9月の満月の夜――。
 ポロニアンモールの地下に張り巡らされたケーブルを乗っ取っていた大型シャドウは、エスカペイドの地下にて発見された。
 見つけるまでは手間取ったものの、何とか撃破は成功した。

「……やっぱり、想像と全然違いますね」

 初めての作戦を終えたばかりの天田は、いまだ緊張しているようだった。肩で息をしながら、額に滲んだ汗の粒を手の甲で拭っている。
 仕方のないことだ。まだ経験も少ない上、初の満月である。いつもとは比べものにならない大きさと力を持ったシャドウ相手に、目立つ怪我をすることなく戦い抜いただけで十分だった。
 美鶴はフッと微笑んだ。

「だろうな。……しかしよく頑張った」
「ありがとうございます」

 礼儀正しく天田は頭を下げた。

「それにしても、順平さんは何処行っちゃったんでしょうね?」
「さっき山岸が伊織の反応を確認したそうだ。寮にいるらしい」
「さぼり……ですか?」
「どうだろうな」

 美鶴は肩をすくめた。
 寮にいるらしい順平の反応を察知した風花は、「なんだか順平くんの様子がおかしい」とも口にしていた。
 ただのさぼりなら良いが――。

「全く順平の奴ったら…」
「まーまーゆかりちゃん。思春期の男児にも色々あんのよ。……そうだコロちゃん、俺と寮まで競走しようか!」
「ワンッ!」
って体力バカ?」
「今日は待機で有り余ってんの。よし行くぞリーダー!」

 騒がしい部員たちの声に少しばかり気を緩ませながら、美鶴は笑った。



◆◆◆



 彼女――チドリと会ったのは、夏休みの真っ只中。
 チドリは、真っ白なドレスに身をくるみ、ポートアイランド駅前広場のベンチに腰掛けていた。
 その姿に順平は、何となく目を惹かれた。
 最初こそは素っ気なかったが、何度か会うたび、少しずつ言葉を交わせるようになった。
 チドリのスケッチブックの絵が完成した暁には、見せて貰う約束も交わした。
 そんな彼女に、順平は、自分が真夜中に体験していることを語った。
 無表情な彼女が、その話を聞いた時に興味を持ってくれたことが嬉しかったのだ。僅かにチドリが頬を緩ませるたび、順平の胸の中には喜びが込み上げた。
 そして今日もまた、彼女に話して聞かせようと思っていた。何時ものようにちょっとばかり大袈裟な語り口で、真夜中の戦いのことを。
 ――なのに。

 順平は、巌戸台分寮の屋上にいた。
 影時間の淀んだ空気が、肺に染み込んでいく。今日は満月だ。大きな大きな満月が、暗い緑の空に浮かんでいる。
 順平は縛られたまま、身動きできずにいた。

「……作戦はもう終わってしまったみたい」

 順平の目の前には、チドリがいた。いつもと変わらないドレスに身を包み、感情のない瞳で順平を見つめている。
 華奢なチドリの右手に握られた鎖のついた手斧は、順平の鼻先に突きつけられていた。

「どうして“自分はリーダーだ”なんて嘘をついたの」

 さすがの順平も、理解していた。
 彼女――チドリが“敵”であることを。
 真夜中の活動の話を聞かせる際、順平は確かに嘘をついていた。

『へえ……その化け物退治の活動、順平が入ってから負けなしなんだ? じゃあ順平はチームのエースみたいなもの?』
『ま、まあな。リーダー的役割ってとこかな? オレがいないと始まんないっていうか。作戦でもオレの指示で動き出すんだ』
『そうなんだ。すごいね』

 気になる女の子の前ではかっこ良くありたいとか、色々な気持ちからつい飛び出した嘘。
 それを信じた彼女は、順平を拘束した。そして言った。
「仲間たちに作戦の中止命令を出して。今後の作戦も全部止めるように言って」――と。
 一連の行動とその発言で、彼女が以前会ったストレガの仲間であることを、順平は気付いた。

「……一つ聞いてもいいか」

 チドリの質問に答える気力は無かった。
 順平が力無く呟くのを、チドリは何も言わずに見つめる。

「オレと仲良くしたのも……このためだった? オレが敵だって判って、油断させるためだったんだ……?」

 泣きそうな順平の声に、チドリが目を見開いた。今まで感情らしいものが一切浮かばなかった彼女の瞳が、僅かに揺らぐ。

「それは――」

 答えようとしたチドリの声は、勢い良く開け放たれた屋上のドアの音にかき消された。
 ハッとチドリが振り返る。

「順平!」

 奏夜であった。
 拘束されている順平を見て、無事を確かめるように声を上げる。それと同時に彼は、剣を構えて駆けだしていた。

「チッ!」

 チドリは舌打ちをしながら奏夜を見た。そして、空いた片手でなにかを取り出す。――鈍色の拳銃。ペルソナを呼ぶための召喚器であった。
 奏夜の額にじわりと汗が滲んだ。作戦の疲労が、彼の足を鈍らせている。
 相手のペルソナ召喚が先か、自分の剣が届くのが先か――。
 焦燥が、心臓を急かしていく。

「おいで、メーディア」

 何処か病んだような笑みと共に、チドリが召喚器を両手で構えた。
 じゃらりと鎖を鳴らしながら、手斧が床へ滑るように落ちていく。あらゆる物が息を閉ざす空間に、斧と冷たい床とのぶつかりは強く響いた。
 ――瞬間、屋上の柵の向こうから影が飛び上がってくるのを、奏夜は見た。

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