巌戸台商店街、長鳴神社、そしてポロニアンモール。テオドアが希望したスポットを、は何とか巡りきった。ある程度独断や偏見のまじった案内になったかもしれないが、も巌戸台住民としてはまだ日が浅い方である。何とかそこは甘く見てもらうことにした。
(それにしても、放課後の数時間でよく回り切れたな……俺)
大きな溜め息と同時に、の肩から力が抜ける。
街中を巡ること自体は何ら苦ではなかった。各所にてテオドアの起こす珍妙な言動に対して必死に指摘したり制止することが、の予想以上に体力と気力を持っていったのだ。
ポロニアンモールを巡り終えた頃にはすっかり日も落ちており、モール内は街灯によってロマンチックに照らされていた。
そろそろ此処で、奏夜・エリザベス組と落ち合う予定になっている。
何処と無く満足げな笑みを浮かべるテオドア。彼の前で疲労した姿を見せ、今まさに充実感を楽しんでいるテオドアの心に水を差すわけにはいかない。
は今一度気を引き締めて疲労を押し殺し、彼に声を掛けた。
「テオ。今の時間ならエスカペイド開いてるし行ってみたら?」
「でしたら様もご一緒に」
誘いの言葉は有り難かったが、は行けない。学生服のままでは入り口で止められてしまうだろう。入れたとしても、学生があんな場所に行くのは問題がある。学校の人間に見られては後々面倒臭いことになりそうだ。
「いや俺、このままじゃ行けないんで……私服持ってきてないしなァ」
「そうですか。ではやはり、日を改めて参ります。……奏夜様たちが戻るまで、ベンチにて休憩と致しませんか」
テオドアに気を遣ったつもりが、逆に遣わせてしまったようだ。「判った」短く返し、は頷いた。
噴水前のベンチに腰を下ろすや否や、は大きく息を吐いた。
「いやー、楽しかったなー。あちこち巡って、テオのキテレツな行動見て、濃い1日だったわ」
「キテレツ……ですか」
の言葉を受け、テオドアが考え込む。誤解がないようにとは慌てて弁明した。
「あ、悪い意味じゃないよ! 何て言うか、あれもこれも初めて触れたんだろうなっていうか……純真な子供みたいだったなと」
「私が、純真な子供?」
「あー、うーん……上手い喩えが出なくてごめんよー……」
明らかに年上である相手に“子供”は不適切な表現だったかもしれない。しょんぼりとは項垂れた。
それを見て、テオドアはフッと笑う。
「いいえ。あながち外れでは無いのかもしれません。この世界において私は子供同然……。知識はあれども、経験を積む機会には恵まれませんので」
は瞬きした。
――この世界?
一体どういう意味なのだろう。以前は、テオドアがどこかの貴族か何かではないかと思ったことがある。口振りから察するに、かなり隔離された環境で育ったのは間違いないようだ。
(まさか本当に異国の貴族なのかしら……。いやはや謎だ)
しかしその割には護衛らしき人の姿もなく、テオドアの日本語は流暢で、かつ身体能力も常人を遥かに上回っている。彼のベルボーイのような服装も、貴族というより、使用人や執事という方がしっくりくる印象だった。
はますます悩む。そんなの姿すら楽しむように、テオドアは涼しげな笑みを湛えたままだった。
「だからこそ私は興味が沸いたのです、この世界に」
黄金色の瞳が空を仰ぐ。真似ても、夜空を見上げた。
街の明るさに負けて星らしきものはなかなか見えないが、欠けた月が浮かんでいるのが判る。テオドアの目と同じ色の月だ。
「奏夜様や様を通し、私はその興味のままに世界へ触れ、今までに感じたことのない感情と経験を重ねてきました。出来ることならばもっと深く、この世界というものを実感したく思います」
「テオ……?」
すぐ隣に座っているはずのテオドアが、まるであの空の月のように遠くに感じられる――。
反射的にが名前を呼ぶと、彼は目を細めながら此方を見た。
「エイガマツリに続き、本日も様のお陰で充実したひとときを過ごせました。有難うございます」
「い、いや、どういたしまして」
急に改まって礼を言われ、ははにかみながら返す。自分でも顔が赤くなっているのが判って、つい視線を落としてしまう。くすくすと笑うテオドアの声がして、は更に赤くなっていった。
「俺、大したことしてねーし。それにホラ、前にテオが言ってたじゃん? 友人として接してくれって。ダチ同士なら、こんぐらい当然のことだから!」
は、照れ隠しに軽くテオドアの肩を叩きながらそう言った。
そしてそんなに、テオドアも嬉しそうに返す。
「これが“男同士の熱い友情”……。不思議とくすぐったいものですね」
「うんうん、男と男の………んっ!?」
頷きかけ、は硬直した。硬直した首を、まるで軋む機械を無理矢理動かすかのようなぎこちなさでテオドアの方へ向ける。
「……つまり、それって」
「様が男性であることは、奏夜様から伺いました」
テオドアの唇が美しい弧を描く。
はその様に見惚れ、声も出せずにいた。神秘的かつ端正なテオドアの顔立ちにかかれば、同性であることなど何ら関係がない。真正面から向き合い、見つめられたとなれば尚更だった。
「この世界において敢えて生きにくい手段を選び生活している様には、深い興味を抱いております。しかし、その事情を無闇に追求するような真似は致しません。そういったことへの偏見という概念も私にはございませんので、ご安心を」
淡々と告げながら、テオドアが腰をあげる。彼は、相変わらず一言も発せずにいるの前へ立った。
テオドアが再び笑う。恭しく右手を差し伸べながら、彼は言った。
「代わりにというのも変な話ですが、再びこの世界を探訪することがあれば……また貴方と共に巡りたく思います。――私の大切な友人である、貴方と」
この右手は、その証の示すためのもの。
……は笑い返した。
「こちらこそ。ダチの誘いなら大歓迎さ」
答えながら、テオドアの手へ自分の右手を重ね、ぎゅっと握る。
二人は固い握手を交わした。
友情の証として。
約束の印として。
不思議なものだ、とは思う。
たった二度行動を共にしただけで、これほど情が募るなんて。
同時に脳裏を過ったのは、8月の満月の夜。ジンたちストレガと相対した日のこと。しばらくの中で渦巻いていたあの苦々しい記憶も、今ではだいぶこなれたようだ。だからこそテオドアから目を逸らさずに、この手を握れたのだと思う。
――それともテオドアの纏う神秘的かつ、時に人ならざる何かを思わせる雰囲気がそうさせたのだろうか?
