は自室で机に向かっていた。夏休みの宿題の最中である。
 毎日、朝と夜の涼しい時間に少しずつ消化しているお陰もあり、終わりは見え始めていた。去年の自分とは、比べ物にならない勤勉さだ。部屋についている冷房のお陰で快適に過ごせていることもあり、思ったより勉強も苦ではない。
 だが何時間も机に向かっていると、流石に疲れてきた。体が固まって、動いたらバキバキと音がしそうだ。
 少し息抜きをしよう。
 そう決めたは部屋を出た。誰もいないだろう、と鼻歌まじりに階段を下りていく。

「ご機嫌ですね」
「はっ!」

 笑いの混じった少年の声に、はびくりと肩を震わせた。
 ラウンジには天田がいた。コロマルと共にテレビを見ているようである。賑やかな音楽が、広いラウンジへ響いていた。

「いやぁ恥ずかしいとこを……悪いね!」
「いえ、そんな……。やっぱり今夜が楽しみなんですか?」
「今夜?」

 が首を傾げると、天田は「知らないんですか」と意外そうに目を丸めた。

「長鳴神社の夏祭りですよ」
「あ。あー! そうなんだ今日なんだー!?」

 ふんふんとが頷く。本当に知らなかったらしい。
 天田が笑う横で、は楽しげに呟いた。

「じゃあ行こうかなぁ。浴衣でも着て」
「浴衣まで持ってるんですね」
「男とは思えないくらい着こなすよ?」
「そ、そうですか」

 何だか申し訳無さそうに天田が目を伏せる。まだの女装もろもろへの反応や対処を掴みあぐねているようだった。
 それも仕方ないだろう、とは笑い、天田の隣に腰を下ろした。

「天田くんは行かないのか?」
「そのつもりで――」

 答える天田の言葉に重なるように、ラウンジの扉が開いた。
 誰かが帰ってきたようだ。と天田は揃って扉の方を見る。
 来たのは真田であった。見覚えある銀髪が二人の目をひく。

「真田先輩おかえりー」
「お、おかえりなさい」
「ん? ああ、ただいま」

 トレーニング帰りなのか、真田は首に掛けたタオルで汗を拭っていた。
 見掛ける度にこの人はトレーニングをしているような気がする。と天田は口には出さなかったが、内心気にならずにはいられなかった。
 不意に何を思ったのか、が「あ!」と叫んで目を見開いた。
 隣の天田、向こうの真田の視線がに集中する。

「真田先輩、今夜ヒマ?」
「ああ、特に予定は無い」
「天田くんは?」
「僕も別に……」
「よし!」

 二人の返事を確かめると、はにっこり笑った。

「じゃあ三人で、長鳴神社の夏祭りに行きましょう!!」
「良いな。俺は構わないぞ」

 真田が間髪入れずに答えたため、天田は断るタイミングを見失ってしまう。
 ふたりの先輩、しかもうち一人が憧れの先輩であっては今更口も挟めない。
 ――仕方ないや。
 天田はひっそりと腹を括った。



◆◆◆



 午後6時、長鳴神社。
 既に賑わいつつある夏祭りの場へと三人はやってきた。
 は宣言どおり、薄紫の浴衣を着ている。男には見えない……というか誰が男だと思うのか。そのぐらいの女らしさは異常だった。
 ――お姉さんお兄さんに引率されてるみたいだよ。
 天田は何とも言えない気分になった。
 は夏祭りにすっかり浮かれはしゃいでいる。

「ひゃー、すっごいな!」
「はしゃぎすぎて転ぶなよ?」
「ちょっ、俺はそこまでガキじゃないからね!」

 手に提げた巾着を揺らしながら、が真田を指差した。真田が笑いながら「判ってるよ」と答える。
 そんな二人の横で、天田は、惚けたような顔で屋台を見渡していた。平静を装いながらも、やはり楽しみだったようである。
 そんな天田の手を、ふとが掴んだ。天田は驚き、目を丸めてを見上げる。
 は穏やかに笑ってみせた。

「はぐれないように、ね!」
「ぼっ、僕はそんな子供じゃないですよ」
「違う違う」

 は自慢げに胸を張り、答えた。

「俺が迷子になりやすいからよ!」
「情けないなオイ」
「うるさいっ。先輩は大人しく俺達の保護者をしながら楽しめば良いのです!」

 真田の素早い指摘に、それ以上のスピードでは切り返す。
 天田の手を引いてるんるんと歩き出すの後ろを、やはり笑いながら真田はついて行ったのだった。
 人込みに流されつつも、はぐれないようにと天田はしっかりの手を握っていた。
 見た感じ、白くてすべすべしているの手は、こうして触ってみると案外しっかりしていることに気づいた。少し肌が荒れているのは、きっとが日常的に行っている家事のためだろう。
 ――本当にお母さんみたいだ。
 一瞬だけ天田が目を伏せる。それを知ってか知らずか、不意にが足を止めた。

「おっ、射的! 真田先輩勝負しよっ」
「勝負、か。よし、良いだろう!」

 聡い天田は、真田が「勝負」という単語に弱いことを知った。思っていたより熱血な人らしい。
 二人は揃ってお金を払い、銃と弾代わりのコルク5つを店主から受け取る。
 すっかりやる気な先輩たちを、天田は見守ることにした。

「あ。さん、巾着預かりますよ」
「おっ、ありがとう天田くん!」
「勝負とは言ったもののどうする? 的を多く倒した方が勝ちか?」
「んー、じゃあそれで。あ、なら弾もっと欲しいなあ」

 は浴衣の袖を捲りながら答えた。「はしたないぞ」という真田の呟きは黙殺される。

「お兄さん、もう一回分ずつ弾頂戴!」
「あいよ!」
「待て、同点だったらどうする?」
「より大きい的を倒してた方の勝ちってことで!」
「判った」

 真田とは互いに口元をつり上げた。
 天田は、二人から漂う妙な緊張感にひっそりと口を閉ざす。
 高校生がこんなことにこれほど真剣になれるとは知らなかった。しかもあの真田さんが……。

さんが真田さんをのせるのが上手いのかもしれない)

 天田は、そう一人納得した。
 真田が横目でを見据え、低く呟く。

「よし、手加減はしないぞ」
「ふふん、それはこっちの台詞です!」

 強気にがそう返す。
 ……二人の銃は、ほぼ同時に放たれた。

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