?」

 目の前にあった遊星の顔の近いこと。
 は驚きのあまり、跳ね起きてしまった。

「ぐっ!」
「がっ!?」

 寝ぼけていたにしても、その行動は軽率であった。
 の額は遊星の鼻先を直撃してしまい、互いに渋い悲鳴を上げることになった。どちらかと言うと、遊星の方が衝撃は大きかったようである。鼻を押さえて黙り込み、小刻みに震えている。

「わ、悪い! 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫だ……」

 かなり震えた声ではあったが、本人が言うなら大丈夫なのであろう。
 は「ごめん」と呟き、改めてベッドから起き上がった。
 痛みをこらえる友人を余所に、意識は未だに先までの夢にとらわれているようであった。
 不思議な夢だった。
 夢というにはあまりにもリアルで、深層意識というにはあまりにも覚えのないものの連続だった。
 無機質な機械が繰り返す攻撃。崩れる街並み。そして――静かな男の声。
 は遊星を見た。やや涙ぐんだ碧眼と視線がぶつかる。

(同じ色だよな……)

 ゾーンと遊星の目は、同じだった。写し取ったように、瓜二つ。
 しかし何となく違和感があった。上手く言い表せないが、決定的に何かが違う。

「遊星は実はバカだもんな……。絶対別人だわ」
「何で俺は鼻っぱしを痛めた挙げ句『バカ』だと言われてるんだ……」
「ご、ごめん。悪気はないんだよ! 変な夢を見てたからちょっと」
「変な夢?」

 は、ぽつりぽつりと零すように話した。
 見覚えのない機械に壊される街、巨大なモーメント、4つの人影、そのひとりが「ゾーン」と名乗り、遊星に似た目をしていたこと――。
 遊星はの夢を、真剣な顔で聞いていた。バカにすることなく、一緒に考えてくれていた。

「夢にしては不思議だな」
「なんか、夢から起きるときも『そろそろ帰った方が良い』みたいに言われてさ」

 の言葉に、遊星は瞬きをした。

「……実は、さっきからお前が寝ているのを見ていたんだが、妙だった」

 また人の睡眠を観察してたのかこいつは。
 一言挟みたくなるのをぐっと堪え、は、遊星の話に「どういうこと?」と訊ねた。
 すると遊星は、淡々と答えた。

「息をしていないみたいに静かで、生きているのか不安になるぐらいだったんだ。顔色も悪いし、寝言も言わなかったからな……」

 どんだけ観察されてんだ俺。
 気になりすぎてたまらなくなり、は遠回しに聞いてみることにした。

「つか……何時から此処に?」
「それはこっちの台詞だ。いつの間にかお前がいなくなったから、また寝不足かと思って来たんだぞ」
「ご、ごめん」

 反射的には謝った。話から察するに、遊星は純粋に心配してきてくれたのだ。自分が失礼だったのは間違いない。
 ――眠るのをじっと見られていたのは、やはり複雑な気分だが。
 遊星は鋭い目つきのまま、を見つめている。

「来てみれば青い顔に浅い息でお前が寝ていた。具合が悪いならちゃんと言ってくれ」
「いや、ちょっと昔や元の世界思い出したら気が遠くなっただけで、懐かしさで……」

 そうだ。何となく元の世界を思い出して、ほんの少し「俺はここにいらないな」と思ってしまったのがキッカケだった。
 せっかく良くなった体調を、自分で叩き落としてしまったんだ。
 多分、そのせいだ。
 皆に心配を掛けるだけ掛けておきながら、なんて失礼なことを考えていたんだ俺は。
 呟きながら、は落ち込んでいた。目に見えてしょげていくに、今度は遊星が目を丸めて慌て始めた。

、大丈夫か? あまり悩まなくても大丈夫だ、きっと無事に元の世界に帰れる」
「うん……だよな」
「ああ。きっと、帰れる……はず……」

 何故か遊星の声は掠れていった。
 わずかな沈黙に異変を感じ、はゆっくり顔を上げる。そして、首を傾げた。
 遊星の目が揺らいでいる。ひどく辛そうで、寂しそうだった。
 グローブを外した彼の手が、布団を掴むの手にそっと伸びてくる。の居場所を確認するように重なった手のひらは、ひんやりと冷たかった。

「遊星?」
「……すまない。
「はい?」

 唐突な謝罪の言葉に、は呆気にとられた。謝らなければならないのは自分のほうだというのに。
 なにか声をかけようとしたが、声は出ない。手のみならず、喉までとらえられてしまったかのようだった。

「俺は初めてお前に会ったとき、泣きじゃくるお前を『元の世界に帰してやりたい』と確かに思った。なのに、」

 遊星の声に、鼓膜が震える。

「今の俺は、お前を元の世界に帰すことを……どうしようもなく『怖い』と思っているんだ」

 息が詰まった。
 縋るような遊星の声は、想いは、のなかにもあった。
 長年一緒に育った友のように案じてくれる遊星たちに、確かな居心地の良さを感じていた。最初は不安で仕方なかった夜も、ぐっすり眠れるようになった。いくら寝ても寝たりない、とさえ思うほどに。
 離れたくない。このあたたかな場所、仲間のそばを。しかしその衝動と同じぐらい、元いた世界への想いは強いのだ。

(何があっても俺は「ここにいたい」ってだけは言っちゃいけない)

 ――先のことを考えるのは、良くない。息が詰まるだけだ。
 は笑った。

「そんだけ馴染めてんのは素直に嬉しいよ! ただお邪魔虫なだけだったらどうしようって不安だったからさ。良かった良かった」
……」

 遊星の手を握り返し、は続ける。

「とりあえず帰る時のことはその時考えるからさ。今はもう少し手前のこと考えて、こなしたいな」
「手前のこと、か」
「ああ。俺の見たものがもしかしたら遊星たちの戦いに関係あるかもだし、Dホイールのパワーアップの支援もしたいし。他にも色々!」

 は不意に苦笑いを浮かべ、ぽそりと零した。

「……でも今はとりあえず、すごいことになってるであろうリビングの片付けかな……」
「あ」

 そう言えばケーキの存在を忘れていた。賑やかなあの面子が、片付けまで手が回るとは思えない。
 笑うにつられて、遊星も笑った。

「とりあえず遊星も手伝ってな」
「ああ。判った」

 ベッドから出たは改めて学生服を羽織り、わざわざニット帽も被った。具合を確認し、よしと意気込む。
 そんなを見ながら微笑んだ遊星は、思い出したように呟く。

「おはよう、
「え?」
「時間があれだが、一応の挨拶だ」

 確かに外はもう暗い。しかし寝て起きたらやはり「おはよう」なのだろうか。
 は深く考えなかった。また眠くなったらさすがに困る。

「……いつものに戻ったみたいで良かった」

 小さな遊星の声に、は満面の笑みを浮かべた。

「底抜けに明るいバカだからな、俺は!」

 遊星の笑みが深くなったのを、いささか寝ぼけ眼のは気づいていない。


―END―



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