どちらにせよ、は間違いなく彼を“友”と信頼することが出来ていた。
「……心から感謝致します」
笑いながらテオドアは手を解いた。もそれに応じて手を下ろしかけた時。何故か再び、テオドアがの手を掴んだ。
「テオ?」
「私の感謝の気持ちを形に致しました。お受け取りください」
「え……」
ゆっくりとテオドアが手を退ける。
の手のひらに、一枚の羽が置かれていた。いや、正しくは羽のような形をした青色の何かだ。硝子ともプラスチックとも違う透明感を持った、美しい品だった。仄かに輝いているように見える。その羽飾りにはストラップ用のチャームが取り付けてあった。
「様の目を盗みこっそりと製作した、自慢の逸品です」
「うわ、ちょーキレー! マジで良いの!?」
はしゃぐに、テオドアは笑って頷く。
「私にはこちらがありますので」
そう言って彼が摘まんで見せたのは、たこ焼き屋で貰ったキーホルダーだ。
明らかには自分の方が得をしている気がしたが、彼が“良い”と言うならば良いのだろう。遠慮なく受け取ることにした。
「有難う、テオ。大事にするよ!」
「どういたしまして。喜んでいただけたようで何よりです」
その時、ちょうど奏夜たちがポロニアンモールに戻ってきた。彼らは噴水前にいるとテオドアにすぐ気付き、歩み寄ってくる。
奏夜はに訊ねた。
「案内してくれた?」
「おう、バッチリよ。ちょいキツキツなスケジュールだからさらっと巡る形になったけど、続きはまた今度ってね」
「また今度……。そうだな、うん。有難う」
「いいえー」
奏夜の顔に浮かぶ疲労の色に関してはあえて触れず――何があったかは寮でじっくり相談に乗ることにする――、は答えた。
エリザベスも観光を存分に楽しんだようだ。会った当初より瞳の輝きが増し、笑みも深くなっている。
「様。今日は弟が大変お世話になりました」
「いえ、此方こそテオには楽しませて貰ったんで! エリザベスさん、観光はどうでした?」
「はい。奏夜様のお陰で存分に堪能することができました」
笑いながらエリザベスは奏夜を見つめる。視線を受けた奏夜は力なく笑うばかりだ。
恐らくテオドア同様、もしくはそれ以上の奇想天外な行動をエリザベスがしたのだろう。美人ながら彼女からは、ただならぬ雰囲気を感じる。
奏夜の心労や奮闘が、には手に取るように伝わってきた。
「それじゃあ、依頼は達成で良いかな? エリザベス」
「はい。勿論でございます」
優雅に微笑みながらエリザベスが頷く。
依頼、という言葉には瞬きする。「ガチで貴族……?」生憎、彼の呟きに反応する者はいなかった。
「、ここで待ってて。エリザベスたちを送ってくるから」
「お、おう。判った」
奏夜に有無を言わせぬ強めの口調で言われ、はただ頷くしかない。
エリザベスとテオドアは改めてに礼を述べると、奏夜と共にポロニアンモールの裏路地へと歩いて行った……。
「あの先は行き止まりだった気がすんだけど……」
まあ良いか。は深く気にしないことにした。
程無くして奏夜は、路地裏から一人戻ってきた。が知らないだけで、きっとあそこには道があったんだろう。
何時ものようにポケットに手を突っ込んで歩いてきた友人の肩を、は元気づけるようにポンと叩いた。
「マジでお疲れさま。奏夜くん」
「もね」
ようやくしっかりと笑ってみせた奏夜を見て、も安心したように笑う。
お互い苦戦はしたが、充実した時間を過ごすことが出来た。
友人の役に立てた実感は、の胸中を暖かなもので満たしていく。
「さてー、帰ったら飯食って夜も頑張りますか!」
「バテない程度にね」
奏夜が音楽プレーヤーのスイッチを入れ、イヤホンを付けながら返す。「そうだね」とは笑いながら頷いた。
「無理はしないようにしなくちゃねー」
時間を確認しようとが取り出した携帯電話には、テオドアのくれたストラップが早速取り付けられ、揺れていた。
そのストラップに奏夜は、何故か既視感を覚えた。
淡く青い羽の輝き。
しかしそれを何処で見たのか、思い出すことは叶わぬまま寮へ着いたのだった……。
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