はひとり寮のラウンジにいた。
 朝は38度近かった熱も、薬を飲んでぐっすり眠ったおかげでだいぶ良くなった。

(あとは喉の痛みと咳さえ治まれば……いやコレが手強いんだけどさ)

 コロマルが、を心配するように鼻を鳴らして寄ってくる。あまりの可愛さに抱き締めたくなったが、風邪が移ってはいけない。頭を撫でる程度に留めておいた。

「荒垣さん出掛けてるんだなー……」

 風邪を引いている時の心細さは異常だ。しかしこれ以上自室にいるのは、寂しさに拍車が掛かって嫌だった。
 はソファーに横になり、コロマルに見守られながら瞳を閉じた。



◆◆◆



 真田はいち早く学校から帰って来た。を心配してのことである。
 そんな真田がラウンジに入るなり、コロマルが駆け寄って来た。控え目にクンクンと鳴きながら、何やら不安そうだ。

「どうした?」

 コロマルは、真田を誘導するようにソファーへ近寄る。導かれるままに真田もソファーを見た。
 ……が寝ている。パジャマ姿のまま、それは心地良さそうに。

「風邪がぶり返すだろ……これじゃあ」

 真田は、を部屋に運ぶことにした。
 そっとの体の下に両腕を差し込んで、抱き上げる。思っていたほど重たくはなかった。とてもあたたかい。
 が起きる様子は無かった。薬のせいで眠りが深いのだろうか。静かに真田へ身を委ねている。
 静かに歩いて階段を上っていく。の部屋は3階だ。3階は男子禁制の約束だが、事態が事態なので致し方ない。
 コロマルも後ろからついてくる。

「ん? どうした?」

 コロマルは、真田より先にの部屋の前につくと、半開きのドアに体を押し込み、器用に扉を開けてみせた。
 思わず真田は感心してしまった。

「賢いな。ありがとう、コロマル」
「ワンッ」

 小さな声で言葉を交わし、部屋に入る。
 そっとをベッドに下ろし、布団を掛けてやると、真田はふうと息を吐いた。
 コロマルも安心したように真田と並び、を見ている。
 真田はまじまじとを見つめていた。
 綺麗な寝顔だ。長い睫毛に縁取られた瞼をぴったり閉じ、うっすら開いた唇からは規則正しく寝息が零れている。

「大分良くなったみたいだな……」

 真田は手袋を外した。少し身を乗り出して、の額にそっと触れる。
 ――うん、熱はなさそうだ。
 ホッと胸を撫で下ろしたその時、がぱっちりと目を開いた。

「あっ」

 真田はの額に触れたまま固まっていた。
 は真田の手を掴むと、そっとどけた。それから体を起こすと、真田とコロマルを見た。

「……おか、えり?」

 は目を真ん丸にして、きょろきょろと視線を泳がせる。
 何となく理由を察した真田が、苦笑しつつ口を開いた。

「お前がソファーで寝てたから、運んだんだ」
「あ、そうなの!? ありがとうございます……」
「気にするな、俺がやりたくてやったんだからな」
「でも……、げほっ」

 が小さく咳き込む。
 真田は慌てて彼の背中を擦った。

、大丈夫か?」
「だ、大丈夫だよ。こんぐらいで大袈裟だなぁ……」
「それだけ心配してるんだ」

 真田の真面目な声に、は妙な気恥ずかしさを覚えた。

「とにかく、大丈夫。ありがとうございます。だからほら……コロマル連れて部屋出て。風邪移したらマズいし」
「ああ、それもそうか」

 真田は、部屋のドアを開くと、コロマルを外に出した。そしてドアを閉める。
 は「え」と声に出して首をかしげた。

「あの……?」
「俺は馬鹿だから風邪は引かない」

 笑って真田は言いのけた。
 勿論は驚いた。

「は? いや、馬鹿でも風邪は引くから! てか先輩馬鹿じゃないでしょっ」
「プロテイン馬鹿だの筋肉馬鹿だの言われまくってる」
「いや、それとこれとは……、っ!」

 慌てて両手で口を押さえ、は咳き込んだ。先より辛そうなその様子に、真田はの背中を再び擦った。

「だ、大丈夫か?」
「げほっ、げほ……っ、あー……何とか……」
「そうか、良かった」

 真田は笑うと、の頭を撫でた。

「とりあえず、横になれ。眠れるまで傍にいるから」

 は目を丸めた。
 ――心細いの、バレてたのかなぁ……。
 こっくり頷いたは、真田に言われたとおりまた横になった。
 真田はに布団を掛けてやると、の顔がしっかり見えるよう、そばに腰を下ろした。
 が恥ずかしそうに真田を見ている。

「何か、寝辛いですよ」
「俺はいない方が良いか?」
「あ、いや……」
「じゃあ寝ろ」

 また真田が、の頭を撫でる。
 は頭を撫でられるのに弱い。つい顔が赤くなって、慌てて布団に潜り込んでしまう。

「苦しくないか?」
「平気です!」
「なら良いんだが……」

 は内心混乱していた。心臓がドキドキと早鐘のような鼓動をするものだから、少し辛い。

(何だかんだで、真田先輩って面倒見良いんだよな……)

 胸を押さえつつ、はとにかく眠ろうと瞳を閉じた。

「……おやすみ」

 優しい真田の声に、また顔が赤くなるのを、は自覚していた。

prev Top next