今日のアジトにまだアリトンの姿はない。きっと王都にある屋敷のメンテナンスに向かっているのだろう。
 シャックスと共にアジトへ戻ったは早速仕事に取り掛かろうとしたがシャックスに引き留められ、ソファーに腰を下ろした。隣にどんっとシャックスも座る。

、訓練の調子はどうどう?」
「とっても良いです。後は自己練習だけで大丈夫だろうって」
「じゃあお祝いだお祝いだー! 実はねとっておきのキノコがここにありましてウフフフフ」

 にんまりしながらシャックスは中くらいの籠を取り出して見せた。どこに隠していたのか全く分からない。その中には様々なキノコが溢れんばかりに詰まっている。

「今日はお祝いの予感がしたから、集めておいたのだ!」
「これだけあったら、パスタだけじゃなくスープにグラタン……色々作れるね」
「わーい!」

 珍しくアジトは静かだ。向こうではマルバスが髪の手入れをしていて、違う席ではバルバトスが楽器を磨いている。他のメギドたちは各々の仕事か、自室で作業なり休息なりしているのだろう。
 今日は張り切ろう。シャックスの用意もあり、はそう決心した。

「そういえばキノコを採るのはカゴなんだね」
「そだよー。こうするとキノコの胞子が隙間から落ちて行ってまた新しいキノコが生まれるから。も出来る限りキノコ狩りにはこういうカゴを使ってね!」

 キノコに関わるだけありシャックスの植物への知識はずっと深い。籠を抱えてキッチンへ向かいながら、はひたすら感心していた。
 キノコを塩水にさらして虫を出す。その間、は再び広間に戻った。
 下準備をしている間に、もうすぐ夕食の準備時間ということもあり多くのメギドたちが集い始めていた。アミーやアイムたちに、今日はキノコが大量にあること・下準備中であることを伝えると、いったんは自分の部屋へと戻った。
 机の上には懐中時計が置いてある。先日、アンドラスから預かったものだ。これを済ますのを忘れていて、は時計を手にすると踵を返した。
 アンドラスの部屋の戸をノックする。どうぞ、と声が返ってきたのを確認しては部屋へ入った。

「あの、アンドラスさん、これ……」

 そう言ってが時計を差し出すと、アンドラスはきょとんとした。

「え?」
「え、あの、時計をお返しに……」
「良いよ。キミにあげる」

 だって持ってないだろう、と微笑んでアンドラスは言った。

「気に入ってるみたいだし、そのまま使っていいよ。俺はいくらでも代わりの時計ならあるから」
「い、良いんですか」
「だって、すごく見入ってたじゃないか。その時計の群青色の文字盤」

 は息を呑んだ。
 ああ、ここでも私は――。
 改めて懐中時計の蓋を開き、文字盤を見つめる。群青の文字盤に銀色の数字が刻まれている。チクタクと規則正しく動くやはり銀色の秒針たちは、が今も確かに時を重ねていることを伝えていた。
 しばらく時計を見つめてから、はアンドラスに向き直る。

「ありがとうございます、アンドラスさん。お言葉に甘えますね」
「いいよいいよ。今日の夕食は何かな」
「シャックスさんが私のお祝いを兼ねてキノコを大量に持ってきてくれました!」
「お祝いって、でも作るのはキミなんだよなぁ……? それで良いのかい?」

 部屋を出ようとしていたは踏み止まると、アンドラスを振り返った、

「良いんです」

 その笑みに、一切の憂いも陰りも無かった。
 アンドラスが驚いて目を丸めたのは一瞬のことだった。そうか、と彼はいつもの笑みを浮かべて、を送り出したのだった。

「彼女に今、ベヒモスたちのケースを話すのは野暮というやつだね」



 群青を胸に、白の女は止まっていた時を歩み始める。
 今度こそ美しいあの青に負けないぐらいの生を全うするために。

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