ぱたぱたと忙しない足音が二人に近づいてきた。「お二人とも―!」見なくともであると声で判る。

「ごめんなさい、なかなかトリックが激しくて……お待たせしましたわ」
「いえいえ、用事は済んだんですか?」

 イワンが問うと、は満面の笑みで頷いた。

「あともう少しですわ、イワンさん!」
「は、はいっ?」
「ハロウィンの決め台詞、お願いします」

 はニコニコ笑い続けている。戸惑うイワンが助けを求めるように仙道を見たが、コーヒーを飲んでのんびり二人を見守る態勢に入っていた。……仕方なしに、イワンが口を開く。

「トリックオア、トリート」
「はい、どうぞ!」

 そう言ってがイワンに差し出したのは、大きな包みだった。中には大量の菓子が詰め込んである。その影に何か四角い箱状のものが見えたが、菓子を退けないと確かめられそうにない。

「えっ、さん、コレ……」
「折角この街に来ていただいたイワンさんに、記念のトリートたちです」
「こ、こんないっぱい……でも、悪いですよ!」

 返そうとするイワンの手を押し返し、は言う。

「これも何かの縁ですわ。どうか受け取ってください」

 少女の真摯な願いに、イワンは狼狽えながらも……頷いた。
 がまた微笑み、見守っていた仙道の顔にも笑みが浮かぶ。
 ――空は夕暮れ。彼らの別れとハロウィンの終わりが、近づいていた。

「今日は本当に有難う、二人とも。本当に楽しかったです」

 茜色の光を受けながら、イワンは深々と頭を下げる。

「此方こそ楽しかったですわ。またお会い出来たら良いですわね」
「次来るときは調べ間違いのないようにな」

 イワンは二人に笑って応じた。何処か名残惜しそうな眼差しを見れば、彼がこの街にすっかり馴染んでいたことが知れる。そのことには深く安堵した。
 もう一度頭を下げるとイワンは、

「それでは、御免!」

 忍のような口調で別れを告げ、走り去って行ったのだった。
 ――その後、仙道とも帰路についた。
 仙道は早速自宅でシュテルンビルトについて調べたが、何も判らなかった。そんな都市は存在しなかったのである。だがイワンが嘘を吐く人間には見えなかった。一応ヒーローで検索しても、アニメや漫画が出てくるばかりだし、お手上げだ。
 そんな仙道の手に一枚のカードが握られていた。いつの間にかバスケットに紛れていたのを拝借したのだ。
“ヘリペリデスファイナンス所属ヒーロー:折紙サイクロン”
 カードいっぱいに、歌舞伎と忍者を混合したような衣装を待とう人物がプリントされている。まるであのイワンの仮装のように、派手な姿だ。にも確かめたが、覚えがないと言う。

「……ハロウィンのイタズラにしちゃ、出来すぎだろ」

 イワンが来たのは、外国よりずっと“遠い何処か”なのかもしれない、なんて。
 椅子に凭れながら、仙道は苦笑いを溢した。


◆◆◆



 ――イワンが目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋だった。
 いつの間に部屋に戻ったのだろう? さっきまで自分は別の国にいて、ハロウィンを楽しんでいたはずなのに。大きな夕日を見て、帰り道は何処かとずっと走っていたはずなのに……。盛大な夢でも見ていたのだろうか? きっとそうに違いない。でなければ、あんなに見たことのないもので溢れかえっていながら、NEXTが一人もいない街などあるはずがない。旅行気分が高まり過ぎてリアルな夢を見ていたのだ。
 そう思ったイワンは携帯を引っ張り出して時間を確認した。

「11月1日……。えっ!? 日付変わってる!」

 どうりで部屋の中が暗いわけだ。電気をつけようと慌てて立ち上がったイワンは、何かに足を引っかけて盛大に転んでしまった。畳に強打した顔面はヒリヒリするが、幸い怪我は無い。

「な、なんだ……?」

 足元をよく見てみると、大きく膨らんだ鞄が置いてあった。ハロウィンの衣装を詰めたあの鞄である。
 ……イワンは、恐る恐る鞄を開けた。自身のヒーロー衣装をオマージュした仮装や持ち物を引っ張り出して、鞄の中に残ったものに目を見張る。
 そこにあったのは、からプレゼントされた大きな包みだった。
 イワンは夢中で包みを解き、袋をひっくり返した。菓子が山のように溢れ落ち、最中、大きな箱が落ちてきた。慌ててその箱を手に取り、じっと眺める。

「LBX……カブトおおおおっ!?」

 イワンは震えていた。信じられなかった。
 これは一体、どういうことだ? 何が起きているんだ? 誰でも良いから説明をしてほしい――!

「ゆ、夢じゃない? でも、これ、でも……!」

 インターネットを駆使してLBXカブトについて必死に調べたが全く情報は出てこず、手当たり次第に玩具屋を訪ね歩いても「そんなオモチャ見たことも聞いたことも無い」と返されるばかり。
 数日間イワンは、この不可思議な体験について悩み続けることになるのであった。
 ……後に落ち着きを取り戻したイワンの手によって、LBXカブトは彼の部屋のインテリアの仲間入りを果たした。定期的にメンテナンスされている機体は、常にピカピカと輝いている。
 何はともあれ、ハロウィンに起きた思わぬトリックは、トリートより甘く楽しい思い出を彼女たちにもたらしたことに違いは無かった……。

Top