苦しい。
もごもご動いてみたんだけど、意味がない。そりゃそうだ。俺とブルーノの体格差は半端ない。というかブルーノがでかすぎる。
「をぬいぐるみみたいに抱きかかえてみたいんだ。良いかな?」
なんてあっさり言ってきて、固まる俺に有無を言わさず抱っこしてくれたブルーノは大層ご満悦である。
ソファーに座るブルーノにまさしくぬいぐるみのごとく抱えられ、仕方なしにブルーノの胸へ背中を預けていた。
しかしいい加減離して頂きたい。
抱き締められて早一時間。今日のバイト(遅番)の時間が迫っているのだ。
「ブルーノ、俺今日バイトなんですよ」
「もう少しだけ」
「つかこの現場誰かに見られたら恥ずかしさで死ねるから」
「僕の腕の中で死んでくれるんだ? ……嬉しいな」
耳元で響く、やたら優しい声。
俺が思わず身震いしたのをどう勘違いしたのか、「もう、可愛いなぁ」とブルーノが笑う。
バイト行く前からこんなに疲れて、ああもうどうしよう! 逃げるにも逃げられない。ブルーノの腕という名の枷は、びくともしない!
小柄でかわいい女の子を抱きかかえたりしがみつかれたりなら大歓迎だけれど、何が悲しくて男同士ひっつかなきゃいけないのか。つかこれじゃあ俺女の子みたい。
「落ち着こうブルーノ。お前なら、かわいい女の子いっぱい引っ掛けられるはずだよ」
俺は諭すように話した。けど……これは失敗だったらしい。
「……遊星にも同じ事言ってなかった?」
何故かブルーノの声が冷たくなった。俺を抱き締める腕の力が強くなる。苦しい。締め上げてきてる。本当に怖いんだが。
「が僕に向ける言葉は、誰かに向けた言葉の使い古しなんだ?」
「ち、ちがっ……」
「嫌だよ。僕のためだけに考えて、僕のためだけを想って話してくれなきゃ」
俺を締めながら見下ろしてくるブルーノの瞳には光がない。暗い灰が悲しそうに歪んだまま、息を詰まらせる俺を映している。
「それに、僕が以外の人を愛する訳ないだろう? こんなに想って想って気が狂いそうなのに」
柔らかな笑みに、また背筋が凍る。
すでに気は狂い始めていると思うんだけれど……と胸中でつっこむ余裕が出てきたので、俺はなんとか声を絞りだした。
「ごめん、ブルー、ノ」
「……?」
「俺、ブルーノには……つりあわない、と、おもって」
これは本心だ。仮に俺が女の子だとしても、こんな平凡でちょっと軽い奴が、こんなイケメンと釣り合う訳がない。多少ヤンデレの気はあっても、本来のブルーノは、誠実で真っ直ぐな人間だ。
ブルーノは目を丸めて、俺を締める力を緩めた。ブルーノに悟られないように息を整える。
……が、またブルーノが抱き締めてきた。ぎゅーっと縋る子どものようなそれは、さっきまでとは明らかに違う感覚だ。
「」
俺の肩口に顔をうずめて、ブルーノは声を震わせていた。
「大好きだよ。愛してるよ。だから、そんな風に自分を卑下しないで。お願いだから」
お、大袈裟だなぁ……。
そう思いつつも、ブルーノの頭を、後ろ手で撫でる。
ブルーノは夢中になって喋り続けた。
「みたいに素敵なひとは世界中探したっていないよ。だって、こうして僕と一緒にいてくれて、僕に触れてくれてるんだから。僕の気持ちを馬鹿にしないから」
「ブルーノ……」
「空っぽの僕でも、といたら、“自分は自分”だって判るんだ。僕は僕でいられるんだ。を想うこの気持ちのお陰だよ、ありがとう」
こんなに言われたら、振り解けるわけないじゃないか。
たまに気持ちのベクトルが狂っても、それは、ブルーノが記憶喪失だからかもしれない。みんながあるはずのものが無いから、不安定になりやすいんじゃないかな?
そう考えたら、いくら苦しくても、向かい合えるなら向かい合っていたいと思って……。
(俺は、甘いのかな)
結局俺が解放されたのは、バイトに間に合うギリギリの時間だった。
「ごめん、」
「大丈夫大丈夫、間に合うから!」
申し訳なさそうに眉尻を下げたブルーノに慌ててそう返す。帽子を被って、扉に手を掛ける。
「じゃ、行ってきます!」
「……うん、行ってらっしゃい」
俺が笑って言うと、ブルーノも笑って俺を送り出してくれたのだった。
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