ゆかりと風花は唸った。
目の前には真顔を通り越して無表情にさえ思えるアイギスの姿。
三人はソファーに腰掛け、互いの顔を見つめながら話し合っていた。
困り顔のまま、ゆかりは風花を顧みる。
「風花、マジなの?」
「うん……」
始まりはアイギスの一言だった。
『わたしも、学校に行きたいであります』
それを、ゆかりは冗談半分で先輩達に話した。するとその話は先輩を通して理事長もとい幾月に伝わり、まさかの承諾が下りたのである。
むしろ“コミュニケーション負荷の高い場所での活動が興味深い!”と幾月はたいそう乗り気で、明日……9月2日から、アイギスは高等部二年生として月光館学園に入学することになった。
新たな敵の存在、様々な出来事に溢れた夏休みが明け、始業式を終え、帰ってきたかと思えばこれである。
ゆかりは大層不安になった。
それは隣の風花にも伝わっているようで、小さな苦笑いを浮かべていた。
「とりあえず、皆さん、お茶でもどうぞ」
ふと降り注いだ少年の声に、ゆかりたちは我に返った。
テーブルの上に並ぶ人数分のカップ。横には天田がいた。彼が用意してくれたのだろうか。
「ありがとう、天田くん」
「いえ、淹れてくれたのはさんですから」
「そう言えば、真田先輩と一緒に帰ってきてたっけ。バイト無いんだ、今日」
厨房の方の扉からひょっこり顔を出してきたを見ながら、ゆかりは呟いた。それからテーブルへと視線を戻す。
早速ゆかりはカップを手に取った。陶器越しに紅茶の熱が伝わってくる。
そういえばアイギスは機械ゆえ、食事はしない。しかし水分は取れることが、先日がうっかり出した緑茶を飲んだときに判明した。
温かい紅茶は、冷たい紅茶よりよっぽど喉を潤してくれる。不安と動揺も紅茶が和らげてくれるような、そんな気がゆかりはした。
そのうちと天田もやってきた。学校への転入が決まったアイギスを囲むように、二人が座る。
「でも、なんで学校なんかに行きたいんですか?」
「“二学期”の開始を受けて、日中の活動を合わせたいと考えました。わたしだけ、ここに待機していては、任務に支障をきたします。よって、同行を申し出たであります」
「昼間はシャドウも出ないだろうし平気じゃないか……?」
の呟きはもっともだったが、アイギスは納得がいかないようだ。
いつの間にか、昼寝から目覚めたらしいコロマルも輪に加わっていた。
生真面目なアイギスは、深刻そうな面持ちで語る。
「何時いかなる時も、油断はいけないであります。至らない所は、順次改善を図っていくつもりであります」
そんなアイギスに、暢気に笑いながらが言う。
「つーかアイギスちゃんはアレだ、奏夜くんと一緒にいたいだけだしょ?」
「勿論であります。彼のそばにいることは、わたしの一番の大事であります」
アイギスの素早い返答に、ひっそりとゆかりが溜め息をついた。もう何度目の溜め息だろうか。
静かに紅茶を一口啜り、とりあえずこれからのことを考える。決まったものは仕方ない、とゆかりは顔を上げた。
「そうだ。試しに制服着てみよっか?」
「学園用迷彩でありますね。是非ともお願いいたします」
ゆかりの提案にアイギスは頷いた。
しかしまだ、アイギス用の制服は無い。明日までには幾月が手配してくれる手筈だが、それでは今はどうするべきか。
一瞬考えてから、ゆかりはのんびり座るを見た。
「の制服、アイギスに貸してみてくれる?」
「オッケー。冬服だよね?」
「そうだね、アイギスのロボっぽい部分隠すなら冬服じゃないと……」
風花の呟きを背に、が席を立つ。彼は戦闘時に負けず劣らずのスピードで階段を駆け上がっていった。そして5分としないうちに、自室から月光館学園の冬服を引っ張り出してきた。
やたら楽しそうな顔だ。さながら、着せかえ人形を楽しむ女の子の心境なのであろう。は男だが、この寮に住む男性陣の中では女心に精通している方なのである。
から制服を受け取った風花が、アイギスを連れて奥の方へと消えていく。
ソファーに座り直したの顔からは笑みが絶えない。
「なんか楽しみだなー」
「何が楽しみよ、私たちでアイギスのサポートしなきゃなんだから」
「だって俺クラス違うし~。……ああごめん! ゆかりちゃん! 俺も補助ちゃんと頑張りますから怒らないで、ね!?」
ゆかりの手痛い制裁がを襲わんとしていた時。寮の扉が開いた。
「ただいま」
奏夜と順平だ。一緒に帰ってきたらしい。
「あ、帰ってきた!」
「丁度良いトコに」
天田とゆかりが、帰ってきたばかりの二人を見る。不思議そうな彼らを余所に、ゆかりは少し声を張りながら振り返った。
「風花ー、アイギスどうなったー?」
ゆかりの呼び掛けから、さほど間を空けることなく、風花とアイギスがラウンジに戻ってくる。
アイギスは、月光館学園の女子制服をしっかり着込んでいた。その表情は何処か自信に満ちている。
そんなアイギスを見て、奏夜と順平は硬直していた。
沈黙する二人の反応に不安を煽られたのか、アイギスの隣に立つ風花がおずおずと口を開いた。
「ど、どうかな?」
「風花さんに装着していただいた学園用迷彩は完璧であります」
びしっと敬礼するアイギスを見つめながら、奏夜がぽつりと呟く。
「……もう冬服?」
「いやいや、そこじゃなくて! 制服着せて何すんだよ、だろー!?」
至極真っ当な順平の切り返しに、ああ、と奏夜は頷いた。
ますます明日からの学園生活が不安になったゆかりが頭を抱えたのは、言うまでもない。
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