あたしはが苦手だ。
 何考えてんのか判らない目、抑揚のない声、なんかそれから陰気くさい。
 最近それ以外にも、あいつの苦手な部分を見つけた。
 少しずつ活気というものを身につけてきたは、豊かな感受性や観察眼に磨きをかけ、つついて欲しくないところに目をつけるようになってきたのだ。

「江ノ島さん、君はしんどそうだね」

 ああ、ほら。こんな風に。
 あたしは溜め息を隠すことなく盛大に吐くと、ゆっくりに向き直った。

「そりゃーしんどいっての。こんなとこに閉じ込められてちゃぁね」
「いやそうじゃなくて、ギャルが大変そうだなぁと思ってな」
「は? 意味判んないんだけど」

 早鐘を打ちたがる心臓を押さえつけながらあたしはをあしらった。
 人気のない2階の廊下。ここに限らず全体的に校内は薄暗い。そして彩色も突飛だ。極彩色とかいうのかなコレ。毒々しさを感じさせるようなそれに、あたしはなかなか慣れなかった。
 慣れたくなんか無かった。

「ギャルというキャラクターに縛られるきみは辛そうだという話だ」

 の、声が。視線が。言葉が。つついて欲しくない場所を的確につつく。

「私みたいにやりたいことやってるバカならともかく、君や舞園さんのように煌めく一瞬一瞬に置いて行かれないように駆け抜ける立場は大変に思える」
「はぁ? どゆことよ……」
「うーん、そういうことなんだが。何というか、尊敬に値するよ」
「よく判んないけど、ありがと」

 逃げよう。これ以上と話してたら“ボロ”が出る。
 素っ気なく切り上げて、あたしは踵を返した。明らかに不自然だったと思う。
 歩き出すあたしを、は引き止めるわけでもない。追いかけてくるわけでもない。

「もしよかったら、ピアノを聞きに来てくれ。たいがい私は音楽室にいるから」

 そっと、呟くだけ。

「気が紛れるかもしれない」

 本当に、静かに。

「君が落ち着いてくつろげるような曲を、私の中から引っ張り出しておくから」

 振り返らずにあたしは歩く。薄暗い廊下を。真っ黒な床を見つめながら。
 何でこんなにかき乱されなきゃいけないんだろう。は普段通りで、あたしが勝手に慌ててるだけだけど。
 こんなんじゃあいけない。

「気合入れ直さなきゃ」

 自分の声じゃないみたいに、呟きは震えていた。



◆◆◆



君、どうしたの?」
「あ?」

 珍しい人物に声を掛けられたな、とは思った。
 その人――霧切響子は、と同じように静かな眼差しで立っていた。極彩色の廊下に、その淡紫の長髪がどことなく映える。

「いや、江ノ島さんに……ちょっと」
「判ってるわ」
「はあ……。うん?」

 くす、とおかしそうに霧切は口元を緩めた。

「ごめんなさい。盗み聞きするつもりは無かったんだけど……まるで江ノ島さんを口説いてるみたいだったから」

 は眉を顰めた。

「口説くならもっと言葉を飾るよ。私は純粋に彼女が……えっと、まあ良いや」
「途中で切られると気になるじゃない」

 だからわざと切らせていただいた、と言いたげなの妙な笑い。それを、霧切はほんの少し癪に障りながらも無言で流す。

「……何となく、江ノ島さんは動揺していたようね」
「だね。私の言葉が悪かったのだろう。申し訳ないことをした」

 殊勝な面もちでは頷く。
 何となく霧切の言葉を理解したようだが、全てを把握するまでには至らなかった。

「私もまだ未熟な高校生だ。超がついたって子供であることに変わりない。もっと当たり障りない言葉を学ぶようにしないとな……」
君らしくないわね。自分から繕うすべを身に着けようなんて」

 霧切の流し目と静かな声に、はそっと目を伏せる。

「ありのままで生きたいが、大事な同級生を傷つけるぐらいなら賢くなるよ」

 学生服の上から、は腕の包帯を押さえた。
 もう痛みは無いはずなのに、疼くような違和感がある。くたびれた脳が起こす幻覚だろうか。
 黙り込むに、霧切はそっと口を開いた。

「……ありのままで生きて、誰かが傷つくとしたら……」

 霧切の真っ直ぐな眼差しは、の伏せられた瞳をしっかり捉える。

「それは、他の誰でもない。あなた自身よ」

 霧切の言葉に、はゆるりと笑った。
 その笑顔は、自分自身をあざ笑うような自虐めいたもの。

「……かもな」

 そんなに、霧切は、眉を顰めた。

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