音楽準備室に入ると、ふんわりと舞う埃が鼻腔をくすぐった。
楽器の収納場所というよりは、ただの物置同然の有り様だ。
くしゅん。
埃に負けたらしい不二咲は、小さなくしゃみをする。そこに差し出されるポケットティッシュ。
隣に立つのものであった。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
不二咲はありがたくティッシュを受け取り、鼻をかむ。
その間には、何処からか引っ張り出した掃除道具で埃をかき集め始めていた。
の黒い学生服が、あっという間に埃で白く覆われていく。本人は全く気にしていないようだ。
て、手伝わなきゃ!
不二咲も慌てて動き出した。
「て、手伝うよ」
「じゃあ、こっち側の床を掃いて貰えるかな。私はあっちからやっていくよ」
「うん!」
「制服、汚さないようにな」
静かなの声に、不二咲は頷いた。
◆◆◆
二人掛かりの大掃除の甲斐あって、音楽準備室の埃はあらかた片付けられた。
は額に浮かんだ汗を手の甲で拭いながら、床に腰を下ろす。
そんなを気遣ったのか、不二咲はおそるおそる口を開いた。
「君…。椅子、使ったら?」
「面倒で」
あまりにもの切り返しは素早く、端的だった。素っ気なかった。
冷たささえ感じられる返答に、不二咲は眉尻を下げ、瞳を潤ませ、俯いてしまう。
は一瞬遅れてそれに気付いた。無愛想な顔の裏で、密かに焦り始める。自分の意図と全く違う内容で彼女に解釈されたことを悩んだ。自分の素っ気なさが少しだけ恨めしい。
……少し思案したのち、は口を開いた。
「私は足を伸ばしたいから床で良いんだ。不二咲さんが椅子を使うと良い」
不二咲のスカートの裾についた綿埃を摘み取り、ゴミ箱に捨てながら。
そんなの言葉と行動に、不二咲は顔を上げて目を丸めた。
視線を受けながら、はまた呟く。
「むしろ部屋に戻ってシャワーを浴びた方が良いかもな。すっかり汚れているよ。“用事”はまた今度にしようか」
気を遣われていることに気付いたらしい不二咲は、慌てて首を振った。
「だ、大丈夫だよ! ……だって、君はまだ片付け、するんでしょ?」
「ああ」
「て、手伝いたいんだ。最後まで」
正直、口数の少ないのことを、不二咲は苦手に感じていた。
十神ほどではないが、の瞳には他者への関心が無かった。自分すらないがしろにしかねない姿に、苦手意識は募り続けた。
しかし最近、が変わってきたように感じる。流されるだけの会話の中で、ささやかながら主張をこぼしたりするようになったのを、不二咲は知っていた。
自分も、変わりたい。
そんな気持ちから、に接触した。大層緊張したが、しかしは不二咲を拒絶せずに受け入れてくれた。
「私は君をとって食ったりしないよ。もう少し気を抜いたらいい」
「う、うん」
「仲間なんだからね」
接触して初めて判ったこともある。
無愛想だとばかり思っていたが、はとても豊かな感情を持っていた。飾ることも気取ることもない自然のままの感情を淡々と零す。
羨ましく思える姿だった。
ありのまますぎるなら、自分の秘密を話しても平気かもしれない――そんな風に思えた。
「君って、実は優しいんだね……」
「そうかな。ありがとう」
「うん、優しいよ」
「当たり障りなくしているだけさ」
悪戯っぽく笑うの目には、年相応の輝きがあった。
「……さて、片付け再開といくかな」
ゆらりと学生服を靡かせながら、が立ち上がる。髪を掻き上げ、ふうと大きく息をつく。ゆったりとしたその動きを、不二咲はぼんやりと見つめていた。
「不二咲さん」
「えっ?」
「そこの棒を取ってくれないかな。蜘蛛の巣を払うのによさそうだ」
慌てて不二咲は棒――長いものさしを取ってに渡した。棒を受け取ると、はマイペースを保ちながら蜘蛛の巣をかき集めていく。
「君って背が高いね」
「ブーツの底があるからな」
「それと、細いね」
「楽器を使うだけの筋肉が有ればいいからな」
「……そっか」
不二咲は笑った。
「何だか少し、ホッとした」
には不二咲がホッとした理由がよく判らなかった。
だから。
「それは良かった」
とりあえず、笑い返しておいた。
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