まだ残暑厳しい9月の始め。
 ニットキャップにロングコートを着込んだ荒垣の姿は、やたら威圧感を放っていた。当人の鋭い目つきもあいまって、どことなく周りの人が避けていくように思える。
 もちろん、荒垣はそんなことを気にも留めていなかった。下手に絡まれるよりずっと楽だった。
 それよりも、ぼんやりと胸中に淀む嫌な予感が気になって仕方なかった。

(アキに絡まれんのはごめんだぞ……)

 しかし今頃、その旧友は部活に精を出しているに違いない。第一、予感はあくまで予感である。気にするのはもう止めにしよう。
 そう思い、久しぶりに巌戸台駅前の商店街に繰り出した。
 ――が、5分も経たずに、思わぬ人物に出くわした。

「あ!」
「……か」

 荒垣はひっそり溜め息をついた。予感が当たってしまったな、と思う。
 自分を見るなり駆け寄ってくる、見た限りは長髪の女子学生。しかしこれで男だと言うのだ。世の中、目に見えることだけで判断していては、どんな落とし穴があるか判ったものではない。
 はきっと、性別を間違えて生まれたのだろう。……いや、彼の性格を考えると、わざと性別を間違われるような振る舞いを選んだのだとしてもおかしくはない。
 ――アキとは別の意味で面倒だ。
 なりたいわけでは無かったが顔見知りとなり、妙な縁ができ、たびたび話し、共に野良犬や猫と戯れるうちに、からすっかり懐かれてしまった。
 別にが嫌いなわけではない。ここまで友好的にされる意味が、荒垣には理解できないだけだ。

「ポートアイランドのとこ以外で会うなんて珍しいですね!」
「お前がはがくれでアルバイトさえしてなきゃ、俺はもう少しこの辺りに来てんだよ」
「安心してくださいよー、短期アルバイトだったんで今は……ってちょっと荒垣さん何気に失礼じゃないですか!?」

 は気にしていないようだが、思ったより周りの視線が集まっている。帰宅途中であろう月光館校生や、買い出しに来たであろう主婦。ちらちらとこちらを窺うかのようだった。と荒垣の組み合わせは、やはり珍しく映るらしい。
 荒垣はそっと溜息をついた。そんな荒垣に、は嬉々として話し掛ける。

「これから何処行くんですか?」
「テメェにゃ関係無えだろ」
「よもや、はがくれ?」
「判ってんじゃねえか」
「奇遇ですね俺もはがくれ行くところだったんですよ」
「じゃあ俺は帰る」
「ひどっ!」
「……冗談だよ」

 忙しなくころこれと表情を変えるに、つい荒垣の頬は緩んだ。
 ――その時だった。
 はがくれの前に立つ荒垣たちに、近づく人物がふたり。ひとりは銀髪、ひとりは青髪の少年である。
 は思わす声をあげた。

「真田先輩に、奏夜くん?」
「アキ……」

 荒垣は目に見えて不機嫌になった。じっと真田を睨むような視線は凄みがある。しかし彼が怯むはずもなく、視線を受けながら淡々と真田は口を開いた。

「事情が変わった。悪いが今日はノーと言わせる気はない」
「あぁ?」
「新しい敵が現れた。俺たちと同じペルソナ使いだ。それから……」

 真田はあえて感情を込めずに話した。

「――天田が、俺たちの仲間に入った」

 瞬間、荒垣の様子は一変した。
 血相を変え、慌てて真田に詰め寄り問いただす。真田の襟首を掴みかねない荒垣の勢いに、と奏夜は肝を冷やした。

「どういう事だ、そりゃ!」
「適性が見つかり、幾月さんが認めた。今のあいつはペルソナ使いだ」
「なんてこった……」

 二人の会話に、奏夜とは呆然としていた。その時は、奏夜が事情も判らぬまま真田に連れてこられたであろうことを悟った。自然と奏夜とは視線を合わせ、しかし、一切声を発することなく様子を見守るのみ。
 二人が驚いたのは、荒垣がペルソナ使いであることよりも、天田の参入への反応である。天田のことを聴いた途端の荒垣の動揺ぶりは、尋常ではなかった。
 気になりながらも、とても口を挟める様子ではない。ただならぬ事情があるのは確かだった。
 しばらく黙り込んだ後、荒垣はゆっくりと口を開いた。

「ひとつだけ聞かせてくれ。仲間になったってのは……アイツの意思か」
「ああ。自分から志願してきた」
「そうか……」

 呟く荒垣の姿はどことなく痛々しい。は彼に声を掛けようとした。
 けれど、何て声を掛けたら良いんだろう――?
 結局は何も言えなかった。
 視線を移した時、再び奏夜と目があった。さすがの彼も引っかかるものがあるようで、困惑しているようだった。
 そんなたちの心境など、先輩たちは知る訳もない。後輩たちに話せる事情でもなかったのだ。

「……なら、傍に居ねえとな」

 ああ、こういう時だけ、予感は本当によく当たる。ずっと感じていた予感はこれだったのだ。
 そう思いながら荒垣は、遠くを見るようなまなざしで空を仰いだ。

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