が今の姓を名乗り、音楽家生活に身を投じることになったのは6歳の頃。
偶然にもの才を発見した今の両親が、養子に迎えてくれたのである。
自我を確立させながら才を発揮し、しかし幼いながらも無欲であるの姿に、ふたりは大きな希望を持った。
の家が、望んでいた姿だった。
時として過剰なまでの期待を背負わされながらも、は自ら望んで「の人間」として生きてきた。これからもそれは変わらない。
たまに方向を違えようとも、両親が向けてくれる情愛に偽りは無かった。
感受性が豊かなは、それが十二分に理解できていたのだ。
「君は、ミルクティーがお好きなのですか?」
「母からあれこれ叩き込まれたのさ。別段好きと言う訳ではないよ」
「まあ、素晴らしいお母様をお持ちですのね」
くすくすと笑いながら優雅にティーカップを持ち上げるセレスに、は「だね」と短く返した。
つい昔のことを思い出していた。
我に返り、スコーンを盛りつけた皿をテーブルの中央におろし、踵を返す。厨房の方から自分の分のミルクティーを持ってくると、口を付けながら席に着いた。
図らずしてセレスと向き合う形になる。ささやかながら、二人きりのお茶会開始である。
「ちょうど君がいてくださって助かりました。自分で紅茶を淹れるのは手間ですから」
ちょうど、ではない。
が食堂に入ったのを確認してから、彼女はやってきた。そして、にロイヤルミルクティーを所望した。
判りやすい嘘を指摘することなく、は黙々と紅茶を飲み続ける。
そんなに気分を害することなく、彼女はテーブルに置かれたスコーンに手を伸ばした。
「このスコーンも、君お手製ですの?」
「いや、適当にあったのをさらってきただけだよ。ジャムも同じ」
「あら、ちょっぴり残念ですわね」
セレスはくすくすと笑いながら話した。
「家柄もなかなかのようですし、そこまでこなして頂けたなら“候補”にと考えていたのですが」
「候補?」
「こちらの話ですわ」
ささやかな疑問を抱きながらも、その性格上、言及することなくは黙った。
本来なら日が射し込むであろうガラス張りの壁の向こうには、ささやかな草木があった。日差しが差し込んでくるはずの天井のガラス窓は、分厚い鉄板で塞がれているため薄暗い。もしかするとあの草木は、モノクマお手製の偽物の景色かも知れない。
校舎の最上階にある植物庭園に施された、鮮やかな青空のペイントを思い出した。無いよりはましかもしれないが、本物に比べたら格段に見劣りしてしまうそれら。
(このままだと本物の景色を忘れそうだな)
無気力が目立つとて、学園から出たくない訳ではなかった。「学園から出たい」と誰かが呟く度、目の前にいるセレスがそれを嗤っていた。
『この生活に適応するべきですわ。そして、適応できない生物の未来にあるものは“死”です』
至極もっともな意見であった。しかし彼女自身は本当にそれで納得しているのだろうか。
スコーンをひとかじりし、紅茶で流し込む。
はセレスを見つめながら考えた。
(彼女は嘘の天才だ。もしかしたら)
しかし、そんな思考を遮るようにセレスがに呼びかけた。
「君」
「ん?」
「そんなに見つめられたら、わたくし、穴が空いてしまいます」
白い頬をふんわり上気させて微笑むセレスの姿は、精巧に作られた人形のようである。
「ごめん、ぼんやりしてた。……紅茶のおかわりを淹れてくるよ」
は考えることを止めた。
セレスの思惑や乙女心を探るなど、自分には無理な話だ。それは自身がよく判っている。
の無気力無関心ぶりは、筋金いりなのだ。
「……どうでもいいしな」
思わず零れた呟きに、セレスが首を傾げていたことさえは気付いていなかった。
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