ふわり、ふわり、ふわり。が舞うたびに、飾り布が風をはらんで揺れる。
しゃらん、しゃらん、しゃらん。衣装を飾る金属製のフリンジやコインが擦れて、鈴の音のような音を立てる。
それをリドウは無言で眺めていた。
……の舞が終わると、彼は、大儀そうに拍手をした。
「流石、世界を渡ってきた踊り子だな。大したもんだ」
「そんな大層な……。ありがとうございます、リドウ様」
嫌味っぽいリドウの言葉を、は裏表のない言葉として受け取る。恥ずかしそうに顔を赤らめて会釈した。
それでは、と着替えに行こうとするを「待った」とリドウが制止する。
「どうせなら今日はその服のままでいたらいい。出掛けるわけでもないだろ?」
「え? ということは、私、このままリドウ様のお家にお泊りして大丈夫なのでしょうか」
戸惑うを見つめながら、リドウがソファーをぽんぽんと叩く。「おいで」呼ばれるままには彼の隣に座った。
急にリドウに「踊りを見せて欲しい」と言われて家に連れて来られた時は何事かと思った。彼はそういったものに興味が無いと思っていたからだ。実際に招かれて舞ってみせると、じっと熱心にの舞を見守ってくれていた。拍手も、ねぎらいもしてくれた。人はリドウを「傲慢」だの「こちらを愚弄してくる」だの言うが、にはよく分からなかった。昔からは人の悪意に疎い。それが大きな要因だろう。
実際にリドウは、の前でも常に傲慢であり、彼女を愚弄するような発言も繰り返してきていた。「間抜けな踊り子」「危機感が無い」「世間知らず」その他もろもろ……、リドウの口からはを揶揄する言葉がいくらでも飛び出してきた。しかしその全てをは「はい」「仰る通りですね」「未だに至らなくて……」と大真面目に受け入れてきた。
リドウにとって、彼女の一切怒りのない反応は、物足りなかった。
それどころかは、「こまめにお声を掛けてくださって嬉しいです」とまで言い出した。
これにはリドウも笑った。
憎まれ口を叩くも、暖簾に腕押し。そんな状況を繰り返すうちに二人の距離は奇妙にも縮まっていった。
の鈍感さが良い方向へと導いたともいえる。
「にしても凝った衣装だ。手作りか?」
「はい、村にいた頃に作ったものです。私には舞うしか能がありませんから……」
「そんなに謙遜することは無いさ」
飾り布を手に取ってリドウは笑う。
「器用なもんだ、本当に。それとよく似合ってる」
「……ありがとうございます」
白い頬を赤らめて、は微笑んだ。
リドウの手がの髪を撫でる。壊れ物を扱うように繊細な手つきだった。
そのくすぐったい優しさにはますます頬を上気させた。
「ど、どうしたんですかリドウ様。いつになくお優しい……」
「んん? 俺はいつだって優しいぜ?」
「な、何て言うんでしょうか。いつもと違います。何かこう、雰囲気というか……」
が得も言われぬ違和感に思い悩んで口ごもる。もじもじとするその様にいじらしさを覚えながら、リドウは、の髪を撫で続けた。
「雰囲気ねぇ」
「上手く言えなくて申し訳ありません。でも、何だか今日は妙にくすぐったくて……でも嬉しいんです……」
リドウがの髪を撫でるのを止めた。
「……」
「はい」
その時、は信じられないものを目にすることになった。
リドウがソファーから立ち上がったかと思うと、の前に跪いたのだ。
「り、リドウ様!?」
が慌てていると、リドウは懐から何か小さな箱を取り出した。その小箱の蓋を開けて、に中身がよく見えるように差し出す。
……キラキラと輝く、小ぶりの指輪を。
「落ち着いて聞けよ」
「は、はい……」
上げかけていた腰を下ろして、はリドウの言葉を待つ。
珍しくリドウは言いにくそうに眉を顰めて視線を落とし、しかし、決心したようにいつもの笑みを浮かべると、に向き直った。
「俺と結婚してほしい」
は叫びそうになって両手で口を覆った。
リドウは自信満々の笑みでを見上げている。
……の瞳が潤んだ。
