王子は諦め切れず、足しげく塔の下へ行きました。
歌を聞いては「会いたい」という思いが募り、入口を探し回り、痺れを切らして壁を上ろうとすると従者たちに見つかり、引き摺られるようにして帰りました。
そんなある日、いつものようにラプンツェルの歌を聞いていた時のことです。
「……魔女?」
塔の下に、魔女が現れました。そして、塔を見上げて言うのです。
「ラプンツェル、ラプンツェルや。君の長い髪をたらしておくれ」
すると、塔の上から長い髪が垂れ下がり、魔女はそれを上って塔へ入っていったのでした。
「あれだ!」
王子は目を輝かせました。
しばらくして魔女が塔から下りて来るのを確認した王子は、そっと入口の無い塔に近付きます。
改めて周囲を確認すると、言いました。
「ラプンツェル、ラプンツェルや。君の長い髪をたらしておくれ!」
ラプンツェルは反射的に髪を垂らそうとして、ふと気付きました。魔女の声にしては質が違います。生まれてこの方、魔女と自分以外の人間を知らないラプンツェルでも分かりました。
そっと、ラプンツェルは窓から下を覗き込みました。
「ラプンツェルー! ラプンツェルやーい!」
――だ、誰だアレ!?
一心不乱に両手を振って、ひたすらラプンツェルを呼ぶその姿は、間違いなく魔女ではありませんでした。
何処と無くバカそうに見えるのは、遠くてぼやけているからでしょうか。
「どうしよう、変な奴が来た……!」
「おーい、ラプンツェルー!」
「やばいよ、やばいよ!」
動揺してラプンツェルが縮こまっている頃、塔の下の王子は悶々としていました。
「んー……違うのか? じゃあやっぱり、上るしかないな」
遂に王子は、その手にビーストファングを装備し、壁を上り始めてしまいました。
ざく、ざく。
怪しい物音にラプンツェルが下を見ると、なんと王子が壁を上ってきているではありませんか!
焦るラプンツェル。
迫る王子。
「……フィニッシュッ!」
「ぎゃあ!」
軽やかな掛け声と共に、王子は塔に飛び込みました。
ラプンツェルは王子に驚き、こてんと後ろに倒れ込みます。
王子はハッとして、グローブを外すとラプンツェルに駆け寄りました。
「だ、大丈夫か?」
ラプンツェルは王子に支えられながら起き上がります。そして一旦落ち着くと、また慌て始めたのでした。
「うああ、人間だよ! しかも立派な召し物着てますよ! うあああ、美鶴さんに見つかったらどうしよう……」
「お前が、ラプンツェルか? いつも歌を唱ってるのもお前か?」
「え? ああ、うん。俺がそうだけど……」
ラプンツェルが頷くと、王子は嬉しそうに笑いました。
「ずっとお前の歌を聴いていて、一目でいいから会ってみたいと思っていたんだ!」
「そ、そうっすか……」
「思っていた以上の素敵な人だ……。俺はこの国の王子だ。良ければ俺の妻になってくれないか?」
「展開早ッ!」
まっすぐな王子の視線に惑わされることなくツッコミを入れたラプンツェルは、慌てて王子から離れました。
「無理無理、第一俺は男だし、本で見たぞ! 同性間でそんなの駄目だって……」
「男でも妻は妻だ」
「あ、性別関係なしに、もとから諦めるつもりはないのね……」
ラプンツェルは困りました。そこに、何処からともなく動物の鳴き声が響きます。
王子はぴくりと反応しました。
「む、コロマル! ということはシンジも一緒か……」
「は?」
いつものように、従者と犬が王子を探しに来たようです。
王子は困りました。
「ラプンツェル、俺はもう帰らなくちゃいけない。返事はまた今度聞きに来る」
「聞きに来るも何も、そんなつもり毛頭無いですよ俺…」
「はい、って言ってくれるまで来るからな」
「えぇ? ……って!」
窓のへりに足をかけて笑う王子に、ラプンツェルは驚きました。ここから飛び下りようというのでしょうか、彼は。
「駄目っ!」
「え?」
「この辺りには茨が生えてるんだ。飛び下りて茂みに突っ込んで、目を引っ掛けでもしたら大変だろ」
王子をどかすと、ラプンツェルは自分の髪をそっと塔の下に向けて垂らしました。
「ほら、これで下りて」
「……っ」
「あなたさ、本当に運が良いよね……。昼間来てたら魔女に見つかって酷い目にあってたろうよ」
王子は無言で震えていました。不審に思ったラプンツェルが顔を覗き込むと、
「ラプンツェルっ!」
がっしとラプンツェルを抱き締めました。
「ありがとう、ようやく俺の為に髪を垂らしてくれたな」
「よ、ようやくも何も会ったばかりなんですが……」
「本当にありがとう」
王子の笑顔と心からの感謝に、ラプンツェルは真っ赤になりました。
一方、塔の下では素頓狂な声が上がっています。塔から垂れた黒髪に驚いたようでした。
王子はもう一度ラプンツェルを抱き締め「また明日な」と笑い掛け、下りて行きました。
「待たせたなシンジ!」
「っこのダアホが!」
「いでっ!」
下で合流したふたりは、わいわい騒いでいます。
「だがシンジ、聞いてくれ。俺、この塔に住むラプンツェルと結婚しようと思うんだ」
「おー遂に身を固める決心がついたか。喜ばしいな」
「何勝手に決めてんの!?」
思わずラプンツェルは身を乗り出しました。
まず視界に移った、白いふわふわした犬に、ラプンツェルは密かにときめきました。ふっと従者と目が合います。
「テメェがラプンツェルか?」
「あ、はい」
「……アキを、頼む」
「だから決まって無いって!」
従者は悟ったように続けました。
「こいつ、馬鹿だから。多分諦めねえぞ」
「やっぱ馬鹿なんだ……」
ラプンツェルも悟ったように呟きました。
王子は気にとめる様子も無く馬に跨がります。
「よし、行くか」
「おう」
「ワンッ!」
去って行く人影を、ラプンツェルはじっと見つめていました。
それからふと塔の壁に視線を戻すと、溜め息をついたのでした。
「……壁、ボロボロだよ」
――次の日も、また次の日も、王子はラプンツェルに会いに来ては、妻になって欲しいと頼みました。
耐え切れなくなったラプンツェルは、遂に、王子がやって来たことを魔女に打ち明けました。
「このままじゃまた、壁に傷が付くし、いつまでも来るかもしれない……」
「ラプンツェル。君は王子が嫌なんだな?」
「だって、あんな非常識なひと、どう接したら良いか判らないし。俺、男だし」
そこで魔女は提案しました。
「君はいっとき、砂漠に身を隠していると良い。私がその王子に会って、ラプンツェルには妻になる気持ちが無いと話してみよう」
「砂漠?」
「私の魔力でフォローする。その為には、だ……」
魔女は、ラプンツェルの長い髪を手にとると、背中辺りでばっさり切り落としました。
「この髪も邪魔だろう。さあ、行こうか」
「はいっ」
そうしてラプンツェルは、ひとり、砂漠の真ん中で過ごすことになりました。
やることもないラプンツェルは、静かに眠ることにしたのでした……。
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