次の日、何も知らない王子は、何時ものようにビーストファングで壁を上りました。
しかし塔に入ると、ぎょっとします。
いつもいるはずのラプンツェルの姿は無く、立っていたのは魔女でした。
足元には、無残に切り落とされた黒髪。明らかにラプンツェルのものです。
王子は怒りました。
「魔女め! ラプンツェルに何をした!?」
「それはこちらの台詞だな。君こそ、ラプンツェルに何をした」
魔女の鋭い視線が王子を捉えます。
「ラプンツェルは繊細なんだ。変なちょっかいを掛けてくれるな」
「俺は……ッ!」
「君のせいで平穏を乱されたラプンツェルは、ショックから深い眠りについてしまった。そして、もう誰にも汚されぬよう、私が砂漠へ運んだ」
王子は愕然としました。
純粋に想い続けていたつもりでした。それがラプンツェルを追い詰めてしまっていたなんて。
がくりとくずおれた王子は、嘆き、悲しみました。
すべて魔女の口車だとは気付きもしません。
「ラプンツェルと君が出会うことは、もう無いだろう。さあ、諦めて帰ると良い」
王子は、静かに身を翻しました。生きる気力を根こそぎ奪われたような気分です。
ふらりと窓枠に近付き、魔女が止める間もなく、そのまま飛び出しました。
地面を転げた王子は、目に鋭い痛みを感じました。何時かの日、ラプンツェルが忠告してくれた茨の事を思いだしました。
「茨の棘か……」
そこに、従者がやってきました。ボロボロの王子を見て、目を丸めます。
「アキ!?」
「……シンジか?」
「テメェ、目が……。ったく!」
元気のない王子を、従者は急いで担ぎ、踵を返します。
魔女は塔の上から、じっと二人を見ていたのでした。
城に帰った王子の塞ぎ込みっぷりは凄まじいものでした。
「荒垣さん、真田さんったらどうしちゃったんすか?」
「最近ご機嫌だったのに……」
「クゥーン……」
「なるほどなー。失恋でありますか」
「先輩ほどの人が失恋って、まさしく難攻不落な相手じゃない……?」
城の人間は、王子の異変を大層心配していました。
耐え兼ねた従者は、駆け出しました。目指すは王子の部屋です。
引き摺り出して喝を入れるつもりでした。
しかし。
「……アキ?」
王子の部屋はもぬけの殻でした。机の上に、一枚の書き置きがあります。
『しばらく空ける。やっぱり俺には、諦め切れないみたいだ』
従者の気遣いは無用だったようです。
王子は傷も癒えぬうちに、再びラプンツェルと出会う為に旅立っていきました。
その頃、砂漠のラプンツェルは、魔女が施してくれた氷の魔術のお陰もあり、静かに眠り続けていました。
なのに、困ったことがありました。
幾ら眠っても、見る夢が同じなのです。
『ラプンツェル!』
それは、王子がやってきてからの毎日を思い返すような夢でした。
端正な顔を、子供のようにくしゃくしゃにして笑って、自分の名前を呼んで来る、王子の姿ばかり……。
今、彼はどうしているのだろう。
(今更だけど、俺、王子のこと好きだったんだなぁ)
けれども、もう会うことも無いだろうから。どうか可愛いお妃さまを捕まえて、幸せになってください。
ラプンツェルは、ちくちくと胸が痛むのを知らん振りで、また静かな眠りにつきました。
……しかし、やはり落ち着きません。
仕方なしに、暇を潰そうと歌を唱い始めました。
「世界を… 守ったから…」
王子が好きだと言ってくれた歌を唱ううち、ラプンツェルの瞳には涙が浮かんでいました。
ラプンツェルは、唱い続けました。
――その時。
誰も寄らないはずの砂漠に、足音が近付いてきました。
ラプンツェルがハッと顔を上げます。
「え、王子……?」
肩で息をしながら、王子が立っていました。
痛々しい治り掛けの怪我が、ラプンツェルの胸をずきりと痛めます。
「その歌が、俺を此処まで導いてくれた……」
王子は言いました。
「ラプンツェル、すまなかった。俺にはやっぱり諦め切れない」
「え?」
「一度言ったからには、曲げられないんだ。曲げたく、ないんだ」
王子はラプンツェルに歩み寄ると、ひっしと抱き締めました。
あまりにきつく抱き締められたので、ラプンツェルは息が詰まりそうになりました。
「どうか城に来てくれ。俺と一緒に暮らそう」
ラプンツェルは堪らなくなって、王子の背中に手を回しました。何度も何度も頷いて、王子に答えます。
王子は嬉しそうに笑って、ラプンツェルを抱き締め直しました。
「……あの、王子」
「ん?」
「怪我が……」
「まあ、ちょっとな」
王子ははぐらかしました。
ラプンツェルを想う余りに身投げじみた真似をして怪我をしたなんて話せません。
王子を労るように、ラプンツェルは優しい声で言います。
「目を痛めたんだろ? 美鶴さんから、薬を貰ってる」
「え……」
「俺はショックで寝た訳じゃない。やること無いから寝てただけ」
そこでようやく、王子は魔女の口車に乗せられていたことに気付きました。
ラプンツェルは王子に薬を使いながら話し続けます。
「砂漠に来たのは王子がしつこかったからからだけど、逆に王子のこと好きだって自覚する羽目になっちゃったし」
薬が効いたのか、傷は癒え、王子の視界は瞬く間に輪郭を取り戻しました。目の前には真っ赤な顔のラプンツェル。
王子の胸はぎゅうっと締め付けられたように切なさで苦しくなりました。
「……っ、早く城に帰ろう!」
「え?」
王子は、戸惑うラプンツェルを抱き上げました。
「ああ、我慢出来ない……。このまま此処で食べちまいたいくらいだ!」
「は? 食べ……」
「俺のものにしたいってことさ。……あ、もう俺のものだったな」
ラプンツェルはまた顔を赤くして、俯いてしまいました。何も言えなくなって、王子に身体を預けます。
王子はラプンツェルに頬を寄せるようにして、その実感を楽しんだのでした――。
そうして城へ戻った王子とラプンツェルは、めでたく結ばれ、仲睦まじく幸せに暮らしましたとさ。
はてさて……そういえばあの魔女は一体何がしたかったのでしょうか? 今となっては確かめるすべもありません。
けれどきっと、ラプンツェルの幸せを思っていてくれたことは、違いないでしょう……。
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