「私なんかで良かったら……なにとぞ、よろしくお願いいたします……」
「なんか、じゃなくて、お前だからなんだよ」
「リドウ様……!」
今度こそは立ち上がり、リドウへと抱き着いた。しゃらり、と衣装の飾りが鳴る。指輪を抱えたまま器用にを受け止めたリドウは、苦笑しながら彼女の背中へ腕を回す。
「何も泣くことは無いだろ?」
「泣きもします……! こんな、こんなにも嬉しくて幸せなこと……」
はぽろぽろと涙を零しながら、とぎれとぎれに語る。
「私はリドウ様にとって、そんな風に思っていただけるような人間になれていたなんて……。以前から慕っていた方からこんな風に告白を受けるなんて……。夢にまで見た幸せの瞬間です、私……。嬉しさでどうにかなってしまいそう」
「どうにかなられちゃ困るな、これから結婚するってのに」
「ふふ……そうですね」
リドウがを離すと、もリドウから離れた。二人で床に座り込みながら、笑いあう。
笑い終わってからリドウは、の左手を取った。
が息を呑む。
リドウは微笑んだまま、の薬指に指輪を通した。サイズはぴったりだ。
「俺の目測通りだな」
「まあ……」
は指輪を見つめて、ほう、と溜息をもらした。いつの間に指のサイズを調べられていたのか分からない。そこまでリドウが自分を気にかけてくれていたことが嬉しかった。
後日ふたりは、教会でひっそりと式を挙げた。来賓もいない、静かなふたりだけの結婚式。
牧師の前でふたりきりで誓いをし、口づけを交わし、二人は結ばれた。
「リドウ様のことだから、たくさんのお方をお招きするかとばかり思ってました」
「部下だ上司だなんだって、邪魔されたくなかったんだよ」
「なるほどです」
リドウは美しいの花嫁姿に見惚れていた。この生涯に一度の姿を、独り占めしたいと思うのは当然のことだろう。他の誰かになんて、本当なら牧師にも見せたくないぐらいだった。
純白のドレスは彼女のために拵えた特別なものである。リドウがに「どんなドレスが良い?」と聞いたら「リドウ様が私に着てほしいと思ったものを着たいです」と答えたから、全てリドウが決めた。そしては心の底から喜んでくれた。
せめてもの記念と思い出にと写真家を呼んで、二人はこの日のことを写真におさめた。
……家に帰ると早速、リドウは写真を飾った。よく見える場所を選んで。
「綺麗だな、」
「リドウ様も凛々しいですよ」
「そりゃあ俺だからな。当然だろ」
くすくすと笑うの手元で、きらりと指輪が光る。手袋を外したリドウの左手にも、同じような指輪が輝いていた。
結婚。リドウはまさか、自分がそんな経験をするとは思いもしなかった。何故ならば彼は、自分に待ち受けるおおよその運命を予測していたからだ。そしてそれに抗うために必死だった。結婚なんて余計なものでしかなかった。それでも彼がこの選択に踏み切ったのは、純粋にを欲したからだ。彼の人生でここまで鈍く、間抜けで、愛おしい存在は現れなかった。誰にも渡してなるものか、そう思える存在は以上に無かった。
抗うためには、こんな楔もアリかもしれない――。
リドウはだから、に結婚を申し込んだ。
そしては泣いて喜んだ。
写真を眺めながら、今もは瞳を潤ませている。
「泣き虫だな」
「だって……嬉しいですけれど、あんまり幸せだと不安になるじゃありませんか」
「なんでだ? 不安要素なんてどこにある?」
「……そうですよね、ええ、そうですね」
リドウが言い切ると、は安心したように微笑んだ。そして、隣に立つリドウの手を握ってくる。
「リドウ様。どうか、どこにも行かないで。私を置いていったりしないでくださいね」
「、お前こそフラフラとどこかへ行ったりするなよ?」
「約束します」
ふたりはどちらからともなく口づけをした。
リドウの胸は、どうしてか、ちくりと痛んだ。
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